「音を運ぶ」
拍手がいつまでも鳴り止まなかった。
広場にはさっきより明らかに人が増えている。
市場帰りの主婦たち。休憩中の冒険者。荷物を抱えた商人。はしゃぐ子供たち。
――今まで演奏など届かなかった場所にいた人々までが、足を止め、耳を傾けていた。
「すごかったな!」
「後ろまでちゃんと聴こえたぞ!」
「なんだあの箱!?」
ざわめきの中心で、エルフの少女はまだ固まっていた。
楽器を抱えた姿勢のまま、理解が追いついていない。
(……何、今の)
確かに、自分の演奏だった。
自分の音だった。
でも、違った。
今までなら、少し離れた場所の人は立ち止まらなかった。
市場の喧騒に飲み込まれ、近くの人だけ、前の方の人だけが聴いてくれる。
それが普通だった。
けれど今日は違う。
遠くの人までが振り返り、耳を傾け、拍手までしてくれていた。
少女はゆっくり振り返る。
元凶を見る。
トワはにこにこしていた。
ものすごく満足そうな顔だった。
「いやー、やっぱ良い演奏だったなあ」
少女は楽器を抱えたまま、困惑したように眉を寄せた。
まだ頭が追いついていない。
「……何したの?」
「音、おっきくした」
「雑!!」
トワは少し首を傾げた。
「いや、でも間違ってなくない?」
「説明になってない!」
広場から、くすくすと笑い声が漏れる。
少女は自分の楽器へ視線を落とした。
取り付けられた小さな器具。
そこから伸びる細い線。
左右の土台に置かれた、腰ほどの高さの木箱。
全部、意味不明だった。
「……これ、何?」
トワの目が輝く。
待ってました、と言わんばかりの顔。
「それ!」
クロウは心の中で呟いた。
(終わった……)
トワはしゃがみ込み、楽器に付いた器具を指差した。
「まず、ここで音を拾う」
「拾う?」
「うん。君の楽器が震えた音を捕まえる」
細い線を指で辿りながら続ける。
「で、この箱に渡して」
つまみの付いた小さな装置をぽんぽん叩き、左右の木箱を順番に指差した。
「こいつらが、君の音を遠くまで運ぶ」
「……運ぶ?」
「そう」
トワは少しだけ真面目な顔になった。
「せっかく良い演奏なのに、途中で聴こえなくなるのってもったいないじゃん」
広場の後ろへ視線を向ける。
まだ余韻に浸っている人たちがいた。
「もっと沢山の人が『おおっ』ってなった方が楽しいと思うんだよ」
少女は少し黙り込んだ。
さっきの景色が頭をよぎる。
遠くまで届いた音。
足を止めた人々。
今までよりずっと大きな拍手。
……嬉しかった。
悔しいけれど、かなり嬉しかった。
「……意味は分からない」
「えぇ!?」
「でも」
少女は少し視線を逸らす。
「悪くは……なかった」
小さな声で付け加えた。
トワの顔が、ぱっと明るくなる。
「でしょ!?」
勢いよく距離を詰める。
「近い!!」
「あ、ごめん」
だが、トワは止まらない。
すでに頭の中は研究モード全開だった。
「いやー、でもまだ改良できるな。高い音がちょっと刺さるし、低い音も足したいし」
「低い音?」
「うん」
真顔で頷く。
「もっと『おおっ!』ってなるように」
「分からない」
クロウがため息混じりに言った。
「安心しろ。私も分からん」
「えぇぇ……」
その時だった。
広場の端で見回りをしていた騎士が、ふと足を止めた。
視線の先には、木箱と意味不明な装置。
そして――トワの顔。
騎士の顔が、さっと青ざめる。
「……まさか」
腰の革袋から、少し折れた紙を取り出した。
手配書だった。
上には大きく書かれている。
【要注意・未確認危険魔導士】
特徴。
・異常な爆音を発生させる
・意味不明な魔道具を使用
・広域破壊の可能性あり
・極めて危険
そして、似ても似つかない雑な似顔絵。
ただ、髪型だけはなんとなく似ていた。
騎士の額に汗が浮かぶ。
「お、おい……!」
近くの騎士を呼ぶ声が震えていた。
「例の『平原消失事件』の容疑者かもしれん!!」
「何?」
別の騎士が顔色を変える。
「本当か!?」
ざわっ、と空気が変わった。
「距離を取れ」
「刺激するな!」
騎士たちの声が広場に広がる。
「平原消失事件?」
トワがようやく首を傾げる。
(お前のことだ)
少女が、じりっと一歩下がる。
「いやいやいや! 事故だから!」
「事故で済む規模ではない」
クロウが冷たく突っ込んだ。
騎士たちがざわつき始めた。
「囲め!」
「刺激するな!」
「爆音が来るぞ!!」
「なんでそんな扱い!?」
トワが抗議する。
少女の視線が、すっと冷たくなった。
(……やばい人だった)




