音が追いかけてくる
配置計画がまとまった翌日。
王都初となる複数スピーカー試験が行われることになった。
中央広場。
鐘楼。
二箇所へ試作スピーカーを設置する。
本格配備ではない。
あくまで実験だ。
だが、実験にしては妙に人が多かった。
騎士団。
研究所の職員。
職人たち。
宮廷楽団。
そしてなぜか見物人。
中央広場は朝から賑わっていた。
トワはその光景を見て苦笑する。
「増えてるなぁ」
「増えていますね」
リゼルが頷く。
「なんで?」
「分かりません」
「分からないのか」
「王都ですので」
意味は分からなかったが、誰も否定しなかった。
レオンハルトも視察に来ている。
騎士団長までいる。
もはや王都規模の公開実験だった。
試験開始の合図が出る。
録音装置へ魔力が流し込まれる。
中央広場のスピーカー。
鐘楼のスピーカー。
同時起動。
次の瞬間。
宮廷楽団の演奏が王都へ響き渡った。
歓声が上がる。
音は確かに遠くまで届いていた。
広場の外。
市場へ続く通り。
離れた街区。
以前とは比べ物にならない。
二台だけでも効果は明らかだった。
職人たちが顔を見合わせる。
「聞こえるな」
「本当に届いてる」
「すごいじゃないか」
トワも頷いた。
「うん、届いてる」
そこまでは良かった。
問題が起きたのは少し離れた場所だった。
東区画から騎士が走ってくる。
「報告!」
「音が重なっています!」
空気が変わった。
続いて別の騎士。
「北区画でも同様です!」
さらに別の騎士。
「市場付近では二重に聞こえます!」
職人たちが首を傾げる。
何を言っているのか分からない。
だがトワは理解した。
「あー」
嫌な予感が当たった。
クロウが見る。
「やはりか」
「やっぱりだね」
実際に現地を確認することになった。
一行は王都を歩き回る。
問題が発生している地点を調べていく。
市場。
住宅街。
路地。
広場。
場所によって聞こえ方が違う。
そしてある路地で全員が足を止めた。
録音音源を再生する。
音が鳴る。
その直後。
少し遅れて同じ音が聞こえた。
わん――
わん――
音が追いかけてくる。
職人たちが顔をしかめる。
「なんだこれ」
「気持ち悪いな」
宮廷楽団の指揮者はもっと深刻だった。
「これは音楽にならん」
演奏が崩れている。
リズムがずれている。
同じ曲なのに同じ曲ではない。
音が重なり、互いを邪魔していた。
リゼルは周囲を見回しながら記録を取る。
「中央広場からの音」
「鐘楼からの音」
「到達時間に差があります」
クロウも頷く。
「距離の問題だな」
職人たちはようやく理解し始めていた。
遠い場所から届く音。
近い場所から届く音。
同時に鳴らしても、同時には届かない。
その結果がこれだった。
夕方。
会議室。
机いっぱいに王都地図が広げられる。
問題が起きた場所へ次々と印が付けられていく。
音が重なる場所。
演奏が崩れる場所。
聞き取りづらい場所。
職人の一人がため息を吐く。
「また問題か」
「毎回問題が増えるな」
「発明ってそういうものだから」
トワが言った。
誰も反論しなかった。
原因の大半が目の前にいることも含めて。
しばらく地図を眺めていたトワが口を開く。
「でも、解決方法はあるよ」
全員の視線が集まった。
リゼルが真っ先に反応する。
「あるのですか」
「ある」
トワはあっさり頷いた。
「これ、ディレイだし」
沈黙。
職人たちが固まる。
リュナが首を傾げる。
「でぃれい?」
「音が遅れて聞こえること」
トワは地図を指差した。
「中央広場と鐘楼で同時に鳴らしてるのが原因」
「距離が違うから届く時間も違う」
リゼルが眉をひそめる。
「つまり?」
「同時に鳴らさなければいい」
会議室が静まり返る。
トワは続けた。
「近い場所は少し早く」
「遠い場所は少し遅く」
「聞いてる人のところで同じタイミングになればいい」
クロウが止まった。
リゼルも止まった。
研究者たちも動かない。
トワだけが首を傾げる。
「できない?」
クロウはゆっくり地図を引き寄せた。
鐘楼。
中央広場。
設置予定地。
距離。
配置。
頭の中で計算を始める。
リゼルも資料へ書き込み始めていた。
「到達時間の補正……」
「距離による遅延制御……」
「基準信号が必要かもしれません」
研究者たちの目の色が変わる。
新しい課題だった。
そして新しい発明の種だった。
トワはその様子を見て笑う。
「できそう?」
クロウはしばらく考えた後、小さく口元を上げた。
「理屈は分かった」
「問題は実現方法だな」
リゼルも頷く。
「ですが、不可能ではありません」
王都全域音響計画。
音を届けるだけでは足りない。
同じ音を。
同じ瞬間に。
王都中へ届ける。
そのための新たな研究が始まろうとしていた。




