幕間 変な子だった
トワは、変な子だった。
少なくとも村の大人たちはそう思っていた。
同じ年頃の子供たちが木剣を振り回し、森を駆け回り、川で魚を追いかけている頃。
トワはいつも一人でしゃがみ込んでいた。
視線の先にあるのは、宝物でも玩具でもない。
ガラクタだ。
壊れた鍋。
曲がった釘。
欠けた灯り石。
使えなくなった魔導具。
誰かが捨てたものばかり。
それを拾ってくる。
並べる。
分解する。
組み直す。
また壊す。
何を作っているのか。
何をしたいのか。
周囲には分からなかった。
本人ですら説明できないように見えた。
ただ一つだけ確かなことがある。
トワはずっと音を聞いていた。
ガン。
金属を叩く。
首を傾げる。
違う。
位置を変える。
ガン。
ガン。
耳を近づける。
少し離す。
また叩く。
何度も。
何度も。
飽きることなく繰り返す。
木を鳴らす。
石を打ち合わせる。
金属を擦る。
耳障りな音が裏庭に響く。
だが本人はまるで気にしない。
日が高くなっても。
昼を過ぎても。
空が赤く染まり始めても。
手を止めない。
まるで何かを探しているようだった。
だが何を探しているのかは、本人にも分からない。
⸻
「トワー!」
家の方から声が飛ぶ。
母親だった。
「ご飯よー!」
返事はない。
聞こえていないのか。
聞こえていても止まれないのか。
再び声が飛ぶ。
「トワ!」
「聞いてるの!?」
それでも返事はない。
ガン。
ガン。
ガン。
音だけが続く。
ついに痺れを切らした母親が裏庭へ向かった。
案の定だった。
トワは地面に座り込んでいる。
目の前には壊れた鍋。
木片で表面を叩き続けていた。
「トワ!」
肩を掴む。
その瞬間だった。
トワが泣いた。
普通の泣き方ではない。
怒る。
暴れる。
叫ぶ。
涙を流しながら必死に訴える。
「あと少しだったのに!!」
母親は固まった。
何の話か分からない。
だがトワは必死だった。
「今変わりそうだったのに!」
「音!」
「あと少しだったのに!!」
意味が分からない。
村の誰にも。
親にも。
もちろん本人以外には。
悪い子ではない。
嘘もつかない。
意地悪もしない。
困っている人がいれば真っ先に助ける。
だけど時々、本当に分からなくなる。
この子は何を見ているのだろう。
何を聞いているのだろう。
何を追いかけているのだろう。
そんな不安があった。
もし森の奥へ一人で置いていったら。
この子はきっと――
飢えるまで。
倒れるまで。
何かを作り続ける。
そんな気がした。
⸻
ある日の昼だった。
母親が洗濯物を干していると、不思議な音が聞こえた。
コン。
思わず手が止まる。
いつもの騒がしい音ではない。
少しだけ綺麗だった。
また始まったのだろう。
半ば呆れながら裏庭を覗く。
そこにはトワがいた。
木箱を抱えている。
膝の上には木の板。
小刀で少し削る。
指で軽く叩く。
耳を近づける。
また削る。
その繰り返しだった。
横には糸。
釘。
木片。
壊れた鍋の一部。
用途不明の金属片。
相変わらず何をしているのか分からない。
「……何作ってるの?」
声を掛ける。
トワは顔を上げなかった。
しばらく考える。
本当に考えていた。
作りたいものの名前を探しているようだった。
だが見つからない。
だから正直に答えた。
「分かんない」
母親は思わずため息を吐く。
「分からないのに作ってるの?」
「うん」
当たり前のように頷く。
そして木箱を軽く叩いた。
コン。
小さな音が鳴る。
トワは眉をひそめた。
「違う」
「何が?」
「音」
また叩く。
コン。
少し考える。
首を傾げる。
「もっとある気がする」
「もっと?」
「うん」
トワは木箱の中を覗き込んだ。
「逃げるんだよ」
母親は意味が分からなかった。
「何が?」
「音」
真面目な顔だった。
冗談ではない。
本気で言っている。
「もっと残るはずなんだ」
「もっと前に出る」
「もっと響く」
そう言って再び削り始めた。
母親は腕を組む。
やっぱり分からない。
何を言っているのか。
何を探しているのか。
だが。
さっきの音だけは。
少しだけ違った気がした。
いつもより。
ほんの少しだけ。
綺麗だった。
だから何も言えなくなった。
⸻
村の子供たちは時々トワをからかった。
変人。
ガラクタ好き。
木屑まみれ。
変な奴。
そう呼ばれてもトワは気にしない。
というより聞いていなかった。
音を聞いていたからだ。
だから喧嘩にもならない。
怒りもしない。
村の大人たちも首を傾げていた。
「あの子、また変なことしてるな」
「何考えてるか分からん」
「気味が悪いくらい集中するよな」
だけど本気で嫌う者はいなかった。
悪意がないと知っていたからだ。
ただ理解できなかった。
何を見ているのか。
何を聞いているのか。
何を作ろうとしているのか。
誰にも分からなかった。
⸻
夜。
家々の灯りが消える。
村が静かになる。
それでも裏庭から音が聞こえていた。
コン。
カン。
キィ……
不思議な音だった。
トワはまだ起きている。
木箱を叩く。
耳を澄ます。
少し削る。
また叩く。
手には小さな傷がいくつもできていた。
だが気付いていない。
空腹も忘れていた。
眠気も忘れていた。
ただ音だけを追いかけていた。
誰にも分からない何かを探して。
ふと。
一瞬だけ。
知らない景色が頭をよぎった。
とても大きな空間。
見上げるほど高い天井。
遠くまで続く無数の席。
どこまでも広がる音。
誰かが何かを確かめている。
けれど意味は分からない。
次の瞬間には消えていた。
夢だったのか。
想像だったのか。
それすら分からない。
トワは首を傾げる。
そしてまた木箱を叩いた。
ぽつりと呟く。
「……もうちょっと」
小さな音が鳴る。
トワは目を細めた。
「もうちょっと響くはずなんだよな」
理由は分からない。
どうしてそう思うのかも分からない。
だけど確信だけはあった。
音は、まだ遠くまで行ける。
もっと先まで届く。
そんな気がしていた。
夜の闇だけが静かにそれを聞いていた。




