第9話 モテ期の悪役令嬢(2)
心なしかふたりを取り巻くように円形の空間ができていた。
ざわつく周囲の声が漏れ聞こえてくる。
「あれはベルフォールの第3王子ではないか?」
「そのようですな」
「どうかなさって?」
「アンリ王子殿下がヴァレッタ様に求婚なさったのよ」
「確か、クリストフ殿下との婚約は解消されたとか」
「まさかこのためだったりして」
噂好きの貴族連中があることないこと連想してはそのまま口にだす。
その中に混じったやりとりが、やけに大きく聞こえる。
「ほら、ご覧なさいよ。あれが王太子殿下に求婚されたと言うどこぞの令嬢ですよ」
「あらまあ、身の程知らずというかなんというか」
「あのような色を纏って……」
一瞬で頭が冷えた。
頭だけじゃ無い、全身が冷や水を浴びせられたように凍りついた。
思えば全然私らしくなかった。
クーデター阻止の時からそうだ。
いくら協力といえど、物語の中心みたいな役回りはモブらしくない行動だ。
劇中だからって、プロポーズを受けたり、流されたからって生徒会を手伝ったり、あまつさえ王子の瞳色のドレスを着てファーストダンスを踊るなんて、論外すぎる。
ヴァレッタ様はいいが、私はダメだ。
目立っちゃいけなかった、前に出ちゃいけなかった。
一度聞けば永遠にその音を拾い続ける。
クスクスと笑う声。
みんながみんな私を嘲笑している。
心臓が早鐘のように打ち出し、その拍動で全身が揺れるようだった。
「わたくし、まだそのようなことを考える余裕がございませんの。だから、お時間をくださいますか?」
ふと、切り裂くようにヴァレッタ様の声が聞こえてきた。
「ああ、もちろんだとも。よく考えて答えをきかせてくれ」
笑顔で了承するアンリ王子に焦りは見えない。
「お父様、エルナが体調が悪いみたい。わたくしたち、先に戻っていますね」
「ああ、そうだな。そうしてあげなさい」
「アンリ殿下、それではここで」
「ああ、また学園で」
優雅に、けれど早足で私の元に駆け寄ったヴァレッタ様は私を支えると会場を後にした。
そのあとのことは、ぼんやりとしか覚えていない。
ただ、ローゼンベルク邸に行こうと誘われるも頑なに寮に帰ると言い張り、無理やり寮に送り届けてもらって、なんやかんやでベッドへ潜り込んだ。
どうやってドレスを脱いだのかも、いつのまにお化粧を落としたのかも、なんにも覚えていないけどーー
王太子殿下に求婚されたどこぞの令嬢
身の程知らず
あのような色を纏って
ずっと頭にこびりついて、消えてくれない
永遠にリピートして、あの瞬間だけが繰り返し再生されるような感覚だけに支配されていた。
コンコン
「ヴァレッタ。いいかい?」
歓迎の宴を中座して自宅へ戻った私はお父様のお帰りを自室で待っていました。
夜もふけたころお戻りになった両親は、なにやら誇らしげな顔をしています。
複雑な私の心をよそに。
戻ったらお話ししたいとコンラートに伝えておいたので、父が部屋に来てくれたのでした。
「お父様、おかえりなさいませ」
「ああ。エルナ嬢は大丈夫だったかい?」
そうでした。エルナの体調不良を理由に中座したのでした。
少し心配な部分はあるものの、お父様には彼女を寮へ送り届けたことを報告します。
「あの時、まわりの方にエルナを冷笑する声が聞こえたのです。もしかしたら、エルナ自身にも聞こえていたかもしれません」
私の不安な胸の内をお父様に打ち明けます。
ウルスラにも、予定よりも早い帰宅を訝しがられましたが、友人の不名誉な噂を専属の侍女といえど伝えるようなことはできませんでした。
けれど、お父様なら何かしらの解決策をお持ちでは無いかと、一縷の望みをかけて話してしまいました。
いえ、本当は私自身、誰かに聞いてもらいたかったのでしょう。
「あのご令嬢か」
ふむ、と顎に手を当てると考える仕草をして足を組み替えるお父様。
腰掛けた椅子の方が小さく見えて、なんだか可愛らしいです。
「確かマリエンベルク伯爵のご令嬢だったな」
「はい」
「やつは明るくて楽しいこと好きな気のいい男だ」
「そうなのですね」
エルナのお父上らしい評価に、私は嬉しくなりました。
「歴史の古い家ではあるが、派閥にも属さず、税収も多いとは聞かん。あまり目立たない領地ではあるな」
そうなのです。私も彼女が事故で階段から落ちたのをきっかけに、私のそばにいたことを認識したくらいなのです。
共に行動してくれていた学友を知らずにいたことに、少し暗い気持ちになってしまいました。
「建国劇での求婚は芝居なのだろう」
「……」
はい、と言えればいいのでしょうけれど。
クリストフ殿下の根回しから何から知った上で協力していた身としては、肯定することが憚られます。
秘密と嘘は違うのです。
「確かに噂を耳にしたことはあるが、ほとんどの物は芝居上の話だと理解しているとは思うが、王太子殿下のあの対応では説得力に欠けるな」
それはもう。だってそのつもりなのですから。
エルナは頑なに拒否をしておりますが。
「エルナ嬢のことも心配だが、ヴァレッタもだぞ」
「え?」
急にお鉢がまわってきました。
「アンリ王子殿下のことだ。あの後少し話した。正式に求婚したいと申し出をされている」
「そんな……」
「おまえはクリストフ殿下との婚約を解消した身だ。穏便な婚約解消だったとはいえ、瑕疵と捉えるものもいなくはない。いい話だと思うが?」
いい話、なんでしょうね。
他人事なら私も言えるのでしょう。
けれど、私が婚約解消をした理由をお父様は知りません。
「時間をいただきたいのです」
「うむ、まあ急な話だからな。よく考えなさい。ただしあまり時間はないぞ。正式に申し込みされたら断るのは難しい」
「はい」
「疲れただろう。遅くまで待っていてくれてありがとう。もう寝なさい」
「はい。おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ。よい夢を」
パタン
扉の先にお父様が消えると、私はベッドに突っ伏して目を閉じました。
「……ルーファス。これを知ったら、あなたはまたーー」
月明かりがあろうと、私の部屋まで差し込むことはない。
天蓋を下ろして暗く暗くしたまま、私は眠りにつきました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次のお話もぜひ、お楽しみに♪




