王都初の大型スピーカー
王都技術局は、ここ数日、まるで戦場のような慌ただしさに包まれていた。
木材が山積みされ、金属の塊が次々と運び込まれる。加工場では朝から晩まで金槌の音が鳴り響き、魔石を抱えた職員たちがせわしなく行き交っていた。
普段の静かな雰囲気は、もはやどこにもない。
その騒ぎの中心にいるのは、もちろんトワだった。
「だからここ、もっと広げて」
大きな図面を広げながら、トワが木工職人の肩を軽く叩く。
「もっとって……どれくらいだよ」
「もっと」
「もっとじゃ分からん! 具体的に言え!」
職人が悲鳴じみた声を上げる。
だがトワは悪びれもせず、にこりと笑った。
不思議なことに、そんな曖昧な指示でも少しずつ形になっていく。
誰も理屈は理解していない。
それでもトワの頭の中には完成形がはっきり見えているらしく、職人たちも半ば諦めながら手を動かしていた。
やがて楽器職人たちも工房へ加わった。
音を扱う専門家たちの知識は、今回の計画に欠かせない。
「この曲線には何か意味があるのか?」
年配の楽器職人が慎重に尋ねる。
「あるよ」
「何だ?」
「なんとなく」
「帰れ」
即座に返ってきた言葉に、工房中が笑いに包まれた。
リュナは吹き出し、クロウは額を押さえてため息をつく。
「なぜお前はそれで成立するんだ……」
「成立してるから?」
「成立しているのが問題なんだよ」
本当にその通りだった。
理論を説明しない。
説明できるような言葉も持っていない。
それなのに結果だけは毎回出してしまう。
だから周囲は振り回される。
それでも誰一人として作業を止めようとはしなかった。
完成するものが、毎回面白すぎたからだ。
そして数日後。
王都初となる大型スピーカーが完成した。
中央広場へ運び込まれたそれを見た瞬間、集まった全員が息を飲む。
とにかく大きい。
もはや木箱などという可愛らしい代物ではなかった。
巨大なラッパのような形状が空へ向かって広がり、その姿はまるで城壁の一部を切り取って運んできたかのような迫力を放っている。
広場に集まった職人たちも、思わず見上げていた。
「でか……」
リュナが呆然と呟く。
「いい感じ」
トワは腕を組み、満足そうに頷いた。
「いい感じで作るな!」
職人たちから一斉にツッコミが飛ぶ。
だがその表情には達成感が溢れていた。
自分たちが作り上げたものだ。
誇らしくないはずがない。
試験はそのまま中央広場で行われた。
騎士団、技術局、職人たち。
そしてレオンハルト王までもが姿を見せている。
王はまるで祭りを待つ子供のように目を輝かせていた。
「失敗したらどうする?」
楽しそうに尋ねる王へ、トワは少し考えてから答える。
「直す」
あまりにも当然のような返答だった。
レオンハルトは愉快そうに笑う。
「良い答えだ」
クロウだけが深いため息を吐いていた。
嫌な予感しかしない、という顔である。
録音装置が接続される。
魔石が淡く輝き、広場に静寂が落ちた。
全員の視線が巨大なスピーカーへ集中する。
「いくよ」
トワが魔石に手を添えた。
次の瞬間――。
音が弾けた。
宮廷楽団の演奏。
先日録音したばかりの豊かな旋律が、広場全体へと広がっていく。
空気そのものが震えたようだった。
今までの小型装置とは比べ物にならない。
深みのある音が空へ伸び、街路へ流れ、遠くへと飛んでいく。
人々が思わず周囲を見回した。
目の前に楽団はいない。
それなのに音だけが確かに存在している。
「聞こえるぞ!」
「本当に飛んでる!」
「すげえ……!」
歓声が上がった。
職人たちが拳を握る。
トワも満面の笑みを浮かべた。
「よし!」
成功だ。
誰もがそう思った。
だが――。
「報告!」
一人の騎士が息を切らして広場へ飛び込んできた。
「東区画で反響が発生しています!」
空気が変わる。
さらに別の騎士が駆け込んできた。
「市場周辺ではほとんど聞こえません!」
「南区画は問題なし!」
「北区画は聞こえたり聞こえなかったりします!」
報告が次々と飛び交う。
歓声に包まれていた広場は、一瞬で検証の場へと姿を変える。
リゼルだけは冷静だった。
地図を広げ、報告内容を書き込んでいく。
「予想通りです」
「予想してたの!?」
トワが目を丸くする。
「王都は平面ではありません。建物、高低差、街路の形状。全てが音に影響します」
クロウも頷く。
「音は思ったより素直じゃない」
成功したように見えて、実際には問題だらけだった。
午後になると、トワは王都中を走り回っていた。
市場。
路地。
鐘楼。
住宅街。
聞こえる場所。
聞こえない場所。
反響する場所。
音が途切れる場所。
片っ端から確認していく。
ある路地では音が何重にも反響した。
逆に一本角を曲がっただけで、急に音が消える場所もあった。
「聞こえる?」
「聞こえる!」
「こっちは?」
「反響してる!」
「そこは?」
「全然聞こえねえ!」
当然のようにリュナも巻き込まれている。
「なんで私まで走らされてるのよ!」
「人手不足!」
「雑すぎるでしょ!」
夕方には全員がへとへとになっていた。
技術局へ戻ると、机の上には巨大な王都地図が広げられていた。
そこには無数の書き込みが並んでいる。
聞こえる。
聞こえない。
反響する。
途切れる。
王都の音の地図が少しずつ形になり始めていた。
レオンハルトは興味深そうに地図を眺め、リゼルも静かに頷く。
職人たちも地図を囲み、いつの間にか議論を始めていた。
最初は大型スピーカーを作るだけの計画だった。
だが今や、それは王都という巨大な空間そのものを調べる実験へと変わっている。
夜の会議室。
全員が疲れ果てている中で、トワだけが目を輝かせていた。
「面白い」
ぽつりと呟く。
職人たちが顔を上げた。
「どこがだよ……」
トワは地図の一点を指差した。
「問題が見えた」
会議室が静まり返る。
問題が見えたということは、解決の糸口も見え始めたということだ。
トワの声は、どこか嬉しそうだった。
誰もが頭を抱えているというのに。
彼にとって問題とは行き止まりではない。
次の発見へ続く入口だった。
クロウはそんな顔を見て、小さく笑う。
「……お前、本当に研究者向きだな」
トワは首を傾げた。
「今さら?」
誰も否定しなかった。
王都全域劇場計画。
最初の試験は成功であり、同時に大失敗でもあった。
だが、その失敗が次の道筋を示している。
王都の音を支配するための、本当の研究はここから始まるのだった。




