音を残すということ
事情聴取室の空気は妙に重かった。
石造りの部屋。
長机。
硬い椅子。
窓は小さく、外の景色もほとんど見えない。
どこか息苦しさを覚える空間だった。
そんな部屋の中心で――トワだけが、まるで別のことを考えていた。
「……今の」
ぽつりと呟く。
「反響すごいな」
窓の外から微かに音が聞こえた。
遠い。
だが分かる。
石壁に反射している。
高い天井がある。
残響が綺麗に伸びていた。
音だけで、空間の形が見える気がした。
「聞いていますか?」
淡々とした声が飛ぶ。
王都魔法技術局研究部門所属、リゼル。
机の上には書類が山積みになっている。
完全に仕事モードだった。
「聞いてるよ」
「聞いてない顔ですが」
「いや、音を――」
「事情聴取です」
即座に切られた。
隣でリュナが小さくため息を吐く。
「もうダメそう」
クロウも腕を組んだまま言った。
「諦めろ」
「音が絡むとこうなる」
トワは窓の外を見たまま呟く。
「宮廷かな……」
「楽器編成どうなってるんだろ」
「反響めっちゃ良さそう」
「録――」
途中で止まった。
クロウの視線を感じたからだ。
咳払い。
「……聴きたい」
「今さら誤魔化せてない」
リュナが即答した。
リゼルは静かに息を吐く。
そして机の上へ視線を落とした。
そこにはトワが持ち込んだ機材が並んでいる。
木箱。
集音器。
小型スピーカー。
王都の技術体系には存在しない物ばかりだった。
「……それで」
リゼルが眼鏡を押し上げる。
「本当に可能なのですか?」
「何が?」
「音を後で再現することです」
部屋が静かになった。
騎士団隊長も視線を向ける。
クロウは嫌そうな顔をした。
トワは普通に答える。
「できるよ」
即答だった。
「不可能です」
リゼルも即答した。
「音はその場で消えるものです」
「魔法による記録術式は存在します」
「しかし同じ音を再現するなど――」
「できるって」
あまりにも軽かった。
まるで難しいことを言っている自覚がない。
リゼルは黙り込む。
理論上あり得ない。
常識的に考えれば不可能だ。
だが目の前には、平原を吹き飛ばした少年がいる。
常識だけで測っていい相手ではなかった。
数秒考え込み、やがて顔を上げる。
「……ちょうどいいですね」
「確認しましょう」
「何を?」
「あなたの技術です」
トワが首を傾げる。
その時だった。
遠くから再び音が響いた。
弦。
管。
重なる旋律。
先ほどよりも近い。
トワの目が輝く。
「やっぱ宮廷!」
勢いよく立ち上がった。
クロウが額を押さえる。
「座れ」
リゼルは音の方向へ目を向けた。
そして静かに言う。
「宮廷楽団が演奏中です」
「そこで試してください」
数秒の沈黙。
次の瞬間。
トワの目がきらきらと輝いた。
「ほんとに!?」
クロウは深くため息を吐く。
「だから言うなと言ったんだ……」




