第17話 モブはモブでも
「でも、モブの彼女は王太子妃には相応しくありません」
どこからともなく、そうだそうだと声が響く。
私の頭にも、強く響く。
「……なぜ?」
「いや、だからモブだし」
「伯爵令嬢の彼女には王太子妃になれない理由はない」
「能力だって」
「即日卒業資格試験をパスする実力を持っている」
ざわりと僅かに群衆が揺れた。
「それでも、モブは上位者の恋愛に口を出すものではありません」
「では、今君のやっている行動は?」
「うぐっ」
一瞬怯んだ彼の代わりに別の学生が声を上げた。
「しかし、彼女はモブです!」
「君もモブかい?」
「そうです」
「では君も、行動を縛られているのかい?」
「えっ、いや……」
またひとり、モブが倒されてしまった。
「モブが生徒会なんてやっているのだっておかしかったんです」
「誘うように要請したのは私だ」
「そもそも王太子殿下がモブとファーストダンスを踊るのだっておかしいんです」
「私が彼女と踊りたかったのに?」
交わらない論点、会話をしているようで、できていない。
「殿下にはもっとふさわしい相手がいるはずです」
「私の意思はどうでもいいと?」
次から次へと倒されていくモブたち。
やがて糾弾の対象はクリストフ殿下へと変わっていく。
(ダメ、みんなダメだよ。いずれこの国の王様になる人なんだよ。確かにちょっと腹黒いけど、優しい人なんだよ)
「もう、そのくらいにしてください」
ずっと黙っていた私が口を開いたことで私の存在を思い出したのか、視線がこちらへ集まった。
「やっぱり私がいけないんです。モブの私は殿下の相手には相応しくありません」
「エルナ」
「ヴァレッタ様に親しくしてもらえて、クリストフ殿下にちょっかい出されて、まんざらでもないと感じてしまった私にバチが当たったんです」
「エルナ」
「こんなモブが王太子妃になるなんて、烏滸がましすぎます。私には魚臭い貧乏領地がお似合いなんです」
「エルナ!」
怒った顔してる。
へへ、この声、もっと聞いていたかったけど、そろそろ終わりにしよう。
「君は、願ってくれないのか?」
「え?」
「私の隣で、ヴァレッタ嬢がいてもいい、皆で笑い合っている日常を、求めてはくれないのか?」
思わず目を見開いてしまった。
もしかして、なにか聞こえた?
それとも私が声に出してしまった?
たまらず彼の瞳をじっと見る。
楽しかった。
その日常が、楽しすぎた。
誰とも言葉を交わさない日々は、透明人間になったみたいだった。
望んでいたはずなのに、”これ”じゃなかった。
もう、たまらなかった。
「……ったから」
「?」
「願ってしまったから!こんなことになっちゃったんです!そのせいで、殿下までみんなにやいのやいの言われて!みんなにも迷惑かけて!」
「やいのって……」
口に出すと止まらなかった。
絶対言うまいと思っていた。
気づくまいと思っていた。
誰にも、気づかれていないと思っていたのに。
俯いてしまった私の頭上でクスリと聞こえた。
少しだけ伺い見ると、いつも殿下が見せてくれる柔らかい表情が戻っていた。
一度私の頭を撫でると、クリストフ殿下はもう一度モブたちを振り返った。
「彼女と私が結ばれると、君たちに何か不都合はあるかい?」
「えっ、いや〜」
「モブはモブとして生きなければならないって。それ、本当に君自身が考えたことかい?」
「……」
そう言われると、いつからそう考えるようになったか、と頭をひねる姿がちらほらと見える。
「君たちは、誰の物語をやっているんだい?」
集まった学生たちも、そして私も、クリストフ殿下の声に耳を澄ました。
「君たちは、君たち自身の、自分の物語の主人公なんじゃないのかい?」
衝撃だった。
鈍器で頭を殴られたのかと思った。
目から星でも飛び出たのかと思った。
誰かの物語のモブという役柄だと思った。
「君たちには君たちの意思があり、それを自分で決定して行動できる。それを、主人公というんじゃないのかい?」
私を振り返ったクリストフ殿下が、表情を和らげて私の目元を拭った。
「エルナ。泣かなくていいんだよ」
今日だけで、いっぱい名前を呼んでくれたのは、私のいちばん聞きたい声だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次のお話もぜひ、お楽しみに♪




