★その後①
「それでアレの様子はどうだ」
「はい、謹慎中の部屋で未だに訳の分からないことを叫んでおります」
「そうか、そう簡単には変わらぬか……」
「はい、残念ながら」
ジークハルトが起こした夜会の断罪事件から三日後。
この国の王ルオデルトは憂い顔を浮かべていた。
公爵令嬢であるシャーロット・ソラリスに対し、きちんとした取り調べも調査も何も行わないままに、断罪という問題を起こした子息たちは、今王城にて謹慎の上、騎士団から尋問を受けている。
それは当然、第一王子であるジークハルトも同じ。
そして子息たちをそそのかしたとされるマリーこと、マリアンヌ・アレース男爵令嬢も同じだった。
特にヒロインだの、悪役令嬢だの、転生者など、信じられない言葉を吐き続けたマリーは、誰よりも危険視されていて、ジークハルトたちとは完全に部屋を離し、離宮の、それまた奥の方にある小部屋に隔離した状態で閉じ込められている。
男性子息ばかりを誘惑したマリーには、尋問官も、付けた見張りの騎士も女性のみ。
そしてマリーの精神異常を調べてもらった医師も女性であり、また本日悪魔付きを危惧し呼んだ神官も女性だったのだが、その結果をバッカス宰相が今ルオデルトに報告をしていた。
「それで神官はなんと?」
「はい、悪魔付きではないとハッキリおっしゃられ、どちらかと言えば聖女のような力を持つ者ではないか……と言っております」
「聖女? アレが聖女だと?」
「はい、信じられないことですが、そのように仰っておられました」
「……」
夜会会場で喚くマリーの姿を思い出し、ルオデルトはその端正な顔を歪ませる。
聖なる清らかな乙女、聖女。
あれほどその名にふさわしくない少女は他にはいないだろう。
これだけの愚かな罪を犯した子息たちの処遇を「出来るだけ軽いものに」と言ってくれたシャーロットの方がよっぽど聖女らしい。
意味が分からないと苦々しい顔となったルオデルトに宰相がまた声をかけた。
「陛下、正確にはアレは聖女ではありません。聖女になれたかもしれない少女、つまりなりそこないでございます」
「なりそこない……」
「はい、聖女になれる力を持ちながら、人々を思いやる心を持たず、自分の欲望のままに進んだアレは、到底聖女とは呼べない代物、人を惑わす力を持つ以上、悪魔の女と言えるかもしれません」
「そうか、人を惑わす力か……」
「はい。聖女として修行を積んでもいない力ですので、少しばかり他人の心の奥底の感情を呼び出す程度だそうで、あまり役には立ちませんが」
「そうだな、確かに自分の心をきちんと律することが出来れば、何の影響もないと医者も言っていたな……」
「はい、その通りでございます」
高位の令息をこれだけ自分に夢中にさせることが出来たマリーには、何かしらの力があるだろうと調べた結果、ごく弱い催眠作用のような物しか持っていなかった。
それも己の弱い心を制御できなければならない王子や、その側近が彼女の能力に動かされてしまったのだから情けない。
甘やかされ何でも自分都合に解釈してしまうジークハルト。
侯爵家出身で己が秀才であると自負するパトリック。
宰相の息子だとプライドばかりが高いアルフレッド。
騎士団長の息子であり力自慢で自身が誰よりも強い男だと思い込んでいたアンドリュー。
養子でありながら公爵家の子息になって自分が偉くなったと勘違いしたジェイド。
他にも高位の貴族子息がいながらも、この五人がマリーの誘惑に負けてしまった理由が手に取るほど良く分かる。
例えばこれが第二王子のラインハルトだったり、侯爵家の次男メルソンであったならば、同じような事件は起きず、彼女の危険性ももっと早く国へと報告できていただろう。
「それで、アレース男爵は?」
「はい、検査の結果アレース男爵とあの者に血縁関係はございませんでした。それと男爵は年齢的に記憶が曖昧で、日によっては自分が誰かも分からない状態のようです」
「そうか」
「それとジークハルト様に近付いてきた男がアレース男爵の親戚だったようで、あの者の受け入れ先にどうだと声を掛けてきたようです」
「ふむ、ジークハルトはその者とはどこで?」
「はい、その者は足繫く孤児院への慰問に通うジークハルト様たちを見て、この計画を思いつき声をかけたようです」
「そうか、その者の狙いは何だったのだ?」
「はい、金銭でした。ジークハルト様のことも普通の貴族の子息だと思っていたようで、王子だとは気づいていなかったようです」
「そうか、恋心を良いように使われたのだな」
「はい、王子を見張る者たちも、流石に孤児院の中にまでは入らなかったそうで、それも問題かと……」
「そうか……」
変装し慰問に行っている王子の傍に屈強な騎士や諜報員がうろつけば、折角の慰問も意味のないものになってしまう。
ジークハルトに孤児院の中まで付いていった大人は王城でのジークハルト付きの側近のみ。
それもたったの二人だけ、室内では孤児院の子供たちと自由に遊ばせていたのだから、彼らの目を欺くなど簡単だっただろう。
特にマリーは誰とでも親し気な距離で話す子供だった。
それにジークハルトやその側近の子供たちが結託していたのだ、マリーとの親密さや、アレース男爵の身内の行動に気づかなかったのも仕方がない、とは言えない。
王家に勤める以上、彼らが無実では済まされない。
危険人物を近づけた時点で、王子を護り導く者としてあり得ない失態であることは確かだった。
「それで、アレは使えそうか? 厄災にしかならないようならば、もう処分するしかないが」
「はい、良い工作員になるかは怪しいところでしょう……優秀で見目もいい男性にしか興味がなく、何より自己主張が強すぎます。教育するにもかなりの労力が必要かと存じますが……」
「そうか、まあ、役に立たないとハッキリわかればそれはそれで良い、訓練中の不慮の事故と報告も出来るからな、愚息のことで迷惑を掛けたシャーロットの穏便にという想いを無下には出来んだろう」
「はい、そうでございますね」
シャーロットやエリックにも事情聴取のため王城へと来てもらった。
夜会の翌日ではあったが、シャーロットもエリックも時系列で彼らの行いを話し、これまでの行動を詳しく説明もしてくれた。
その上二人とも「学園で起こったことですので穏便に」と言ってくれたのだ。
王位に就く者としてはたとえ息子であっても厳しく処分をしなければならないところだが、親心としてはやはり「命だけは」と思ってしまう気持ちはある。
それを配慮してくれているシャーロットにはやはり頭が下がる思いだった。
「シャーロットを手放すしかなかったことが悔やまれるな」
「はい、本当に残念です。シャーロット様であれば凡人であるジークハルト様を良き王に導いてくださったでしょうし、素晴らしい王妃になったと思われます」
「そうだろうなぁ……ソラリス公爵に聞いたが、ジェミナイ男爵子息はすぐにシャーロットへ婚姻を申し込んだそうだ、見る目がある」
「はい、確かに見る目のある青年ですね、それに男爵位の子息ながら学園でも優秀と聞いております。ジェイドを切り捨てたソラリス公爵ですが、かえって良かったとしか言いようがありませんな。シャーロット様とジェミナイでしたらきっとソラリス公爵家は今後も安泰でしょう。ジャックソン様が羨ましい限りです」
「ハハハッ、本当にその通りだ。我々も今回の件で一生ジャックソン叔父上には頭が上がらないだろうしなぁ」
「はい、その通りでございます」
シャーロットがどこまで見通しこの計画を練っていたのかは分からないが、王城側は完敗。
彼女を手に入れるどころか、痛いしっぺ返しを食らうことになった。
ソラリス公爵家の一人娘、シャーロット。
地位の高さと優秀さとその美貌を見て、是非王家に嫁入りして欲しいと望んだのだが、ジークハルトの愚かさのせいでそれは叶わないものとなった。
王命による婚約の為、ジークハルトの浮気ぐらいでは覆すことのできなかった二人の婚約。
けれど彼女は自ら動くことは殆どなく、周りの行動を把握し、うまく使うことで婚約を白紙に戻した。
その上願ったことが自身の自由結婚のみ。
もう王家の親戚や第二王子との結婚を王命で願うことは出来ない。
高根の花とはよく言ったものだが、彼女がまさにそれ。
もう誰もシャーロットを手にすることは出来ないだろう。
彼女が望む相手でない限り……
「エリック・ジェミナイか……子犬のような少年のような青年だったが……シャーロットが選んだ相手だ、優秀なものなのだろうな」
「そうですね、ジャックソン様に聞いたところ、シャーロット様が笑っていたと」
「は? それだけか?」
「はい、声を出して笑っていたと……ジークハルト様がお相手の時ではありえなかったことだそうです」
「そうか……ジークハルトでは競う相手にもならなかったのか……」
「はい、残念ながら」
その後、マリアンヌ・アレースはアレース男爵との血縁関係が無かったと証明され、貴族籍を抜かれ平民の学園へ移ったと言われている。
当然貴族の子息や令嬢と顔を合わせることも無く、彼女が転校後どうなったのかは誰も知らない。
ただソラリス公爵家への報告だけはあったようで、シャーロットとエリックがその報告を読み悲し気な顔をしていたと、王城の騎士によって国王に報告されたそうだった。
★★★
「私はヒロインなのに! なんでこんな目に合わなくちゃいけないのよ! 絶対アイツのせいよ! アイツも転生者でなんかしたに決まってるっ!」
アレース男爵との血縁関係が無かったマリーは、離宮にある貴族用の牢から出され、平民用の牢へと移されていた。
冷たく重苦しい空気が漂う牢の中、爪を噛み自身の不遇をシャーロットのせいにして独り言を呟き続けるマリーは気味悪く、とてもヒロインとは呼べない状態。
自慢だった桃色の髪は艶を失い全体が痛みぼさぼさで、新緑のような美しい瞳には暗い影が差しキラキラと輝いていた明るさを失っている。
美少女だとそう言われていた容姿も酷い状態で、もし知り合いに彼女がマリーだと言っても誰も分からないだろう。
「ジークハルト、何やってんのよ! ヒーローでしょう、早く助けに来なさいよ!」
小声でジークハルトの名を呟く。
恋人に向ける甘い声ではなく、まるで召使いか奴隷の名を呼ぶかのように軽視するものが色濃く出ている。
「アイツが邪魔しなければ……」
シャーロットの名をそのまま呟いた際、不敬だと言って兵士に棒で叩かれた。
だからだろう痛みに免疫のないマリーは、これまで付き合いのあったものたちの名を呼ぶ際、誰にも聞こえないように小さく呟く。
ただシャーロットだけは別だ。
どうしても憎しみの感情が乗ってしまうため、今はアイツ呼びにしているのだ。
「ほんっと使えない、馬鹿な男たちばーっかり、これならエリックの方がよっぽど役に立ったわよ、私の言うことなんでも聞いたしっ!」
エリックはどんなことをしてもマリーの願い叶えてくれる良い駒だった。
けれど男爵家の息子で地位は低い。
商会の息子で、一般の平民よりはお金持ちかもしれないが、王子さまや公爵家の男の子たちと比べればやはり落ちる。
それに見た目も可愛い系男子でマリーの好みではまったくなかった。
見た目だけならジークハルトが一番。
だからジークハルトを選んだのに……
まさかこんな目に合うなんて!
「ああそうか、学園でもエリックを上手く使えば、こんなことにならなかったのかも……」
今更ながら早々にエリックに別れを告げたのは失敗だったと思う。
エリックとは恋人未満友達以上の仲を続け、上手く付き合うべきだった。
そんな後悔をして仕方がない。
今回は失敗、悪役令嬢に負けてしまったのだ。
「アイツ、あたしのエリックを横取りした……? もしかしたらエリックに目ぇつけてた? そうなると、この物語のかなめはエリックだったのかも? エリック、隠れキャラとかだったのかなぁ……?」
貴族になるための踏み台だとそう思っていたエリックだったけれど、もしかしたら彼を大事にするか、それとも捨てるかが大事な分岐点だったのかもしれない。
「次はエリックを大事にだね、覚えておかなきゃ」
今もなお、この世界がゲームの中だと信じているマリーはずっとこんな調子だ。
自分がヒロインであると信じて疑わないし、この後もきっとやり直せる、リセット出来る、そうも信じていた。
「……お前がマリーか?」
「……誰?」
見知らぬ男がマリーの牢屋に顔を出した。
糸目で怪しそうな、決して攻略対象ではないと分かる男。
年齢的に三十代。
隠れキャラだとしても年が離れている。
いや、年上キャラとか言って学園の先生と恋に落ちる話もあるんだった。
(そうなるとコイツも攻略対象者って可能性はあるのか……)
マリーは素っ気ない態度を改める。
もしかしたら……
そんな小さな可能性に掛けた。
「あのぉ、私がマリーですけど、貴方は誰ですかぁ?」
手でサッと髪を直し、上目遣いにウルウルとした瞳でその男を見つめる。
大抵の男の子はマリーの潤んだ瞳に弱い。
だけど目の前の男は全く表情を変えずマリーを見つめている。
値踏みするようなその視線が何だか恐ろしく、マリーは笑顔で耐えながらも少しだけ恐怖を感じた。
「ここから出たいか、マリー」
「うん! 出たい! あ、いいえ、あの、出たいです、ここから出してくれるんですかぁ?」
「……条件があるが、それを呑むならここから出してやろう……ただし厳しい生活になるが、それに耐える自信はあるか?」
「勿論です!」
厳しい生活など孤児院で慣れている。
それにここから出てしまえば、きっとヒロインのマリーには新しい出会いがあるはずだ。
物語の第二章の始まり。
それは他国かもしれないし、異世界に飛ばされるお話かもしれない。
そんな期待を持ったマリーは、その男の手を取った。
「よろしくお願いしますねっ、えへ」
それがどんな結果になるかも知らずに……
マリーという名の少女はこの日、この国から消えることになったのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただき有難うございます。
今日はマリー、明日はジークハルトとジェイド、明後日はその他の令息たちのその後のお話です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
今日は休日ですが仕事です……涙
では、行ってまいります。




