↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/28

王都音響地図

夜。


トワは夢を見た。


天井の高い、広い部屋だった。


壁際には見たこともない箱のようなものがいくつも並び、机の上には大量の紙が広がっている。複雑な線が何本も引かれ、箱の形や曲線の広がりが描かれていた。


意味はわからない。


ただ、なぜか妙に気にかかった。


部屋の奥では、誰かが作業を続けている。

背中しか見えない。男か女かもわからないその人は、紙と箱を何度も見比べながら、筆を走らせては書き直していた。


やがて、小さく呟く声が聞こえた。


「もっと遠くへ」


その言葉だけが、妙に耳に残った。


そして夢はそこで切れた。



翌朝。


「起きてください」


「むり」


「起きてください」


「むり」


「起きてください!」


「むり……」


リゼルは無言で資料の束をトワの顔の上に落とした。


べしっ。


「痛っ!」


「会議です」


「朝から!?」


「昨日の続きです」


「帰りたい……」


トワは布団の中でしばらくじたばた抵抗したが、結局リゼルに引きずられるように会議室へ連行された。


廊下を歩きながら、ふと夢のことを思い出そうとした。何かを見ていた気がする。誰かがいたような気もする。でも、そこで記憶はぼんやりと途切れてしまった。


「……なんだっけ」


「どうしました?」


「いや、なんでもない」



会議室には、昨日よりもさらに多くの人が集まっていた。


職人たち、騎士、技術局の職員。そして部屋の中央には、巨大な王都地図が机いっぱいに広げられている。昨日の実験結果が、赤・青・黒の印でびっしりと書き込まれていた。


リゼルが地図を指差した。


「これが昨日の調査結果です。赤は良好、青は反響、黒は音が届かない場所です」


トワが身を乗り出して地図を覗き込んだ。


「多いなぁ……」


「多いですね」


予想以上だった。


王都は広い。中央広場を中心に街が広がり、それを囲む巨大な城壁。高い建物、入り組んだ住宅街、人で溢れる市場、空へ伸びる鐘楼——街は決して平らではなかった。


クロウが腕を組んでため息をつく。


「当然だ。街は平面じゃない。障害物だらけだ」


「音が思った通りに飛ぶ方がおかしいんですよ」


リュナは首を傾げた。


「でも音って、勝手に広がるんじゃないの?」


リゼルが丁寧に説明する。


「音は広がるだけではありません。反射もすれば、重なりもします。場所によっては強くなったり、逆に打ち消し合ったりするんです」


リュナは途中で理解を諦めた顔になった。


「難しい……」


「難しいです」


リゼルも素直に頷いた。


ただ一人、トワだけが目を輝かせていた。


「面白い!」


その様子を見てクロウが呆れたように肩を落とす。


「お前は本当にそういうやつだな」


会議が終わると、すぐに本格的な調査が始まった。


中央広場、市場、住宅街、鐘楼、城壁周辺——王都各地に騎士たちが配置され、昨日作った試験音源を流しては聞こえ方を確認していく。


報告が次々と持ち帰られてきた。


「北区画は問題なし!」


「東区画で反響しています!」


「西側は音量が足りません!」


「市場周辺は雑音が多くて聞き取りづらいです!」


報告があるたびに、地図へ新しい印が追加されていく。


「ここもか……」


リゼルが印を付けながら呟く。その横では職員が報告書をまとめ、別の机では職人たちが地図を囲んで熱心に議論を交わしていた。


気付けば会議室中の机が資料で埋まり、人の出入りも絶え間なくなっていた。もはやただの結果整理ではなく、大規模な研究会議の様相を呈していた。


クロウはその光景を眺めながら、ぽつりと漏らした。

「懐かしいな」


「昔もこうでしたね」


クロウの顔が一瞬だけ嫌そうに歪んだ。


「思い出させるな」


「研究棟半壊事件ですか?」


「違う」


「研究棟全焼事件ですか?」


「違う」


「どれです?」


「全部だ」


リュナが動きを止めた。


「何回やったのよ……」


「聞くな」


夕方になり、ようやく調査結果が一通りまとまった。


机いっぱいに広げられた地図には、無数の印と書き込みが加わっている。東区画の反響、市場周辺の聞き取りづらさ、西側の音量不足——各地の特性が一枚の地図に落とし込まれていた。


職人の一人が頭を抱えた。


「こんなに偏るのかよ……」


「これ全部直すのか?」


リゼルは即答した。


「はい」


「無理だろ……」


「頑張ってください」


会議室のあちこちから深いため息が漏れた。

議論は続いていたが、解決策は簡単には見つからない。


「西側は出力を上げればいいんじゃないか?」


「いや、東区画の反響がさらに悪化するぞ」


「配置の問題かもしれん」


そのとき、トワが地図をじっと見つめたまま口を開いた。


「どうした?」


クロウに聞かれ、トワは中央広場を指差した。


「これさ。音出してるの、ここだけだよね」


会議室が静かになった。


トワの指は中央広場を指している。


リゼルが地図へ目を落とした。


「……なるほど」


クロウも眉をひそめる。


「そういうことか」


リゼルが小さく呟く。


「……なるほど」


クロウも腕を組んだ。


トワは首を傾げながら言った。


「一台で足りないなら、増やせばいいんじゃない?」


職人たちが一瞬、言葉を失った。


数秒後、誰かが力なく呟いた。


「また作るのか……」


「簡単に言ってくれるな」


「今ので十分大仕事だったんだぞ」


不満は出る。


だが反対意見は出なかった。


誰もが薄々分かっていたからだ。


クロウは椅子にもたれ、深いため息を吐いた。


「……仕事が増えたな」


職人たちも揃って肩を落とした。


一方でトワは、すでに次の配置を考え始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。