「今日は何もしない、は信用できない」
朝。
森の奥深くにある家は、本来なら静寂に包まれるはずだった。
鳥のさえずり、木漏れ日、ゆったりと流れる空気――。
――のはずだった。
バチッ!!
「うおっ!?」
ガシャァン!!
静寂はあっさりと死んだ。
地下工房は煙と木屑と焦げ臭い匂いに満ち、床には金属片が散乱している。
そしてその中心で、トワが転がっていた。
「いったぁ……!」
トワは顔をしかめながらゆっくりと起き上がる。
髪の毛先がほんの少し焦げていた。
「……また失敗かー」
目の前には木箱が転がっている。
側面が少し割れ、銅線が飛び出していた。
トワはしゃがみ込み、真剣な顔でそれを見つめる。完全に研究モードだ。
「やっぱ魔力流しすぎた? でも出力が足りないんだよなあ……。いや待て、木の共鳴が――」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。
誰もいない工房で一人、延々と呟き続けている。
その時、工房の扉がゆっくりと開いた。
ものすごく嫌な予感のする、慎重すぎる速度で。
「……今度は何を壊した」
低い、抑揚の少ない声。
トワの肩がびくっと跳ねた。
振り向いて、固まる。
「げっ」
クロウが立っていた。
無表情。
しかし、その瞳の奥にははっきりとした呆れと疲労が浮かんでいる。朝からかなり本気で。
「いや違うって! 今回は壊してない!」
「“今回は”と言ったな?」
「言ってない!」
「聞こえた」
クロウは工房内を見回した。
木材、金属、飛び出した銅線、意味不明な魔法回路の図面、そして中央に鎮座する壊れた木箱。
長い沈黙の後、深いため息が漏れた。
「……何だそれは」
トワの顔がぱっと明るくなった。待ってましたとばかりに。
「新型!」
クロウの表情が一瞬で曇る。嫌な予感しかしない顔だ。
トワは木箱をぽんぽんと叩きながら説明を始めた。
「もっと音を綺麗に飛ばすやつ! 前のやつは低音は良かったんだけど、中域がちょっとモヤっとしててさ」
「……分からん」
「えぇ!?」
「いや絶対分かるって! 『おおっ!』ってなる感じ!」
「その説明で分かる者がいると思うか?」
トワは少し真面目に考えてから答えた。
「……感動?」
「余計に分からん」
クロウは深く、人生に疲れたようなため息を吐いた。
(もう師匠を辞めたい)
本気でそう思った。
だが、この馬鹿を放置しておくと国が終わる可能性が高い。
諦めた。
「朝食だ」
「あ」
トワの腹が、ぐぅ、と情けなく鳴った。
「飯!!」
さっきまでの研究顔はどこへやら。
全力で階段を駆け上がっていく。その変わり身の早さは現金だった。
⸻
朝食後。
トワが突然立ち上がった。
「よし」
「嫌な予感がする」
「街行こう」
「何故だ」
トワは少し考えて、真面目な顔で答えた。
「なんか、良い音探し」
「帰れ」
「まだ何もしてないじゃん!」
「“平原テスト”をした男の言葉とは思えん」
トワは口を尖らせて不満を露わにした。
「今日はほんとに何もしないって」
「その言葉に信用がこれっぽっちもない」
⸻
数時間後。
王都の広場は人だかりで賑わっていた。
そして、トワの足がぴたりと止まった。
――綺麗な音だった。
広場の中央に、長い耳を持つ銀髪の少女がいた。
木目の美しい、不思議な弦楽器を抱え、静かに奏でている。
エルフだ。
透き通るような、澄んだ音色が辺りに広がっていた。
トワの目が、少しだけ見開かれる。
「……お」
クロウは隣でその横顔を見て、確信した。
完全に、何か思いついた時の顔だ。
嫌な予感しかしない。




