第3話 魚臭い令嬢に用はない
「うう……気が重すぎる」
翌朝、私は寮の自室でドアとにらめっこしていた。
もう扉の意匠とか覚えちゃうくらい見てる。
というのも、今日から始まるハードモードライフに足がすくんでいるのだ。
(悪役令嬢に睨まれるようなこと、するつもりなかったのに……)
昨日、ヴァレッタ様の親衛隊に押し出されるように階段の踊り場から足を踏み外した私は、
その後、あろうことかヴァレッタ様の婚約者である殿下に抱えられて保健室に連れて行かれた――らしい。
一体どんだけの人に見られたことか。
今どんな話がまわってるのか、あれから共有スペースに一切顔を出していないので状況が読めない。
ただでさえ、前世の死因を思い出し混乱したままだというのに。
前世の早すぎる死。
今回は運良く助かったんだし、頑張って生き抜きたい気持ちでいっぱいだ。
まだ学生だったんだよ?
これからどんな仕事しようかな?とか、
次のイベントこそは頑張ろうとか、
それなりに楽しみにしていたのに。
「……いつまでもこうしてられない。私はここで生き直すんだ」
後列モブのままでいい。
でも、新たな人生は続けたい。
そう開き直った私は、勢いをつけてドアを開け、
いつもより少し遅れて寮を後にした。
さほど距離も離れていない学園にはすぐに到着する。
教室へ向かう廊下は私の姿をみつけるや、ざわつく気配を感じる。
(うわ……絶対私の話してるじゃん……ああああ帰りたい……)
覚悟を決めて教室へ近づくと、取り巻きの数人が廊下に出ていた。
「あら、エルナ様・・・」
(き、きたあ〜〜〜〜!)
あれはいつも取り巻き2列目を陣取っているノーラ様とエリス様だ。
私の姿を認めたお二人が近づいてくる。
令嬢のお手本のような表情からは感情が読み取れない。
というか、無表情だからめっちゃ怖い!
(ぐっ、来るか?)
新たな標的への攻撃に体を固くすると、ノーラ様がこちらを見て、ひそっと囁いた。
「……あなた、やるじゃない」
(え?)
エリス様も、ちらっとこちらを見て言う。
「まさか殿下に抱えられるなんてね。そんな手、さすがに思いつかなかったわ」
(え??)
「ヴァレッタ様ご自身が殿下に助力を請われたのよ。あなたを保健室へ、と」
「さすがヴァレッタ様だわ。寛大なお心をお持ちなのよ」
「ふふふ」
「うふふ」
なにやらしたり顔で微笑まれるおふたり。
(ええええええええええええええええ)
私はてっきり、
「殿下に近づくなんて烏滸がましい!」
「後列モブのくせに!」
「身の程をわきまえなさい!」
と怒鳴られると思っていたのに。
なんだこの肩透かし。
(……あれ?もしかして私、そこまで脅威じゃないんじゃ?)
取り巻きたちは、“あわよくば殿下に見そめられたい”という打算はあるものの、私のことはライバル扱いしていないらしい。
というか、「いい方法を教えてもらったわ」と感謝までされた。
ヴァレッタ様は幼少期より王子の婚約者に内定しているため、ご令嬢方はその他の物件探しに余念がないかと思いきや、蓋を開ければ婚約者変更に躍起になっているのが現状なのだ。
この国の王子、クリストフ殿下は白銀のさらさら髪をほどよく切り揃え、ブルートパーズのような青い瞳を揺らしたことなどないとまでいわれる冷静沈着氷結王子。
ヴァレッタ様を伴われていても、表情を崩すことなく誰に対しても王子然とした態度を崩さない。
その割に、令嬢らしからぬ愛嬌をみせるところっといくチョロな一面もあって、取り巻き令嬢たちを筆頭に、歳の近い令嬢たちはいまだ婚約者を確定せず虎視眈々と玉の輿をねらっているのだ。
というのに、私にはこの対応。
(いける。いけるかもしれん)
後列モブは、所詮、後列モブ。
魚臭い漁業領地の田舎貴族はライバルにもなりえん!
このまま金魚の糞よろしく、ヴァレッタ様の最後列をあたためて、
テキトーにうまいことやってこの人生をぬるく楽しもう!
そうだ、それがいい!
私は小さく息を吐いた。
「……ご心配をおかけしました」
当たり障りのない返事を返し、教室へと入る。
すでに席についた取り巻き令嬢たちからの視線も、
なぜだか生ぬるく感じる。
学園についてから突き刺さる視線って、もしかしてハンターの血を呼び起こしちゃった系?
(あの子、うまくやったわね)
(次は私の番よ)
なんて思ってそうだな〜。
生ぬるさとともに、熱い視線も感じるよ〜。
令嬢たちのアグレッシブさに軽く目眩を覚えたけど、
そんな令嬢たちからの範疇外らしい私。
(よし!このままなんとなくいい感じでいこう、そうしよう)
私は新たな人生を“ぬるく”続けることを固く決意した。
──はずだった。
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