エリックの決断
学園の卒業記念である【別れの会】の夜会から、自宅へ戻ったエリックの行動は早かった。
エリックの帰りを寝間着姿で待っていた両親と応接室へ向かい、まずは今夜の出来事を出来るだけ詳しく伝えた。
「そうか国王陛下が【別れの会】に顔を出されたのか……」
「きっと殿下の愚行を学園内の出来事として止めようと思われたのでしょうね……親心ですわ」
両親の顔に悲しげなものが浮かぶ。
国王という地位に就く以上、ジークハルトに対し陛下は厳しい決断をするしかない。
これがもし問題を起こした人間がエリックだったとしたら、マリーとは普通に結婚出来ただろうし、これほど大きな問題にもならなかったはずだ。
普通の親子関係ではないからこそ、王子であるジークハルトに対しても厳しくならなければいけない訳で……
せめて子供時代の蛮行として処理し、命を取るまでのことはしたくはないと陛下は思ったのだろう。
親として陛下の気持ちは痛いほど分かると、両親は憂い顔だ。
それもジークハルトは第一子、また容姿も良く活発で期待も大きかっただろう。
馬鹿な子ほど可愛いというが、その分反動も大きく、両陛下の心の傷は深いだろうと悲しんでいる。
「それで父さん、僕をジェミナイ商会の跡取りから外して欲しいんだ、シャーロット様に婚姻を申込みたいんです」
「……」
これはシャーロットが自由結婚を陛下に打診した時点で決意したことだった。
男爵令息には望みはないと、あきらめていた恋だけれど、チャンスが少しでもあるのならば挑戦したい。
それにシャーロットに婚姻を申し込むのならば、逃げ道を作りたくは無かった。
ダメだったらジェミナイ商会の跡を継げばいいだなんて、そんな甘い考えでシャーロットへの婚姻を申し込むようなずるい真似が出来るはずがない。
シャーロットはソラリス公爵家を継ぐ身。
もしエリックがシャーロットの希望に添えない婚姻相手ならば、きっぱりと身を引くつもりだ。
でも出来ればその後も商人としての付き合いだけは残してもらい、ソラリス公爵領に支店を出させてもらって、シャーロットの役立つ立場でいられたらとは思っている。
「はー……お前はいつもいつも……なんでこう恋愛になると前しか見えなくなるんだ……」
「本当に、きっと貴方に似たのでしょうね。結婚してくれるならば平民になってもいいと叫んで告白してきた若いころの貴方にそっくりで、昔を見ているようだわ」
「マリア……」
どうやらエリックは父親に似ているらしい。
両親のなれそめなんて聞いたことは無かったけれど、父の耳が真っ赤になっているところを見ると嘘ではないらしい。
真面目な話をしているのに可笑しくて顔が緩みそうで、エリックは内頬を噛んでどうにか耐える。
夜会でアンドリューに殴られたため、思った以上に効果があって少しだけ血の味がした。
「エリック、分かった、好きにしろ、跡取りはフェイかピートにする」
「父さん、有難うございます!」
「エリック、シャーロット様がもしお前を受け入れてくれたとしても、公爵様はどうお考えになるかは分からないんだからな、陛下とは口を挟まないと約束されたらしいが、邪魔はしないとは言っていないんだ、お前がお眼鏡にかなわなければ消されると思え、良いな」
「はい、心します!」
父の言葉は当然のこと。
公爵がエリックを公爵家の一員になってもいいと認めなければ、あのシャーロットのことだ、きっとエリックを選ばないだろう。
優しく真面目で家族や友人を大切にするシャーロットを知っているだけに、それは当然だと思えた。
「エリック、恋愛と結婚は違います。二人だけが良ければいいとはいきません、世界中の皆に祝福されなさいとは言いませんが、せめてシャーロット様のご家族に認められる男性には成長しなさいね」
「はい、母さん、頑張ります」
両親からの許可をもらったエリックは、訪問しても大丈夫な時間一番にソラリス公爵家に向かう。
婚約を解消したばかりだとか、夜会で疲れているのではないかとか、そんなことは吹き飛んでいた。
シャーロットに早く結婚の申し込みをしたい!
頭の中はそれで一杯だった。
「おはようございます、エリック・ジェミナイです」
先触れを送っていないことを詫び、エリックは使用人に『釣書』を差し出す。
普段は優雅な使用人が口をパカリと開けたまま固まっているが気にしない。
誰よりも先に『結婚したい!』というアピールを正々堂々としたかった。
「こちらをシャーロット様かソラリス公爵閣下にお渡し下さい。シャーロット様がご自身で結婚相手を選べると聞いて、いの一番に申し込みに参りました!」
受け取ってくれた使用人に頭を下げ、満足したので帰ろうかとしたところで「お待ちください!」と止められた。
どうやらソラリス公爵がエリックに直接会ってくれるらしく、重厚感のある立派な応接室に案内された。
「ジェミナイ君……来るだろうとは思っていたが、予想よりだい~ぶ早かったね……」
「ソラリス公爵閣下、おはようございます、昨日は有難うございました」
苦笑いを浮かべる公爵にエリックは頭を下げる。
これから王城へ行くのか公爵は正装をしている。
もしかしたら昨日の件で話し合いがあるのかもしれないけれど、エリックは誰よりも先にシャーロットに結婚の申込をしたかったので、遠慮はどこかへ吹き飛ばした。
「あら、まあ、ジェミナイ殿、ごきげんよう、シャーロットへ釣書を持ってきたのですって?」
「公爵夫人、おはようございます。はい、シャーロット様に結婚の申し込みに参りました!」
「まあ!」
「……」
くすくすと笑いながら楽し気な様子でオリビアが部屋にやって来た。
手には使用人から預かったエリックの釣書を持っている。
そんな様子を見ながら公爵はため息をつき、肩を落とした。
(よかった、破かれていなかった! とりあえず及第点かな……)
内心ホッとしているエリックの前、「ゴホンッ」とわざとらしい咳ばらいを公爵がする。
「んんんっ、ジェミナイ、昨日の今日で随分行動が早いが、君、仕事と結婚は違うんだぞ、そんなに焦って結婚の申し込みをして大丈夫か?」
「まあ、あなた、そんなことを言わないで下さい、これはエリック殿がシャーロットへの本気を示そうとした行動ですわ。可愛いではないですか」
「ああ、うん、まあ、そう言えなくはないが、だがなぁ……」
「なんですの?」
「……」
公爵はオリビアには弱いのか、笑顔で注意を受け目が泳いでいる。
きっと娘への婚姻の申込を少しでも阻止しようとしているのだろうが、オリビアの手前それは出来ないようだ。
(うん、夫人を味方にするべきだな……)
エリックは笑顔を武器に、夫人をまずは味方に付けることにした。
「公爵夫人、昨夜の件は既にお聞きだと思いますが、ジークハルト様に詰め寄られてもシャーロット様は凛としていて、カッコ良くて、とても素敵だったんです」
「まあ! そうなの?」
「いや、君ね、令嬢にカッコいいだなんて言葉はーー」
「貴方は黙っていて頂戴」
「……」
「ジークハルト様に名を呼ばれた時も、僕が代わりに出ようとしたのですが、シャーロット様は大丈夫だと余裕のある顔で笑って下さって、頼もしくって」
「まあ、そうなの?」
「はい、凄く頼りがいがあって素敵で、ヒーローのようでした」
「あら、まあ、ウフフフ」
「……」
エリックの話にオリビアは耳を傾けてくれる。
シャーロットのカッコよさを本心で褒めれば褒めるほど、オリビアの機嫌は良くなっていき、公爵の顔は渋いものに変わる。
きっとオリビアがエリックを気に入ってくれれば、エリックがシャーロットに婚姻を申し込むことを許してもらえるだろう。
門残払いをされないように、エリックは出来る限り事細かに昨日の出来事を話した。
「エリック!」
「シャーロット様!」
ソラリス公爵夫妻との会話を楽しんでいると、簡易なワンピース姿のシャーロットが現れた。
昨日のドレス姿はとても美しかったけれど、今日のシャーロットは幼く見えてとても可愛らしい。
家族にしか見せない姿をエリックにも見せてくれているようで、嬉しさもあふれてしまう。
シャーロットは部屋に入ってくると、エリックを見つめそっと頬に触れた。
「エリック、昨日の怪我は……殴られたところは大丈夫なの?」
ちょっと色々なことを勝手に想像していたエリックは苦笑いだ。
キスされるかなーなんて、この場でそんなことはあり得ないのに、昨夜の余韻でそんなことを考えてしまった。
「はい、全然大丈夫です。昨日家に帰ってからちゃんと冷やしましたし、これは名誉の傷ですから、どうってことありませんよ」
「もう、またそんなことを言って」
ダメな子ね、とそう言っているようなシャーロットの視線はどこまでも甘い。
その視線を受け、シャーロットも少なからずエリックのことを大事だと思ってくれていることが分かり、エリックは殴られて良かったと嬉しさしかない。
「ゴホンッ! んんんっ!」
「あなた……」
ソラリス公爵の咳払いが聞こえ、シャーロットと距離を取る。
傷を心配してくれたシャーロットはずっとエリックの頬に触れたままだったし、大丈夫と答えたエリックはシャーロットの手の上に自分の手を重ね見つめ合っていた。
二人きりではなくご両親の前だというのにエリックにはシャーロットしか見えていなかった。
ある意味大失敗だ。恥ずかしい。
「すみません、近すぎました」
「いいえ、私から近づいたのだもの」
お互いに何となく恥ずかしくてテレあっていると、あなた邪魔してはダメよとオリビアが公爵を窘めている声が聞こえた。
視線をそちらへ向けてみれば公爵が厳しい目でエリックを見ていて内心焦る。
(ヤバい、僕やらかしたかも……)
婚約者でもない何でもない男が娘に触れる。
公爵が怒るのも当然だった。
「エリック、今日はどうしたの? 忘れ物……ではないわよね?」
昨夜、公爵家の馬車に乗させていただいたので、エリックが何か忘れ物でもして取りに来たのかとシャーロットは思ったようだ。
エリックは違いますとはっきり答え、シャーロットへ真面目顔を向ける。
「シャーロット様、僕は今日、シャーロット様に結婚の申込みに参りました」
「えっ……?」
驚くシャーロットが両親に視線を向ける。
その顔には「本当に?」という疑問が浮かんでおり、オリビアがエリックが渡した釣書を持ち上げ、本当よと頷きながら笑顔でシャーロットに見せた。
「エリック、貴方、昨日の今日でもう釣書を準備したの? 大変だったでしょう……」
「いいえ、全然。他の誰かが先にシャーロット様に結婚を申し込むだなんて我慢できなくて、徹夜して書き上げました。あ、でも肖像画はさすがに間に合わなかったので、今この場でこの顔を見て下さい!」
「まあ、もう、エリックったら、ウフフ」
シャーロットが嬉しそうに、だけどどこか照れくさそうに笑う。
頬が少し赤く染まっていて、それが嬉しい。
エリックのことを男だと意識してもらえている、そんな実感ができて嬉しかった。
「……あの、シャーロット様」
「なぁに? エリック」
エリックはシャーロットの前膝をつき、美しいその手をそっと取る。
公爵が何か言いたげだったが、オリビアに腿を叩かれ口を噤んだ。
これはご両親からオッケーが出たということだろう。
エリックは遠慮を脱ぎ捨てた。
「シャーロット・ソラリス様、好きです」
「エリック」
「僕は貴女の強さや美しさ、それに真面目で優しくて、誰にでも平等なところを尊敬しています」
「……有難う……」
「でも、時折見せる可愛さや、少し寂しそうなところとか、それに僕を見て楽しそうに笑ってくれるところとか、そんな貴女が大好きです!」
「エリック……」
「僕はまだ学生で、学園に通う期間は二年もあります。ですがその間に必ず貴女に相応しい男になれるよう全力で努力します」
「……ええ……」
「ですからどうか、僕の結婚の申込みを考慮していただけませんでしょうか」
「考慮?」
「はい、僕ではシャーロット様のお相手には相応しくないかもしれませんし、弟にしか見えないかもしれませんが、二年後には貴女の隣に立つ男として恥ずかしくないように成長しますので、どうか、候補者の中の一人に入れて下さい!」
「エリック……」
エリックはシャーロットよりも二つ年下。
それだけできっと頼りなく見えるだろう。
それにシャーロット自身、エリックのことを弟のように可愛がっている節があり、男として意識されているかは微妙といったところだ。
「二年後、僕は貴女にプロポーズいたします。その時今日のお返事を聞かせていただけないでしょうか?」
「エリック」
「それと、もし出来るのならば、今日からは友人ではなく、婚約の候補者の一人として僕を見ていただけると嬉しいです。そしてできればその候補者として貴女と時間を共有する栄誉を頂けたら嬉しく思います」
シャーロットの宝石のように赤く輝く瞳を見つめながら、エリックは結婚の申込みをする。
きっと候補者の中ではエリックが一番地位も低く、幼いだろうが、そんなことは関係ない。
結果的にフラれようが、世間に高望みの愚か者だと馬鹿にされようが、シャーロットへ想いを伝えないなど無意味だった。
「……分かりました、エリックの気持ち、受け取ります」
「シャーロット様!」
「エリックを私の婚約者の候補として、その成長を見届けたいと思います」
「有難うございます!」
シャーロットの言葉を聞いて、エリックは天にも昇る気持ちになった。
男爵子息である自分が公爵令嬢であるシャーロットの婚約者候補。
それだけでも十分に凄いことなのに、成長を見届けるとまで言ってもらえた。
つまりは二年間は誰とも結婚をしないということで、エリックのやる気は物凄いものとなった。
「僕、頑張りますね!」
気合いを入れるエリックの前、シャーロットは優しい笑顔で頷いた。
「……あれはお前の気持ちに気付いていないのではないか?」
エリックが去った公爵家のリビングで、ソラリス公爵であるジャックソンが呟く。
シャーロットがエリックを気に入り、国王へ願った『婚姻の自由』の理由も、シャーロット自身がエリックに想いがあるからというのは、父も母も、そしてソラリス公爵家の使用人たちも皆知っていること。
「フフフ、あんなにもシャーロットに夢中で可愛いじゃないですか、女は殿方に好かれるほど幸せな結婚が出来ると言いますもの、シャーロットはこのまま二年間、あの子の成長を楽しめばいいのですよ、ねぇ、シャーロット」
母オリビアの言葉にシャーロットは笑顔で頷く。
その顔には幸せそのものが映し出されていて、ジークハルトとの婚約中にはあり得なかった微笑みに、両親は当然、そして屋敷中の誰もが嬉しく、シャーロットの幸せそうな様子に安堵もしていた。
「ええ、お父様、お母様、私の婚約者候補はエリック一人で十分ですわ。エリックが卒業するまでの二年間、私はソラリス公爵家を継ぐ者として成長して見せます。彼のためにも……」
「まあ、頼もしいこと」
「……私はまだ認めていないからな」
「もう、あなたったら……」
笑顔が絶えないソラリス公爵家は、久しぶりに温かな空気に包まれる。
シャーロットが進む未来が幸せであることが、ソラリス夫妻の一番の願いだった。
ヒロインに踏み台にされ、失恋を経験した青年は、女神のような公爵令嬢と出会い、幸福の道へと進むこととなった。
彼女の想いが自分に向いているとはまったく気づいていない彼は、この先大きな成長を遂げ、公爵令嬢に相応しい男になっていく。
そして二年後。
約束通りシャーロットに結婚の申込みを行った彼は、最高の幸せを手に入れることになるのだが、この時はまだそんな幸せが待っていることに気づいてもいないエリックなのだった。
~おわり~
おはようございます、夢子です。
ここまで踏み台令息を読んでくださった読者の皆様、長い期間本当にありがとうございました。
始まったのは2025年、レイ君の物語と同じ時期でした。
あちらの方がブクマが多く、先に仕上げようと一旦こちらをお休みにし、年末や年始の忙しさから再開が遅くなり、そして体調を崩しまた休んだりと、沢山のご迷惑をおかけしましたが、どうにか無事最終話を迎えることが出来ました。
これも本当に!本当に!読んでくださる皆様の応援があったからです!
ブクマも、評価も、良いねも、誤字脱字報告も、感想も何もなければ、そのまま書くことを止め、中途半端な作品のまま世の中に残ったことでしょう。
読者の皆様には感謝せずにはいられない。この作品は特にその気持ちが強い物でした。
踏み台令息は、シンデレラストーリー的なものが書きたいなと思って始めたものでした。
ですが夢子は基本、恋愛ものを書くのが苦手。w
ストーリーを考える際、スタートとゴールは決めているのですが、途中で悩み苦しむというのがいつものこと。
どう主人公たちをイチャイチャさせるか、どう気持ちに気付かせるか、どうもじもじさせるか、本当にいっつも悩みます。
取り敢えず付き合っとけ!とか言いたいし、ハッキリ好きだって言っちゃえよ!とか作者なのに言いたい。そこを我慢し、うんうんと唸っている夢子ですが、結局書くのは恋愛ものになる。w悪循環ってこういうことを言うのでしょうか?
それにこの作品はご飯を食べるシーンがなさ過ぎて……涙
やる気が無くなることも大いにありました。
なので本当に皆様には感謝しかございません。
読者様にお会いできるのなら一人一人に「ありがとうございます」と言わせていただきたいぐらいです。
この後、いつも通り登場人物紹介を流し、その後閑話(ジークハルトたちの話)を三話ほど流す予定です。
ジークハルトやマリーたちが夜会の後どうなったのかの気になりますよね?w
アイツら糞だと思っている方も読んでいただけたら嬉しく思います。
その後、一本短編を書いてあるのでそれも投稿したいと思っています。
そして塔の上の連載再開と、食べ物が出る(←大事)新作を書き始められたらと思っています。
(今候補が二個あるのですが、たぶん転移ものになるかなと思っています)
秋ぐらいにはレイ君の続きも書きたいし、友人(←小説書いていると知っている貴重な友人w)がエルフ公爵様の続きが気になると言ってくれたので、出来ればそちらも書きたいです。
が
時間がどこまで許してくれるのか、そして私のやる気がどこまで持つのか……
たまにプツリとやる気が切れる夢子ですが、この先も見守っていただけると嬉しいです。
それでは皆様、踏み台令息をここまで読んで下さり有難うございました。
引き続き閑話をお楽しみください。
2026.4.25 夢子




