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王都を劇場にする方法

王都技術局の大会議室は、まるで作戦本部のような空気に包まれていた。


中央の巨大なテーブルには王都全域を描き込んだ詳細な地図が広げられている。


城壁、中央広場、市場、居住区、鐘楼、主要街道――王都の全てが一枚の紙の上へ押し込められていた。


その地図を囲むように職人や技術者たちが集まっている。


そして全員、揃って難しい顔をしていた。


「無理だろ……」


最初に口を開いたのは木工職人の親方だった。


大きな手で頭を掻きながら深いため息を吐く。


「数が多すぎる。到底間に合わんぞ」


「いったい何台作るつもりなんだ?」


別の職人も続いた。


「建物単位で設置するなら桁が違うぞ」


会議室の空気は重い。


誰もが同じことを考えていた。


計画が大きすぎる。


あまりにも大きすぎるのだ。


リゼルは資料をめくりながら淡々と答えた。


「現時点での試算では七十二台です」


一瞬の沈黙。


数秒遅れて、その数字が全員の頭へ浸透した。


「七十二?」


「正気か?」


「そんな数、楽器でも作らんぞ」


鍛冶師が腕を組んだまま唸る。


「固定具だけで金属が足りん」


魔導技師も渋い顔をした。


「魔石もです。出力用の上級魔石を七十二個など簡単には集まりません」


木材も金属も魔石も足りない。


製作時間も人手も不足している。


誰かが問題を挙げれば、別の誰かが新しい問題を持ってくる。


現実という壁が次々と積み上がっていくようだった。


そんな中、トワだけは地図を見つめながら首を傾げていた。


「そんなにいる?」


「必要です」


リゼルは即答した。


「王都全域をカバーするなら、むしろ最低限です」


クロウが腕を組んだまま呟く。


「そもそも発想が大規模すぎる……」


レオンハルトだけは楽しそうだった。


まるで面白い芝居でも見ているように目を細めている。


「悪くないではないか」


「他人事だからそう言えるんだ」


クロウの返しも即座だった。


会議室のあちこちで苦笑が漏れる。


だが議論は終わらない。


木材、金属、魔石、人手。


それだけでも頭が痛いのに、さらに別の問題が浮上した。


「設置場所です」


一人の職人が地図を指差した。


「屋外に置くんだろう? 雨が降ったら終わりだぞ」


その瞬間、トワの動きが止まった。


「……あっ」


会議室中の視線が集まる。


クロウが嫌な予感を覚えながら聞き返した。


「あ?」


「考えてなかった」


「だろうな」


即答だった。


リュナが額を押さえる。


「今気付いたの?」


「今気付いた」


リゼルは慣れた様子で資料をめくる。


「耐候性素材については検討中です。湿地帯に生息する魔獣の外皮を加工した塗料が候補ですが、数が足りません」


「また足りないのか……」


誰かが呻く。


問題は減るどころか増えていく。


むしろ会議をするたびに新しい問題が見つかる有様だった。


それでも誰も席を立たない。


最初は無茶だと思っていた計画なのに、気付けば全員が本気で実現方法を考えている。


それだけ『王都全域劇場計画』は面白くなり始めていた。


その時だった。


トワの視線が机の端に置かれた試作品へ落ちる。


木で作られた小さな箱。


何度も試作と失敗を繰り返してきた初期型のスピーカーだった。


「もっと遠くまで飛ばせればなぁ……」


ぽつりと漏れた呟きに、楽器職人の一人が鼻で笑う。


「音を遠くへ飛ばしたいなら、昔からやり方はあるぜ」


そう言って取り出したのは長く伸びた角笛だった。


狩猟用の、野太い音を遠くまで響かせるためのラッパ状の道具である。


「こうやって口を広げて、音を前に押し出すんだ」


トワの視線は角笛へ釘付けになった。


細い筒から先端へ向かって大きく広がる形。


その構造は音を集めるためではなく、遠くへ送り出すためのものだった。


会議室ではまだ議論が続いていた。


七十二台という数字に職人たちは頭を抱え、足りない材料や人員について次々と問題を挙げている。


無理だ。


現実的ではない。


そんな言葉が何度も飛び交い、その声はトワの頭の中にも残っていた。


だが、その横では先ほど職人が持ち出した角笛が静かに置かれている。


細い筒から先端へ向かって大きく広がる形。


音を遠くまで届けるためだけに作られた道具。


トワはそれを見つめたまま考え込む。


もしもっと遠くまで音を飛ばせるなら。


もしもっと効率よく届けられるなら。


そもそも七十二台も必要なくなるのではないか。


視線が自然と試作品へ移る。


これまで作ってきたスピーカーは、音を鳴らすことばかり考えて作られていた。


より大きく。


より聞こえやすく。


だが本当に必要なのは、そこだっただろうか。


「……違う」


誰にも聞こえないほど小さく呟く。


角笛から試作品へ視線を移し、さらにもう一度角笛へ戻す。


二つの形を見比べた瞬間、それまで頭の中で散らばっていた考えが不意に一本の線として繋がった。


「音を大きくしたいんじゃない」


トワの目が細くなる。


「音を飛ばしたいんだ」


次の瞬間だった。


何かが、はっきりと繋がった。


「あっ」


クロウは反射的に目を閉じた。


嫌な予感しかしなかった。


「おい……」


しかしトワはもう聞いていない。


勢いよく紙を引き寄せると、迷いなくペンを走らせ始めた。


職人たちも思わず身を乗り出す。


図面の上で木箱の前面が大きく広がっていく。


横へ。


前へ。


まるで角笛そのもののように。


ただの箱ではない。


音を前方へ押し出すための構造だった。


「なんだこれは」


「ラッパか?」


「いや、スピーカーだぞ……?」


ざわめく職人たちへ向けて、トワは興奮したまま説明する。


「一台で遠くまで届けば数を減らせる」


ペン先が止まらない。


「音を大きくするんじゃなくて飛ばすんだよ」


さらに線を書き足しながら続ける。


「そしたら七十二台もいらないかもしれない」


会議室の空気が変わった。


さっきまで不可能な理由ばかり並べていた職人たちは、今度は図面を覗き込みながら実現方法を考え始めている。


どうすれば作れるのか。


どこまで飛ばせるのか。


何が必要になるのか。


議論の方向そのものが変わり始めていた。


トワはそのまま地図へ視線を移した。


中央広場、鐘楼、市場、城壁――王都の主要な建物を指先でなぞりながら考え込む。


そして、ぽつりと言った。


「一台で広く飛ばせるなら、建物そのものを使えばいい」


会議室が静まり返った。


最初に反応したのはリゼルだった。


「……なるほど」


クロウも地図へ身を乗り出す。


「待て」


一か所を指差した。


「ここは反響が強い」


さらに別の場所へ指を動かす。


「市場は騒音が多いな」


「城壁の上なら遠くまで届くかもしれません」


リゼルもすぐに続く。


気付けば議論の内容は完全に変わっていた。


設置できるかどうかではない。


どう配置するか。


どう響かせるか。


どこへ設置すれば効率よく音を届けられるか。


そんな話になっている。


誰も気付かないうちに、これはもうスピーカーの話ではなくなっていた。


王都そのものをどう設計するか。


そんな規模の話へ変わり始めていたのだ。


レオンハルトはその様子を見ながら楽しそうに笑う。


「面白いな」


誰も返事をしない。


全員が地図へ夢中だった。


王都をどう響かせるか。


どこへ配置し、どうすれば音が届くのか。


誰もが王都そのものを巨大な舞台へ変える方法を考えていた。


夜が更けても会議は終わらない。


机の上には図面が積み上がり、地図には無数の書き込みが増えていく。


修正された配置案や新しい設計図、失敗案と成功案。


それらが少しずつ形になり始めていた。


トワはその光景を見下ろしながら笑う。


「なんかお祭りみたいだね」


リュナは呆れたような顔をした。


「王都を巻き込むお祭りなんて聞いたことないわよ」


クロウもため息を吐く。


「私もだ」


だが、その声はどこか軽かった。


最初に比べれば、もう誰もこの計画を不可能だとは思っていない。


『王都全域劇場計画』


まだ設計段階だ。


完成には程遠い。


それでも確実に、王都は少しずつ形を変え始めていた。


音のために。


そして――まだ誰も知らない未来のために。

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