第4話 駒は動かすもの、敵は排除するもの(ノーラ視点)
気に食わない。
「あ〜あ、行っちゃった。やっぱり貧乏貴族って、空気も読めなけりゃ察しもしないわね」
「……。」
エリス様の声を片耳で受けながら、後ろ姿が小さくなっていく男女を見送る。
クリストフ殿下。
久しぶりに言葉を交わしたわ。
銀色にたなびくそのお髪。
まるで月の光を集めたかのように輝き、さらさらと風に揺れる様。
そのお髪に手を差しこんでみたら、どんな感触がするのかしら。
あなたの髪を私の指で梳いてみたい。
深いのに曇りのない、吸い込まれるような青い瞳。
ブルートパーズのようで、清らかな雪解け水のようで、雲ひとつない青空の、その奥の奥のようで。
その瞳に私が映ったら、どうなってしまうかしら。
もしかしたら本当に、吸い込まれてしまうんじゃないかしら。
しかし、長く麗しい指先が掴んでいたのは、魚臭いどこぞの貧乏貴族令嬢。
小走りに殿下を追いかけるその動きすら、なにもかもが気に食わない。
ヴァレッタ様の取り巻きにいれば、必ずチャンスが巡ってくるはずと思っていたのに。
クリストフ殿下とヴァレッタ様の仲は、婚約者とは名ばかりだった。
定期的な交流をされているとは知っていたけれど、漏れ聞こえてくるお話には浮ついたものを一切感じない。
ようやく念願叶って、おふたりの婚約が解消されたと思ったら、横から貧乏令嬢が掻っ攫っていった。
エルナ・マリエンベルク。
王国南端の貧乏伯爵の一女。
ヴァレッタ様の取り巻きにありがたくも名を連ねるのを許された、華も取り柄もない殿が。
突然降って湧いたように殿下と接触をはかり、ヴァレッタ様からの信頼を勝ち取り、建国祭ではおふたりのご協力をして、あまつさえ芝居の上とはいえ、殿下にプロポースをさせるとは。
とんだ伏兵がいたものだ。
一度断られたものをいつまでもしがみついてなどいられない。
「側近の選定をされていらっしゃるのなら、仕方ないわ。でも、あのように察しのよくない方が殿下の補佐をされるなんて、殿下にご迷惑がかかりはしないかと心配ですわ」
「やっぱりそうよね!なんとかしなきゃ」
自分の考えを肯定されたことに気をよくしたエリス様は、次の手はどうしようかと思案を始めた。
この方はとても素直で良い方ですわ。
みなまで言わずとも、ちょっと方向をさし示して差し上げれば、面白いほどに乗ってくださるの。
「エリス様なら、きっと殿下のお役に立って差し上げられますわ」
気持ちの良いところをくすぐれば、照れたように顔を赤るエリス嬢。
エリス・ハルトマン侯爵令嬢は、学園に入る前から進行のあるご令嬢だ。
親同士が知人であったことから、同じ年の友人をと紹介されたのは、まだ幼い頃。
高位貴族の子息を招いた王子の友人作りのための交流会ではじめてクリストフ殿下とご挨拶をしたエリス嬢は、ひと目で殿下に恋をした。
それ以来、隠しもしない恋情を私に披露してくださった。
どんなところが素敵だとか、いついつどこでお見かけしたとか。
私はそれを微笑みながら受け止め、相槌を返す。
ただし、私の心の内は一切気取らせないように。
はじめてお会いした瞬間、欲しいと思った。
この人がいいと思った。
この人以外と添い遂げられる気がしなかった。
しかし、その心の内を披露する機会はなかった。
隣で殿下への恋心を吐露する友人を見て、なんと醜悪かと思った。
見ていて恥ずかしい。
よくもそんな夢物語を口にできるものだ。
と思う反面、自身の内側も変わらなかった。
殿下への恋情が渦巻き、他すべての殿方が「人」として見えこそすれ、「対象」になることなど考えられなかった。
そうしているうちに、あっという間にクリストフ殿下の婚約者が決まったと知らされた。
ちょっと言っていることが理解できませんでした。
とはいえ、たかが婚約。
これからいかようにでも変わる可能性がある。
私は隣のエリス様を見やった。
もし、万が一、奥が一にもエリス嬢がうまくやれば、それもよし。
エリス様のそばにいれば、いくらでも殿下へ近づける。
たとえ何か問題があっても、この方を差し出せばいい。
私はエリス嬢に微笑みかける。
「どんなご協力ができるか、一緒に考えましょう」
やる気をみなぎらせたエリス様を伴って、その場を離れる。
計画は慎重に、実行は大胆に。
いつでも次のプランへ移れるよう、準備万端にしておかなくては。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次のお話もぜひ、お楽しみに♪




