もっと大きく
王都研究所の会議室。
机いっぱいに広げられた地図には、前日の試験結果が書き込まれていた。
音が重なる場所。
演奏が崩れる場所。
聞き取りにくい場所。
どれをとっても問題だらけだった。
職人の一人がため息を吐く。
「結局失敗か」
「失敗ではありません」
リゼルが即座に否定する。
「音は届きました」
「問題は届き方です」
クロウも頷いた。
そこは間違いない。
王都全域へ音を届ける。
その目的自体は達成できていた。
問題は、その先だった。
「だったら」
職人頭が口を開く。
「後ろのスピーカーをやめればいい」
会議室が静まる。
単純だが合理的な意見だった。
音が重なる原因は複数のスピーカーだ。
なら減らせばいい。
クロウは腕を組む。
「届かなくなる」
「ならもっと大きくする」
職人頭は地図を指差した。
「鐘楼の上に置く」
「城壁にも置く」
「今の倍の大きさにする」
職人たちが頷く。
そちらの方が彼らには分かりやすかった。
大きくする。
強くする。
それは職人の得意分野だ。
トワは少し考える。
否定はしなかった。
実際、それも一つの方法だった。
数日後。
試験が行われた。
新しい大型ホーン。
職人たちが総力を挙げて作った試作品だった。
以前より長い。
以前より大きい。
以前より遠くまで飛ぶ。
鐘楼へ設置されたそれは、まるで巨大なラッパのようだった。
試験開始。
音が鳴る。
広場に歓声が上がる。
確かに飛んでいる。
以前より遠い場所まで聞こえる。
市場。
外周区画。
住宅街。
記録係の騎士たちも次々と報告を上げる。
「南区画、良好!」
「北区画も聞こえます!」
職人たちは満足そうだった。
だが。
報告書が集まり始めると、空気が変わった。
聞こえる。
だが聞き取りにくい。
場所によって音量が違う。
建物の影で急に聞こえなくなる。
広場では大きすぎる。
市場では雑音に埋もれる。
そして遠距離では歌詞が分からない。
宮廷楽団の指揮者が顔をしかめた。
「演奏は聞こえる」
「だが歌が聞こえん」
楽団員たちも頷く。
職人頭が腕を組んだ。
「大きくしただけでは足りんか」
クロウが地図を見る。
「足りないな」
リゼルは静かに報告をまとめていた。
「王都全域を一台で賄うのは非現実的です」
「複数配置は必要です」
つまり。
結論は変わらない。
スピーカーは増やさなければならない。
会議室が重くなる。
全員が同じ場所へ戻ってきてしまった。
複数配置。
そして遅延問題。
トワは椅子へもたれかかった。
「やっぱりなぁ」
クロウが見る。
「予想していたのか」
「まあ」
トワは曖昧に頷く。
音は飛ぶ。
だがそれだけでは駄目だ。
王都全体を劇場にするなら。
どこで聞いても同じ音でなければならない。
しばらく沈黙が続いた。
そして。
トワがぽつりと言った。
「全員、同じ音を聞けばいいんじゃない?」
会議室が静まる。
リュナが首を傾げる。
「何言ってるの?」
「だから」
トワは地図を指差した。
「全部のスピーカー、同じ合図で動けばいいじゃん」
クロウが止まる。
リゼルのペンも止まる。
「同じ合図……」
「基準ですか」
小さく呟く。
トワは頷いた。
「そんな感じ」
クロウはゆっくり立ち上がった。
そして地図へ向かう。
中央広場。
鐘楼。
城壁。
各設置地点。
そこへ線を書き始める。
研究者の顔だった。
リゼルも資料を引き寄せる。
「もし全ての装置が同じ基準を受け取れるなら、距離ごとに調整できます」
職人たちは置いていかれていた。
だが研究者たちは違った。
また何かが始まる。
その気配があった。
王都全域音響計画。
次に作るのはスピーカーではない。
音を揃えるための仕組み。
王都中を一つの演奏へ変えるための、新しい魔導具だった。




