王都音響産業化計画(始動)
王都技術局の大会議室は、朝から妙な熱気に包まれていた。
木工職人。
鍛冶師。
楽器職人。
魔導技師。
王都でも名の知れた職人たちが一堂に集められている。
本来なら交わることのない面々だった。
その光景を見ながら、クロウは小さくため息を吐く。
「本気か」
リゼルは資料を整理しながら答えた。
「陛下の命令ですので」
「そういう意味じゃない」
クロウは会場を見回す。
「王都の職人をここまで集めるとは思わなかった」
その時、会場の扉が開いた。
トワが入ってくる。
両手で大事そうに木箱を抱えていた。
「重い……」
リュナが呆れた顔をする。
「誰も代わってくれなかったの?」
「師匠が自分で持てって」
「壊すな」
クロウが即答する。
「その方が心配だ」
トワは不満そうだった。
だが木箱はしっかり抱えたままだった。
会場の視線が集まる。
職人たちの目は自然と木箱へ向いた。
「それが例の装置か?」
「ただの箱に見えるが」
「木工品ではあるな」
ざわめきが広がる。
トワは机の上に木箱を置いた。
ごとり、と音が響く。
「これがスピーカー」
沈黙。
誰も意味が分からない。
職人の一人が腕を組む。
「すぴーかー?」
「なんだそれは」
トワは少し考えた。
「音を遠くまで届ける箱」
さらに沈黙。
説明が雑だった。
クロウが額を押さえる。
「もう少し説明しろ」
「難しいんだよ」
トワはぶつぶつ言いながら木箱を叩く。
コン。
音が響く。
「まず音を受ける装置がある」
「それを魔石で増幅する」
「で、この箱から出す」
楽器職人が眉をひそめる。
「箱?」
「魔石ではなく?」
トワは首を振った。
「箱」
即答だった。
「音を出すのは魔石だけど」
「音を作るのは箱だから」
会場が静かになる。
職人たちの表情が変わった。
木工職人が前へ出る。
「待て」
「それはどういう意味だ?」
トワは木箱を指差した。
「同じ魔石でも箱が違うと音が変わる」
今度は楽器職人が反応した。
「……それは楽器と同じか?」
トワは少し考えた。
「たぶん近い」
その瞬間だった。
会場の空気が変わる。
楽器職人たちが身を乗り出す。
「木の厚みで変わるのか?」
「内部の空間は?」
「材質は?」
質問が飛び始めた。
トワの目が輝く。
「変わるよ」
「めちゃくちゃ変わる」
「穴の位置でも変わるし」
「大きさでも変わる」
「中の空気でも変わる」
職人たちがざわつく。
今までただの木箱だと思っていたものが、そうではないと理解し始めた。
リゼルは静かに頷く。
「つまりスピーカーは魔導具であると同時に、音響構造物でもあります」
「魔石だけ量産しても意味はありません」
「箱の設計も必要です」
クロウがぼそりと言う。
「面倒なことになったな」
「はい」
リゼルは即答した。
そして資料を広げる。
「さらに問題があります」
空気が引き締まる。
「木材の確保」
「金属部品の調達」
「魔石の供給」
「設置場所の選定」
「耐候処理」
職人たちが顔を見合わせる。
「待て」
「そんな数を作るつもりなのか?」
リゼルは答える。
「王都全域です」
会場が静まり返った。
「正気か」
誰かが呟いた。
レオンハルトは楽しそうに笑う。
「正気なら始めておらん」
その一言で空気が少しだけ緩む。
クロウは頭を抱えた。
「王が言うことじゃない」
トワは職人たちを見る。
「でもさ」
全員の視線が集まる。
「これができたら」
「王都のどこにいても同じ音楽が聴けるんだよ?」
少し静かになる。
誰も答えない。
だが否定もしない。
「市場でも」
「城壁の上でも」
「遠くの広場でも」
「同じ演奏が聴ける」
職人たちの表情が少しずつ変わっていく。
楽器職人の一人が小さく笑った。
「馬鹿げてるな」
トワは笑う。
「うん」
「だから面白い」
クロウが即座に言う。
「面白がるな」
会場に小さな笑いが広がった。
王都全域音響計画。
まだ設計図すら完成していない。
必要な素材も足りない。
製造方法も確立していない。
だが確実に、一歩目だけは踏み出された。
後に王都最大の事業と呼ばれる計画は、この日、職人たちのざわめきの中で始まったのだった。




