第16話 モブはモブらしく
「準備もせずに合格するなんて、珍しいことなんですよ」
通常は申請してから勉強期間を設けて受験するらしい。
卒業資格試験は、学園を卒業できるレベルを担保するものだ。
合格をとることはできても、簡単ではないと説明された。
それでも構わないと願い出て、申請して翌日には試験が実施された。
そして今、合格を言い渡されたところだ。
「もったいないなあ。資格が取れても、学園で最後までいたっていいんだよ」
「いえ、父からも戻ってくるように言われていますし」
卒業資格証明書にサインをしながら文句を言う教師に、私は淡々と答えた。
「じゃあハイ。二人だけだけど、卒業式をします」
教師の受け持つ担当教科の準備室。
午前中だから、他の生徒たちはきっと授業が始まる頃だろう。
ひとりの教師にひとりの生徒。
雑多に重なった書籍と少しだけ片付けた雰囲気のあるテーブルの上。
できたばかりの卒業資格証明書を受け取り、私の卒業式は終わった。
今朝登校したばかりの学園を、さほど時間をおかずに下校する。
人気のない学園玄関から出て門に向かって歩き始めた時、後方に忙しなく駆ける足音がした。
「エルナ!」
「!!」
すぐには振り返れなかった。
振り返らなくても、誰が呼び止めたかなんてわかっていた。
そして、私が何をしようと、ここまで来てしまうことも。
「エルナ」
少し穏やかになった声が私を呼ぶ。
相変わらず、いい声。
できればもう少しだけ聞いていたかった。
「どこへ行くんだ?まだ授業中だよ」
この人は、無理やり従わせようとしない。
本当は腹黒いことばかり考えているくせに。
強制しようとはしない、そういうところ、すごく助かりました。
「いえ、私にはもう関係ないですから」
もう少し突き放せばよかった。
どうしても、つらい物言いができなくて、でもできるだけ、ひどい女のように振る舞いたかった。
「関係ない?」
「卒業したので」
その時、初めて彼の目を見た。
吸い込まれるような青だった。
透き通るようでいて、どこか深い、そう前世で見たことがある。
たしか、ロンドンブルートパーズのような青だ。
「あの試験を通ったのか……」
少し見開いた青。
びっくりしたのかな?
なんでも想定内のように振る舞うあなたの驚く顔を、最後に見れた。
「色々、ご迷惑をおかけしました。今まで、ありがとうございます」
「なにを」
「領地から、殿下の治世を楽しみにしていますね」
「ッ!ダメだ、ダメだ!……行かないでくれ」
荒げたあとの絞り出すような声に、私の胸も引き絞られる。
しかし同時に、ざわざわと声が聞こえてきた。
どこからか騒ぎを聞きつけて、学生たちが集まってきたのだ。
途端、全身が震える。
「離して」
「離すものか!」
そこへ何人かの学生が躍り出てきた。
「殿下、手を離してやるべきです」
「そうです。それが彼女のためです」
そうですよ、殿下。
だからどうか、この手を離して、行かせてください。
「そうか、君たちはそう思うんだね。ところで、なぜそう思うんだい?」
私の手を離さないまま、いつもの表情で彼らに振り返るとクリストフ殿下は穏やかに問いかけた。
「だって彼女はモブじゃないですか」
「モブ?」
「その他大勢って意味ですよ。彼女は主人公じゃなければ、主要キャラじゃない」
「何を言ってるんだ?」
「僕らだってそうですよ、モブにはモブの生き方があるんです」
言ってやった。そう言いたげな顔でクリストフ殿下に言い切った彼は迷いがなかった。
そう、モブにはモブの生き方があるんですよ。
「君もモブだって?」
「ええそうです」
「じゃあ、君は自由に生きられないのかい?」
「え?いや、僕は自由なもんですよ」
「でも、モブはモブとして生きなければならないんだろう?」
自分の発した矛盾に気づいているのか、いないのか、彼は言葉を詰まらせた。
「モブは、自由に生きてはいけないのか?」
「いや、そんなことは……」
どこの誰か知らないけれど、どこぞの子息様。クリストフ殿下に口で敵うわけないよ。
加勢はありがたいけど、しゃべればしゃべるほど不利にされていくんだよ。
「でも、モブの彼女は王太子妃には相応しくありません」
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次のお話もぜひ、お楽しみに♪




