表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/28

届いた音

広場に穏やかな風が吹いていた。


昼下がりの王都。


市場から漂う焼きたてのパンの香り、商人たちの威勢の良い掛け声、行き交う人々の話し声。


石畳を叩く馬車の車輪音まで混ざり合い、いつも通りの賑やかな空気が流れている。


――本来なら。


だが今日は、少しだけ空気が違っていた。


理由は簡単だ。


また、あの怪しい男が何か始めたからである。


「……なあ、あれ何してんだ?」


「知らん」


「また変な大道芸か?」


人々が遠巻きにざわつき始めていた。


広場の中央、いつもの演奏場所。


銀髪のエルフの少女の前で、トワがしゃがみ込んでいる。


石畳には細い線が這い、土魔法で作られた台座の上には、腰ほどの高さがある木箱が左右に置かれていた。


見たこともない器具に、意味不明な装置。


そして少女の弦楽器には、小さな何かまで取り付けられている。


どう見ても怪しい。


怪しさ全開だった。


少女はものすごく警戒していた。


半目。ジト目。信用度マイナス百くらいの目つきだ。


「ほんとに大丈夫なんでしょうね」


「大丈夫大丈夫」


トワは軽い。


びっくりするほど軽い。


その軽さが逆に信用できない。


「その言い方が一番信用できないんだけど」


「えぇ?」


心外そうな顔をするトワ。


少女には、その反応が理解できなかった。


少し離れた場所で、クロウは腕を組んで立っていた。


完全に他人事の顔である。


巻き込まれたくない、と全身で主張していた。


……もう十分巻き込まれているのだが。


(帰りたい……)


心の底からそう思う。


だが、この馬鹿を放置すると高確率で問題を起こす。


経験則で断言できた。


だから仕方なく見張っている。


本当に、師匠なんて辞めたい。


トワは木箱をぽんぽんと叩いた。


満足そうな顔だ。


「簡易版だからちょっと粗いけど」


「たぶんいけるはず」


「だから何が――」


「いいからいいから!」


「よくない!」


少女が思わず声を荒げる。


だがトワはもう聞いていなかった。


つまみを少しだけ回す。


慎重に。


以前の平原での失敗を、わずかながら反省しているらしい。


……少しだけだが。


「よし」


少女は装置をじっと見る。


不安しかない。


ものすごく不安だ。


「…………」


「一曲お願い」


露骨に嫌そうな顔をした。


普通なら断るべきだ。


だが、この男は少し前、自分の演奏を真正面から褒めてくれた。


それが――少しだけ、嬉しかった。


悔しいけれど。


「……変なことしたら怒るから」


「しないしない!」


(信用できん)


クロウは心の中で即答した。


少女は小さく息を吐き、姿勢を整える。


弦に指を置く。


広場のざわめきが、少し遠のいた。


そして。


静かに、音が始まる。


ぽろん――


その瞬間だった。


「……え?」


少女の目がわずかに見開かれる。


自分の音だった。


聞き慣れた、自分の演奏。


なのに。


音が、前へ伸びていく。


今までなら広場の真ん中あたりで薄れていたはずの音が、ずっと先まで届いている。


しかも。


近くで聴く音と、ほとんど変わらない。


柔らかい音色のまま。


輪郭が崩れず。


ちゃんと、遠くまで届いている。


後ろを歩いていた通行人が足を止めた。


「……なんだ?」


市場の端。


普段なら絶対に聴こえない場所。


そこまで、自然に音が届いていた。


無理やり押し出したような音じゃない。


でも確かに。


ちゃんと聴こえる。


トワの目が輝く。


「おっ」


小さくガッツポーズ。


「いい感じいい感じ」


少女は弾きながら混乱していた。


普通に混乱している。


(なにこれ)


(なんで……)


(私の音が……?)


自分の演奏なのに、まるで違う。


広がっている。


届いている。


いつもより、ずっと多くの人に。


気づけば、広場に人が集まり始めていた。


明らかに、いつもより多い。


「綺麗……」


「さっきより聴こえるな」


「なんかすごくないか?」


子供が立ち止まり、商人が手を止め、冒険者までもが振り返る。


少女の指先が、わずかに震えた。


こんなの、初めてだった。


今までは前の方の人しか聴いてくれなかった。


近くの人にしか届かなかった。


でも今日は違う。


後ろの人も。


遠くの人も。


足を止めて、耳を傾けている。


その光景を見ながら、トワは満足そうに頷いた。


「うん」


ぽつり、と嬉しそうに呟く。


「やっぱ、良い演奏って沢山の人に聴こえた方がいいよなあ」


少女がちらりと横目でトワを見る。


変な男。


意味不明。


勝手に楽器を触る。


本当に怪しい。


でも――


……少しだけ。


ほんの少しだけ。


悪くないかも、と思ってしまった。


演奏が終わる。


一拍の静寂。


その直後――


大きな拍手が巻き起こった。


今までよりずっと大きい。


人も多い。


歓声まで混じっている。


少女は固まった。


「……え?」


トワはにこにこしながら言った。


「どう?」


少女はしばらく黙り込んでから、ようやく口を開く。


「……何したの?」


「音、おっきくした」


「雑!!」


クロウは小さく空を見上げた。


(始まったな……)


嫌な予感しかしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ