第19話 優しい毒はあとから効いてくる
「そうだ。君に告げないまま、君を利用した」
ずっと黙ったままのメリア嬢に、殿下が脈絡なく返事をした。
劇場にいつまでもいるわけにもいかず、人目につかないよう馬車に乗り込んだ私たちは学園の生徒会室へ移動してきた。
応接セットのソファにメリア嬢を座らせ、事情を説明していたところだった。
「え?」
殿下はおもむろに窓際のデスクから立ち上がると、ソファでクッションを抱きしめているメリア嬢の前で膝をついた。
「綺麗事を言うつもりはない。優しいだけの言葉を告げるつもりもない。その感情を処理するのは、君にしかできないことだ」
メリア嬢の目にジワリと涙が滲む。
「殿下、そのようにおっしゃっては……」
さすがに冷たすぎる、とヴァレッタ様が殿下を止めようとする。
が、クリストフ殿下はそれを手で制した。
「今がよければそれでいいのか?今の苦しささえなくなればそれでいいのか?
違うだろう?
それは、苦しみを先送りしただけだ。なんの解決にもなっていない。
彼女をことさらに子供扱いしていないか?年齢がどうのということじゃない。
人間として、人として扱っての言か?」
伸ばしかけた手を、ヴァレッタ様はぎゅっと握り込んだ。
耳が痛すぎる。
とりあえず今だけいなそうとしたのは私も同じだ。
なんとか無理矢理にでも納得してもらって、お帰りいただくのがいちばんだと考えていた。
「今は受け入れられないかもしれない。それでも、君の働きのおかげで、惨事を未然に防げたことを知って欲しい。むしろこれは君の功績なんだ。我々はメリア嬢に感謝こそすれ、騙しすかしてことを納めていいものではない」
弾かれたようにと顔を上げると、メリア嬢の止まりかけていた涙が、再び決壊した。
「かといって、君の心を無視していいはずがなかった。謝るのはこちらの自己満足だ。
だが、まずは私の否を全面的に認める。
すべて私が悪い。私のせいだ。
私がこの計画を立てた。相手に悟らせず、血を流すこともなく、すべてを”起きないまま”に防ぎたかった。
その中で一つだけ、実行せずに済ませられないことがあった」
クリストフ殿下とメリア嬢の視線が絡む。
この人、こんなに熱く語る人だった?
こんなに腹の中を晒す人だった?
「そのために君の心を利用した。本当に申し訳ない」
再び、今度はメリア嬢の目の前で殿下は頭をさげた。
「……ウッ、ウウウッ」
殿下だけのせいじゃない。メリア嬢はきっとそれもわかってる。
公爵がメリア嬢を利用したせいでもある。
メリア嬢も、公爵の計画に乗った自分のせいだと、どこかでわかっているんだ。
だから謝られると、本当はつらい。
自分も責められている気になるんだ。
ぐちゃぐちゃした感情が暴れ回って、どうしたらいいかわからない、それだけなんだ。
私はメリア嬢の隣に座って、体をさすることにした。
ただ、黙って。
少しして、声を上げることのなくなったメリア嬢に、殿下が口を開いた。
「君は寮暮らしだそうだな。しかし、このままひとり帰すことはできない」
絞り出すように堪えながら涙を流すメリア嬢へハンカチを持たせると、殿下はひとつの提案をした。
「王城の敷地には静かな離宮がある。そこでしばらく過ごすのはどうだ?」
戸惑いつつ了承したメリア嬢に、ようやく殿下に安心の表情が戻った。
「やはり権力があるというのはいいな。王族でもなければこんなこと強制できない。つくづく王子という立場でよかった」
「……へ?」
急にいつもと違う口調の殿下に違和感を感じる。
「ん?どうした?君らもそうなんだろ?」
「え?”そう”って……?」
いつも見ていた感情を読み取らせない表情が、まるで企みが成功したいたずらっ子のようにしたり顔だ。
待って待って。
殿下はなんの話をしてるの?
脳が拒否してる!考えることを拒否してる!
「ここには”そういう人間”しかいないと言っているんだよ」
「ぐぬぬ、そういう匂わせ、嫌がられますよ!」
「ああ、こういうのも匂わせっていうのか?」
「知らないけど! なんかイライラします!」
「あはは、悪い悪い。メタ発言って難しいな。素直にカミングアウトすれば良かった」
「メタ?この世界メタとかある?メタ発言とか言う?」
「聞いたことはないわ。まさか、……殿下も?」
見ればメリア嬢の涙も止まって、あんぐり口を開けていた。
「俺も前世持ちってわけ」
……。
「「「えええええええーーーー!」」」
なに?
全部わかってたってこと!?!?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
後ほどもう1話掲載いたします。
次のお話もぜひ、お楽しみくださいませ♪




