第4話 あなたが落ちたのは甘い泉ですか?しょっぱい泉ですか?
(ここにお人形がいるよ〜)
私は学園内に設置された庭園のガゼボにいた。
貴族としてのなんやかんやを学ぶ学園には、こうした社交のための施設がいくつかある。
学園内施設は大きなお茶会から小さなお茶会まで対応していて、そのための学園勤務メイドもいるし、
上級貴族に仕えたい子女の教育としても活用されている。
(あっ、お人形が動いてお茶を飲んでいる〜ステキ〜)
お手本のような作法でカップを口元に運ぶ動きをポケ〜っと見つめていたら、
お人形さんが口を開いた。
「昨日のことですが……」
えっ、お人形さん喋った?
そんなわけありません。
なんと私は、放課後にヴァレッタ様に呼び出されてしまったのだ。
一応ヴァレッタ様親衛隊にいるような立ち位置だけど、
ご本人と直接言葉を交わしたことなんて一度もない。
いや、ご挨拶くらいはした気がするけど、その他大勢に紛れて面会させてもらったにすぎない。
だというのに、あのヴァレッタ様直々に個人的なお茶会に招かれ、
一つのテーブルをふたりで囲むという、ありえない状況に追い込まれている。
もうわかりきっていると思うけど、十中八九昨日のことだろう。
なんだ〜何を言われるんだ〜。
(殿下に運んでもらったからって、いい気にならないことね!)
とか言われちゃうのかなあ〜。
なんたって、悪役令嬢だもんな〜……。ん?悪役令嬢?
「お加減はいかが?」
しまった!ヴァレッタ様が話してる途中だった!
慌てて現実に意識を戻し、済まなそうな表情をつくってこたえる。
「はい!大丈夫です!ありがとうございます!」
この世界の令嬢としての記憶はあるけれど、雲の上の存在のようなヴァレッタ様を目の前にすると、簡潔に、とりあえず肯定したくなる。
「……ごめんなさいね。わたくしのせいで巻き込まれてしまって」
そう言うと、今日も素敵なバラで飾られたお髪を揺らしながら、
ヴァレッタ様が頭をさげた。
途端、少し離れた場所で様子を伺っていた取り巻き令嬢たちがざわつく。
ガガーン!
なんてこったい!
公爵令嬢で殿下の婚約者っていうか、私たちの派閥トップに頭を下げさせているとか!
ようやく「ゆるぬる令嬢ライフ」が見えてきたっていうのに、ハードモードに逆戻りしちゃう!
「おやめください、ヴァレッタ様。今回は私がぼうっとしていたせいなのです。貴方様のせいではございませんから」
「……でも」
やや伏し目がちにこちらを伺うヴァレッタ様。
こんな絶世の美女の悲しげな姿なんて、
私が王子だったらただじゃおかないのにな〜。
どこが悪役令嬢だよ〜、めっちゃいい人っぽいじゃん。
(ん?悪役令嬢?)
そうだ。
なんだかさっきから既視感があるというか、
取り巻きだからというわけじゃなく、
この学園のことやヴァレッタ様や王子様の事情を私は“知りすぎている”。
だって、後列モブなのに!
話すのもはじめてなのに!
外見的な情報ならまだしも、
殿下のことをチョロ王子だと知っているなんておかしい。
え?ヴァレッタ・ローゼンベルク?
それって……
前世で読んだ王道ざまあ恋愛小説の悪役令嬢じゃない?
ぶっちゃけタイトルは覚えていないけど、
なんとなくのストーリーなら覚えている。
いかにも悪役令嬢な見た目のヴァレッタは、殿下の心移りを感じ、その相手となる男爵令嬢をいびったことで婚約を破棄。
その後物語から退場するという、悪役ざまあのテンプレのようなお話だったはずだ。
細々としたところは全然覚えてない。
つまり、甘汁の泉かと思いきや、
ヴァレッタ様親衛隊はしょっぱい未来が待ち受けてるってことじゃない?
え?やばくない?
てことは、あの転落事故でご令嬢たちがやりあってたのは、
原作ヒロインちゃんってこと?
後列すぎて見えなかったわ〜。
どうでもよすぎて気にも留めてなかったもんな〜。
そういえば、はちみつ色の頭が見えたような気がしないでもない。
なんだこれ。
階段から落ちるも一命を取り留め(死にかけてない)、ハードモードの幕開けかと思ったら取り巻き令嬢に感謝されるも、ゆるぬる人生を決意したところで派閥の頂点からの呼び出し。
むしろ謝罪されて取り巻きはざわっとしたけど、いい人でよかった〜なんて安心していたのも束の間。
完全に詰むコースやん。ここ。
悪役令嬢の取り巻き、詰むやん。
いや、むしろ田舎に引き篭もるにはちょうどいいのか?
なんて悩んでいたら、そのまま表情に出ていたらしい。
「エルナ様、本当に大丈夫?」
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