第2話 死んだと思ったけど、やっぱり死んだ
私は――普通の学生だった。
毎日、駅まで歩いて、学校へ行って、友達と話して、家に帰って。
お気に入りのアプリゲームをこなして、次のイベントを心待ちにする。
どこにでもある日々。
そんな変わり映えのしない毎日が、あの日突如として終わった。
確かあの日は、台風でも嵐でもない、ふつうの雨の日。
最寄り駅は利用者が多く、乗り換え客でごった替えしていた。
特に急ぐ用事もなく、濡れた階段をぼんやり登っていた時、
ひどく慌てた様子で走ってきた誰かと接触して、足を滑らせた。
一瞬、体が宙に浮いた。
(あ……)
これだ、この感覚。
永遠にも似た一瞬の浮遊感
たくさんのことを思い出すけど、どれもどうでもいいことばかり
ここで死んだら、家族に連絡とれるかな、とか
サブスクの解約しなくちゃ、とか
こんなことなら早めにアレを処分しておくんだった、とか……
とりとめなく、どうでもいいことが浮かんでは消えて、だんだん遠くなっていく。
「……ウッ」
まぶたを開けると、天井が見えた。
見慣れない、白い漆喰の天井。
(ここ……どこ?)
体が重い。
頭が痛い。
けれど、確かに“生きている”。
めっちゃ痛いけど、エルナ・マリエンベルクは生きているようだ。
そして、似たような境遇でおそらく死を迎えたであろう前世を思い出してしまった。
(なんだっけ?こういうの、転生だっけ?まじかー)
全身の痛みで思考がまとまらない中、エルナ・マリエンベルクという名前で記憶に検索をかける。
(う〜ん、そんな登場人物のでてきた作品あったかな?)
食わず嫌いもあったけど、それなりに転生ものの小説は読んできた自負があった。
(もしかしてゲーム?だとしたら、ちょっと弱いかも)
とはいえ、私の知る恋愛ゲームはたいてい原作があったりしたから、原作厨の私はだいたい網羅しているはずだ。
メディア化されたらすぐさま原作を探し、たとえつたなくとも原作を読む方が好みだった。
(いないよな〜。エルナ・マリエンベルクなんて)
ということは、普通に前世を思い出しただけだろうか。
そこまで思考が進んだところで、年配の女性が顔を出した。
「あら、気がついたようね」
シルバーグレーの髪を低い位置にまとめ、丸いメガネをかけた穏やかそうな女性が声をかけてきた。
「あの・・・私」
「びっくりしたわあ、急に殿下があなたを抱えて飛び込んできたんだもの。あなた階段から落ちたんですってよ、おぼえているかしら?」
そういうことか。
つまりここは学園の保健室で、この人はこの部屋の主、マダムポタージュだ。
おそらく本名ではないだろうけど、食堂でそう呼ばれていると聞き、学生たちはみなマダムポタージュと呼んでいる。
もちろん、いつもポタージュを頼んでいる。
うん、現世の記憶も残ってるみたい。
「覚えてます。次の授業に移動していたところで……」
令嬢たちのおしくらまんじゅうに押し出されたんですよ〜ひどいですよね〜。
と、令嬢らしからぬ言葉をすんでのところで飲み込む。
「なんで落ちちゃったのかしらねえ、他の子たちに聞いても存じませんばっかりで」
「ハハハ」
なんでかはこっちが聞きたいんですよ、マダムポタージュ。
取り巻き令嬢たちがどんどん後ろに下がってくるもんだから、私は踊り場から落ちる羽目になったっていうのに、「存じません」だ?
後列モブは視界にも意識にも入ってなかったってか。
「でも良かったわ、偶然その場に居合わせた殿下がすぐにあなたを連れてきてくれたみたいよ」
(……は?)
さっきは何かの聞き間違いかと思って流したが、どうやらそうじゃなかったらしい。
殿下が連れてきた?
さっきは抱えてきたと言いませんでした?
その場に居合わせた、って……じゃあヴァレッタ様もいたじゃないですか!
ヴァレッタ様の目の前で!ご婚約者の殿下にお姫様抱っこされて保健室に連れてこられたって??
チーン
「……私もう少し横になっていてもいいですか?」
「ええ、そうするといいわ。今日は寮に戻りなさいな。連絡しておいたから、もう少ししたら寮母さんが迎えに来てくれるはずよ」
「……ハイ」
なんとか作り笑顔で答えると、あたまからシーツを被った。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ〜〜〜)
あろうことか、殿下に面倒をかけていたなんて!
あそこにはヴァレッタ様親衛隊ともいうべきご令嬢方も、
ヴァレッタ様ご本人だっていたのに!
明日からどうやって生きていけばいいの〜〜。
「……終わった」
階段から落ちて、今回は落命を免れたけど、社会的には死んだ気がする。
きっと明日からは親衛隊の標的が私になるんだ。
ヴァレッタ様を差し置いて殿下とお近づきになろうなんて烏滸がましいわよ!
とか言われちゃうんだ〜。
しばらくして、保健室に迎えに来た寮母さんと共に私は寮へと戻り、
現実から逃れるように再び眠りについた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次のお話もぜひ、お楽しみください♪




