「王都へ」
王都編スタートです。
トワが、ついに王国最大の都市へ。
これまであまり語られなかったクロウの過去も少しずつ見えてきます。
王都。
その名は何度も聞いていた。
王国最大の都市。
政治の中心。
商業の中心。
そして文化の中心。
だが、実際に目にするのと話に聞くのとではまるで違った。
巨大な城壁が視界を埋めた時点で、トワはすでに圧倒されていた。
石造りの壁は森の大木よりも高く、どこまでも続いているように見える。
その門へ向かう道には、絶えず人の流れがあった。
荷を積んだ馬車。
旅人。
商人。
騎士。
冒険者。
様々な人間が行き交い、その全員が当たり前のように王都を目指している。
そして門をくぐった瞬間――。
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
街だった。
圧倒的な街だった。
石畳がどこまでも続く大通り。
何階建てなのか分からない建物。
並ぶ店。
露店。
看板。
人混み。
森の村とは比較にもならない。
地方都市ですら小さく感じる。
音も違う。
車輪の音。
客引きの声。
子供の笑い声。
遠くで鳴る鐘。
無数の音が重なり合いながら街全体を包んでいた。
まるで街そのものが呼吸しているようだった。
トワの目が輝く。
観光客というより研究者だった。
未知の環境を観察する目。
次々と視線が動く。
その時だった。
通りの端から弦楽器の音が聞こえた。
素朴な旋律。
派手ではない。
だが確かに人を引き寄せる音だった。
数人が足を止めて耳を傾けている。
その瞬間。
トワが完全停止した。
視線が演奏者へ固定される。
「行くぞ」
隊長の声が飛ぶ。
「ちょっとだけ!」
即答だった。
「事情聴取が先だ」
「えぇー……」
露骨に肩を落とす。
クロウが短く言った。
「後にしろ」
「絶対あとで寄る」
「知らん」
「王都だよ?」
トワは通りの奥を見た。
別の場所では笛の音が聞こえる。
さらに遠くでは太鼓の低音も響いていた。
市場の喧騒に埋もれながらも、それぞれ違う音色が存在している。
「絶対いろんな音楽あるじゃん!」
目が輝く。
完全に興味が別方向へ飛んでいた。
「演奏!」
「市場!」
「知らない楽器!」
そして、
「建物の反響!」
リュナが眉をひそめる。
「最後だけ意味分かんない」
「王都って絶対響き面白いよ」
「もっと分かんない」
クロウは小さく息を吐いた。
「……切り替えが早いな」
呆れ半分。
感心半分。
ついこの前まで大規模魔力暴走の当事者だったとは思えない。
本人はすでに観光気分だった。
やがて一行は王都騎士団施設へ到着した。
石造りの建物。
余計な装飾はない。
直線だけで構成された無骨な外観。
だが、それが逆に威圧感を生んでいた。
ここは歓迎されるために来る場所ではない。
そんな空気がある。
トワは建物を見上げた。
「うわー……」
「こういう場所苦手」
クロウが横目で見る。
「珍しいな」
「怒られるの面倒だし」
「自覚はあるんだな」
「一応」
「一応か」
隊長が前を歩きながら言った。
「安心しろ。聞くことを聞くだけだ」
「その言い方が全然安心できない」
通された部屋は簡素だった。
長机。
椅子。
小さな窓。
必要最低限の設備しかない。
余白のない空間だった。
トワは椅子へ座るなり言った。
「帰りたい」
「まだ始まっていない」
隊長が即答する。
「もう疲れた」
「王都着いて十分も経ってないわよ」
リュナが呆れる。
クロウは壁際に立ったまま腕を組んでいた。
その表情は妙に硬い。
トワが首を傾げる。
「師匠?」
クロウは小さく呟いた。
「……嫌な予感がする」
根拠はない。
だが妙に現実になりそうな声だった。
数分後。
扉が開いた。
入ってきたのは細身の女性だった。
白と紺を基調としたコート。
胸元には王都技術局の紋章。
整理された資料束。
無駄のない歩き方。
一目で分かる。
研究者だ。
そして彼女は部屋へ入った瞬間、動きを止めた。
視線が一点に固定される。
クロウだった。
「……もしかして」
女性が目を見開く。
「クロウ様ですか?」
空気が止まった。
クロウは即座に目を逸らす。
「人違いだ」
即答だった。
一切の間もない。
トワが小声で言う。
「今の絶対知り合いじゃん」
「うん」
リュナも頷いた。
女性は小さく息を吐いた。
「やはり」
そして一歩近付く。
「私です。リゼルです」
「お久しぶりです」
クロウの顔が露骨に曇る。
「……忘れた」
「ひどいですね」
リゼルは肩を落とした。
「私は毎回後始末をさせられていたのに」
「覚えてない」
「絶対覚えてますよね?」
トワが目を丸くする。
「え、師匠働いてたの?」
クロウの眉が動いた。
「知らん」
「だよねー」
「なんでだ」
リゼルは苦笑しながら答えた。
「クロウ様は王都魔法技術局の主任研究官でした」
一瞬。
空気が止まる。
トワが固まった。
「えっ」
「主任?」
「師匠が?」
「そんな偉かったの!?」
「……昔の話だ」
短く切り捨てる。
だが、その声音には明らかな拒絶があった。
触れられたくない過去。
それが誰の目にも分かった。
リゼルは資料を開いた。
本来の仕事へ戻ろうとする。
「では」
ページをめくる。
「君が平原消失事件の当事者ですね」
トワは即答した。
「禿げただけ!」
「少し魔力暴走して、少し地面が消えて、少し草がなくなっただけ!」
「少しではない」
隊長が切り捨てる。
クロウは深く息を吐いた。
「だから言っただろう。出力確認を先にしろと」
「師匠フォロー!」
トワはリュナへ振る。
リュナは少し考えた。
そして目を逸らした。
「……私は知らない」
「えっ」
「見てないし」
正論だった。
さらに付け足す。
「湖でも爆音出してたし」
「裏切った!?」
「事実だ」
クロウが即答する。
隊長は額を押さえた。
やはり危険人物。
その評価は揺るがなかった。
その時だった。
リゼルの視線が机の上で止まる。
木箱。
小型スピーカー。
録音装置。
集音器具。
眼鏡の奥の目が変わった。
研究者の目だった。
「……それは何です?」
トワは木箱を軽く叩く。
「これ?」
少し考える。
「音をいい感じにするやつ」
沈黙。
リゼルが眼鏡を押し上げた。
「説明が雑ですね」
「ずっとそう思ってる」
リュナが即答する。
トワは考え直した。
「音を大きくしたり」
「遠くへ届けたり」
「あと後で聴けたり」
リゼルの動きが止まる。
「……後で?」
声色が変わった。
トワは首を傾げる。
「うん」
「演奏って一回で終わるのもったいないじゃん」
当然のように言う。
だが。
リゼルは固まっていた。
音を記録する。
その発想自体が存在しない。
音楽とはその場で消えるものだ。
だから価値がある。
だから二度と戻らない。
それが常識だった。
「……そんな魔導具は存在しません」
「だから作った」
即答だった。
リゼルは黙る。
数秒。
そして静かに言った。
「見せてください」
「やめろ」
クロウが即答する。
「早い!」
トワが叫ぶ。
「なんで!?」
「嫌な予感しかしない」
「分かる」
リュナも頷いた。
その時。
廊下の向こうから音が聞こえた。
弦楽器。
広い空間で反射する残響。
トワの耳がぴくりと動く。
集中。
完全に集中。
「……今の」
視線が窓へ向く。
「ホール?」
ぶつぶつと分析を始める。
「いや違う」
「天井高いけど壁近いな」
「残響短い」
「練習室?」
「聞いていますか?」
リゼルが呆れる。
トワは立ち上がった。
「演奏してる!」
「座れ」
クロウ即答。
「気になる!」
「犬か!」
リュナが叫ぶ。
リゼルは眼鏡を押し上げた。
「……変人ですね」
クロウは短く答える。
「否定できん」
トワの意識はもう別方向へ飛んでいた。
王都の音。
王都の楽器。
王都の響き。
録音したい。
調べたい。
聴いてみたい。
そして事情聴取は完全に止まっていた。
読んでいただきありがとうございます。
今回は王都到着回でした。
普通の主人公なら王都の街並みとかに目を輝かせそうですが、トワは演奏と反響と楽器にしか興味がありません。
そして何気なく登場したリゼルですが、クロウの過去を知る人物でもあります。
「主任研究官だったクロウ」
「音を記録するという発想」
「王都の音楽環境」
このあたりが今後少しずつ繋がっていきます。
次回、物語が大きく動き始めます。トワが大人しく事情聴取を受けられるのか、それとも別の方向へ暴走するのか。
引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。




