第17話 ハッピーエンドの要求条件を所望します
なりやむ演奏。
落ちる沈黙。
観客も、演出者も、すべての人の視線がたったふたりに集まる。
殿下に興奮していた女性たちすら、息を飲んで見守る中、たっぷりと間をとってようやく口を開いた。
……開いた?
「幸運のブランシュフォード、武のローゼンベルク、ここを我らの国にしよう。国として立とう」
突如、祖グランツフェルト役の殿下は、建国の宣言を発した。
台本にない台詞にメリア嬢が動揺する。
「……え?あの、ユリウス?」
「ブルノー!」
「応!国には幸運だけでは足りぬ、武だけでも足りぬ、そのふたつがあってもまだ足りぬ!知のグランツフェルトよ、我らの先に立て。我らはグランツフェルトを永劫支えると誓おう」
「えっえっ?」
袖から鎧姿の祖ローゼンベルクが入場する。
両手を掴まれたままのメリアは身動きがとれない。
「友の先に立つなど、どちらかへ傾けば途端前へ進めなくなる」
「そんなことはない。あちらへ傾き、こちらへ傾きしても、グランツフェルトが前へ向いていれば先へ進めるのだ。だがもし!願うなら、知のグランツフェルトよ。運にも、武にも染まらずいてくれ。それだけが我が望みだ」
「ブルノー。相わかった。グランツフェルトは、ローゼンベルクにも、ブランシュフォードにも染まらぬ。そして、いつまでも共にこの国を導こう。友よ!」
その言葉を合図に、私は民役の人たち視線を送る。
頷きあうと大勢が両袖から出てきて、花びらを巻いたり歌い踊ったり、お祝いムードの演出だ。
状況を掴めず、取り残されているのはメリア嬢ひとり。
ロマンティックなムードから一転、お祭りムードに包まれた舞台の上で、祖ローゼンベルクはやおら鎧兜を脱ぎ去った。
そこに現れたのは、ローゼンベルク役の私、ではなく、ヴァレッタ様だ。
観客席にどよめきが広がる。
劇中ずっと兜をかぶっていたため、祖ローゼンベルク役が誰なのか観客からは見えていなかった。
その祖ローゼンベルクの鎧の中身が、まさしく現代のローゼンベルクだったのだから、驚きもするだろう。
力に満ちたまなざしで観客席を見回すと、ヴァレッタは口を開いた。
「ローゼンベルクはグランツフェルトに交わらない!」
「よい!我の信は揺るがない!」
それは大衆の面前での婚約破棄などといったネガティブなものではなく、前向きな婚約解消宣言だった。
強く交わし合った握手は、グランツフェルトとローゼンベルクの変わらぬ関係を思わせるのに充分だ。
(よかった。ロマンスエンドは回避、これで婚約解消も達成だ)
こちらの筋書き通りの展開に、ふたりを見つめる視界がゆらゆらと揺れる。
数人の民役とともに陽気にお祭りムード演出に勤しむ。
やっとこさモブ役に戻れたことですっかり気を抜いてしまった、その時。
ふと、殿下と視線が絡んだ。
クリストフ殿下の口端が小さく上がる。
「えっ?」
もういちゃいちゃ芝居は終わったのに、まるで先ほどの続きのような甘い雰囲気を漂わせると、殿下がこちらへ歩いてくる。
いや、舞台の中央にいてくださいよ。
主役が端っこに来ちゃだめだって。
予定にない行動に困惑していると、殿下が私の手を取って跪いた。
「いつも美味しい糧をありがとう。そなたの魚が私の空腹をいつも満たしてくれた。
どうかこれからは、いつも私の隣にいてはくれないだろうか」
へっ?
魚?
そんなシーンあったっけ?
なんだかよくわかんないけど、これはまだお芝居中。
きっとアドリブかなんかだろう。
ならば私も……。
「私でよければ」
「君でなくてはダメなんだ!」
ニヤリと笑うと、そう言って殿下は私を両脇から抱え上げた。
お芝居のセリフだとはわかっているけど、直球のセリフにぐらりとする。
「友よ、祝ってくれ!私は伴侶を得た!」
「もちろんだとも!心より喜び申し上げる!」
ヴァレッタ様もノリノリでこたえる。
民役の人たちまでお祭りムードを出して手を取り合って踊り出す。
もういいや〜。
めんどくさくなった私も、そういう役になりきることにした。
おあつらえ向きに、手にはブーケなんて持っちゃってる。
殿下に抱き上げられながら、喜びの顔で手を振ると観客席がよく見えた。
(あれは確か、ブランシュフォード公爵じゃ)
劇場には貴族のための個室ブースがあるとは聞いていたけど、手すりから乗り出すように顔を真っ赤にした公爵の姿が見えた。
あちゃあ、ご立腹だよ。
でも、なにも起きなかったね。血も流れなかったね。
未然に防ぐって、全然派手じゃないけど、みんな嬉しそうだね。
私は殿下を振り返った。
(この人が考えたのか。こんなんじゃ全然お話にできないよ。でも、……とっても優しいね)
少しだけ、……ほんの少しだけ私は殿下を見直した。
「花嫁の花束は次の花嫁を指し示すという。その花束を放ってみてはどうか?」
え?そんなシナリオもないよね?
急にアドリブ要求をしはじめたヴァレッタ様に、クリストフ殿下もまんざらじゃない様子で。
「それはよい。民あってこその国だ。わが愛しの花嫁よ。その花束を次の花嫁に託すがいい」
途端観客席がざわめく。
うっ、女性たちの目が急に真剣なんですけど?
観客席でドミノ倒しなんて、洒落になんないんでやめてもらえますかねえ。
放るかどうするか迷っていると、観客席の端に少女がいるのが見えた。
「では、あの少女へ」
私が指さすと、私を抱えたまま殿下は指の先でキラキラと目を輝かせる少女の近くへと降りていった。
「あなたに、幸運が訪れますように」
「ありがとうございます!すごく嬉しいです!」
うん、我ながら当たり障りなくできたんじゃない?
サプライズ演出も相まって、拍手の鳴り止まない中、建国劇は幕を閉じた。
この世界にはキャスト紹介のような風習はまだない。
緞帳が床まで下がり切ると、一度消された照明が再びつき、演者がそれぞれ舞台を去っていく。
ひとり、動かない少女を残して。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
後ほどもう1話掲載いたします。
次のお話もぜひ、お楽しみくださいませ♪




