配置計画
「増やせばいい」
トワの一言で、会議室は静まり返った。
誰もすぐには返事をしなかった。
王都全域へ音を届ける。
そのための計画なのだから、考えてみれば当然の発想だった。
届かないなら増やす。
単純だ。
理屈としては正しい。
だが――当然と実現できることは別である。
職人たちは一斉に嫌そうな顔をした。
何人かは露骨に眉をひそめ、何人かは天井を見上げている。
クロウは額を押さえていた。
「また始まったな……」
リュナは面白そうに笑う。
「私は嫌いじゃないけど」
「言うだけならな」
クロウが即座に返した。
その横で、リゼルだけは真面目に地図へ向かっていた。
机いっぱいに広げられた王都地図。
その上へ次々と印を書き込んでいく。
中央広場。
市場。
居住区。
鐘楼。
城壁。
主要街道。
王都の構造を確認しながら候補地を洗い出していく。
「何台必要ですか?」
職人の一人が聞いた。
「計算します」
リゼルは即答した。
迷いはない。
やがてペンが止まる。
「音の到達範囲を基準にした場合」
一度地図を見直す。
「最低二十台以上です」
会議室が静まった。
「最低?」
職人が聞き返す。
「最低です」
リゼルは淡々と続けた。
「条件によっては三十台を超えます」
職人たちが一斉に頭を抱えた。
「無茶だろ……」
「誰が作るんだ」
「材料はどうする?」
「納期は?」
現実的な悲鳴が飛び交う。
トワは首を傾げた。
「みんなで作ればいいんじゃない?」
全員が見た。
簡単に言うな。
そんな視線だった。
だが本人だけは本気で不思議そうな顔をしている。
クロウは深くため息を吐いた。
「だからお前は怖いんだ……」
翌日から配置計画が始まった。
会議室の中だけでは分からない。
実際に歩き、自分たちの目で確認しなければならない。
騎士団の案内を受けながら、一行は王都中を回った。
鐘楼。
城壁。
広場。
市場。
主要街道。
設置できそうな場所を片っ端から調べていく。
最初に目を付けたのは鐘楼だった。
王都でも有数の高さを誇る建物である。
急な螺旋階段を上り切り、屋上へ出る。
その瞬間。
トワは思わず声を漏らした。
「うわぁ……」
王都が一望できた。
赤い屋根が連なっている。
石畳の通りを人々が行き交う。
市場には人の波があり、広場には馬車が並んでいた。
遠くには巨大な城壁。
さらにその向こうには平原が広がっている。
高い場所だからだろうか。
市場の喧騒すら小さく聞こえた。
風が吹く。
髪が揺れる。
トワは手すりへ身を乗り出した。
「ここなら遠くまで飛びそう」
リゼルも頷いた。
「有効ですね」
「障害物が少ない」
「音の到達範囲も広がります」
クロウも周囲を見回した。
「悪くない」
トワは得意げだった。
「でしょ」
「たまたま当たっただけだろ」
「当たったからいい」
「研究者とは思えん発言だな」
鐘楼は即座に有力候補として地図へ記された。
だが全てが順調だったわけではない。
市場では問題が発生した。
人が多い。
店が多い。
呼び込みの声が飛び交う。
荷車が行き交う。
鍛冶屋の金属音。
魚屋の怒鳴り声。
商人同士の値引き交渉。
子供たちの笑い声。
王都には想像以上に多くの音が存在していた。
試験用スピーカーを鳴らしてみる。
確かに聞こえる。
だが聞き取りづらい。
音が周囲の喧騒へ埋もれてしまうのだ。
職人の一人が眉をひそめた。
「思ったより飛ばんな」
「飛んではいます」
リゼルは冷静だった。
「ただし環境が悪い」
「市場周辺は追加配置が必要です」
クロウが空を見上げた。
「また増えたな」
王都全域へ音を届ける。
その難しさが少しずつ見え始めていた。
数日後。
会議室の地図はさらに賑やかになっていた。
設置候補地。
危険区域。
反響区域。
騒音区域。
王都全体が色と印で埋め尽くされている。
もはや地図というより戦略図だった。
視察に来ていたレオンハルトも思わず笑う。
「まるで戦だな」
騎士団長も頷いた。
「王都全体を使った計画ですから」
トワだけが首を傾げた。
「そんな大げさかな」
全員が見た。
王都全域を巻き込んでいる。
十分すぎるほど大げさだった。
夕方。
配置計画はようやく形になり始めていた。
中央広場。
鐘楼。
城壁。
主要交差点。
地図の上には大量の丸印が並んでいる。
トワは満足そうに何度も頷いた。
「これで届くね」
だが。
リゼルは黙っていた。
クロウも腕を組んで地図を見つめている。
何かがおかしい。
しばらくして、リゼルが口を開いた。
「一つ問題があります」
職人たちが顔を上げる。
トワも振り返った。
「なに?」
リゼルは地図を指差した。
中央広場。
鐘楼。
市場。
城壁。
それぞれの設置予定地は大きく離れている。
「同時に鳴らした場合」
「場所によって聞こえるタイミングが変わります」
会議室が静かになった。
トワは地図を見た。
中央広場。
鐘楼。
市場。
城壁。
指先で距離をなぞる。
頭の中で音を飛ばしてみる。
そして。
顔が歪んだ。
「あー……」
嫌な予感がした時の顔だった。
クロウが気付く。
「心当たりがあるのか」
「ある」
即答だった。
「これダメだ」
「絶対ズレる」
職人たちは意味が分からない。
だがリゼルは頷いた。
「なぜだと思います?」
「距離が違うから」
トワは地図を指差した。
「近い場所と遠い場所で同じタイミングに鳴らしたら、届く時間が変わる」
「同じ演奏なのに、聞こえる場所によってズレると思う」
職人たちが顔を見合わせる。
まだ実感はない。
だがリゼルは即座に頷いた。
「その通りです」
クロウも腕を組んだ。
「つまり」
トワは少し考える。
そして嫌そうに言った。
「たぶん地獄になる」
会議室が静まり返った。
それは危険な言葉だった。
これまで何度も聞いた。
そして大抵の場合。
本当に地獄になった。
研究棟半壊。
研究棟全焼。
草原消滅。
魔物大移動。
誰も口には出さなかったが、全員が同じことを思っていた。
また何か起きる。
間違いなく。
レオンハルトだけが楽しそうに笑った。
「では試してみるか」
誰も反対しなかった。
王都全域音響計画。
配置は見えてきた。
スピーカーも作れる。
設置場所も決まり始めている。
だが。
次に立ちはだかったのは距離だった。
音は届く。
しかし。
同じ音とは限らない。
王都全体を劇場に変えるという計画は、新たな壁へ向かおうとしていた。




