「帰ったら説教だ」
風が吹き抜ける、荒れた平原。
その上を、二つの影が全力疾走していた。
「師匠、ちょっと速くない!?」
トワが息を切らしながら叫ぶ。
ローブが激しくはためき、さっきまで巨大装置を組み上げていたとは思えないほど、体力は至って普通だった。
「黙って走れ!!」
前を走るクロウは振り返りもしない。
風魔法で地面を滑るように疾走しながら、速度はまるで落ちない。
声に余裕が一切ない。
――まだ、かなり怒っている。
当然だった。
後方からは、王都の騎士団が土煙を上げて猛追してきていた。
距離は思ったより近い。
「いやでも、別によくない?」
トワは走りながら言った。
反省の色はまるで薄い。
というより、悪いことをしたという認識自体が薄い顔をしていた。
「何がだ!!」
「ほら、王都までちゃんと届いたんでしょ?
つまり成功ってことじゃ――」
「違う!!」
クロウが珍しく本気で怒鳴った。
風魔法が一瞬だけ揺らぐほど、怒りが強い。
「お前の“成功”は何故毎回被害が出るんだ!!」
「いやー、そこは今後の改善点で……」
「改善する前にまず被害を出すな!!」
トワは少し口を尖らせ、納得いかない顔をした。
「でもさー」
そこで、声のトーンが少しだけ変わる。
「良い音って、もっと沢山の人に聴いてほしいじゃないですか?」
クロウは一瞬だけ黙った。
またその話か。
トワは走りながら、妙に楽しげに続ける。
「広場の演奏とかもそうだけど、後ろの方、全然聴こえてないじゃん。せっかく良い演奏なのに、もったいないんだよなあ」
少し間を置いて、言葉を探すように。
「せっかく誰かが頑張って演奏してるならさ……もっと沢山の人が『おおっ!』ってなれた方が、絶対楽しいと思うんだ」
風が二人の間を吹き抜ける。
クロウは何も言わなかった。
相変わらず意味不明な理屈だ。
理解できる気もしない。
だが、こいつがこういう時だけ妙に真っ直ぐなのも知っていた。
だからこそ厄介だった。
危険なのに、放っておけない。
(……もう本当に師匠を辞めたい)
心の底から思った。
しかし、こいつを放置した未来を想像すると、それ以上に無理だった。
街中での実験。
王都での試運転。
宮廷音楽会での暴走。
そして城壁が吹き飛ぶ最終局面――国が壊滅する未来が容易に思い浮かぶ。
(駄目だ)
(私が見ていないと、本当に終わる)
深い、人生に疲れ果てたため息が漏れた。
「帰ったら説教だ」
「えぇー……」
「反省文も書け」
「反省してますって!」
「していない」
即答だった。
「してるって!」
「ノートに『低音が良かった』としか書いていなかっただろう」
「いや、それ大事じゃん?」
「大事ではない!!」
夕方近く。
ようやく森の奥に建つ石造りの家が見えてきた。
トワにとっては帰るべき我が家。
クロウにとっては、問題児を監視するための拠点だった。
「いやー、疲れた!」
トワは大きく伸びをした。
「腹減ったなー」
クロウがじろりと睨む。
「お前、説教を忘れていないか?」
「……あ」
まずい、といった顔をした。
クロウは静かに――怖いくらい静かに扉を開けた。
「座れ」
「え、今!?」
「今だ」
終わった。
トワは空を見上げて、そう悟った。
その夜。
森の奥深くから、男の悲痛な叫び声が響いたという。
「師匠ごめんなさーーい!!」




