断罪はまさに劇
「罪人、シャーロット・ソラリス! 前へ出ろ!」
先ほどまでの楽し気な賑やかさとは違い、静まり返った会場内でジークハルトが叫ぶ。
学園の先生たちもジークハルトの行動に驚いてどうにか対応をと思っているようだが、誰も動けずにいる。
今日学園を卒業したジークハルトは学生ではなく、王子殿下の扱い。
この国の王子として公爵令嬢の罪を問うているというのならば、先生方も止めることは出来ない。
青い顔のまま見守る先生や、夜会に出席している多くの生徒たちの前、シャーロットは気品ある姿勢を崩さずソファーから立ち上がると「はい」と返事を返した。
「シャーロット様、行く必要はありません! 僕が代わりに行って説明してきますからここでーー」
「いいえ、エリック、大丈夫よ、殿下の話を聞くだけだから……」
「ですが!」
シャーロットを止めるため手を取ったエリックをシャーロットは抑え首を横に振る。
「本当に大丈夫なのよ、ね、私を信じて」
「……シャーロット様……」
勝ち気に笑ったその顔を見て(ああ、シャーロット様は大丈夫なんだ……)とエリックは何故か信じられた。
自分を顧みないジークハルトに対し、ずっと想うところがあったシャーロット。
エリックとの会話の中でもハッキリ「嫌い」だとそう言い切っていたし、婚約解消を望んでいるとそうも言っていた。
そんなシャーロットがジークハルトが起こす愚行に気付かないはずがない。
前もって情報も掴んでいただろうし、もしかしたらワザとこの場で起こる出来事を見逃していた可能性もある。
ならばエリックが出来ることは一つだけ。
シャーロットを信じることだ。
「分かりました……シャーロット様、貴女を信じます」
「ええ、エリック、有難う」
シャーロットはもしかしたら、自分の婚約解消を世間に広めたいのかもしれない。
これまでジークハルトの行動にどれほど我慢してきたのか、皆に教えたいのかもしれない。
他国の王族の血を引くシャーロットに対し間違いで罪を問えば、たとえ王子であるジークハルトであっても貴族社会で立ち直れないぐらいの打撃を受けることになるだろう。
それに同意したマリーや側近たちだって同じような立場となるはずだ。
(ああ、やっぱりシャーロット様はカッコいいな……)
含みある悪女のような笑みを浮かべ、シャーロットはジークハルトの元へ向け進んでいく。
パートナーであるエリックも当然その後ろについて行くが、細く華奢なはずのシャーロットのその背中が、今日はやけに逞しく見えた。
「殿下、お呼び戴きましたので、シャーロット・ソラリス、御前に参りました。何か御用でしょうか?」
「はっ、良く堂々と顔を出せたものだなぁ、流石悪女、シャーロットだ。どこまで行ってもお前の厚顔無恥なところは変わらないらしい……だが、私とマリーはお前と違って慈悲がある、今一度チャンスを与えよう……学園で起こした犯行をこの場で洗いざらい吐き出し、その罪を認めマリーに謝罪しろ! そうすればこの先も貴族であることは許してやる! まあ、罪を全て話せば、だがなぁ……」
「シャーロットさん! 悪いこと全部話して罪を認めて! ジーク様は優しいから頭を下げて謝ればきっと許してくれるよっ!」
「……」
ジークハルトがシャーロットを指さし、犯した罪を吐けと言う。
その横ではマリーがジークハルトの腕に絡みつき、得意の涙目を浮かべシャーロットを見つめている。
そして側近たちはそんなジークハルトとマリーを囲むように立ち、嫌悪を浮かべシャーロットを睨みつけていた。
筆頭侯爵家の子息パトリック・クロノス、宰相の息子アルフレッド・バッカス、騎士団長の息子アンドリュー・ヴェスタ、そしてソラリス公爵家の養子であり、シャーロットの弟ジェイド・ソラリス。
皆が皆シャーロットを悪だと信じ、自分達こそが善だと疑っていない。
どこからその自信が来るのかは分からないが、彼らには彼らなりの【真実】があるようだった。
「殿下……申し訳ございませんが、私の罪をと言われましても一体何のことか……」
頬に手を置き、首を傾げるシャーロット。
美しいその姿は会場中の視線を集め、周りからは「ほう……」と息を吐く声まで聞こえる。
彼らへ向けるシャーロットの瞳は、困った子供を見つめるような親視線の優しい物。困った子たちね、とそんな幻聴が聞こえるようだ。
まるでワザと煽っているかのようなその姿に、エリックは後ろで笑いそうになっていた。
(シャーロット様、絶対に馬鹿にしてるよね……その気持ち分かりすぎるけどっ!)
エリックがどうにか真面目顔を作っていると、ジークハルトがシャーロットを見て狡猾な笑みを浮かべた。
「ふん! シャーロット、やはりお前は罪を認めないか……そう言うだろうと思ってこちらは証拠を用意してある、パトリック!」
「はっ!」
パトリックがどこからか袋を取り出し、その中身をその場でぶちまける。
床に広がった『証拠』と言われる物は、どうやら学園の学用品らしい。
ボロボロに破かれたり、折られて壊されたり、インクで汚されたりと、酷い状態であることは分るけれど、近寄ってみなければ何かは分からない。
きっと証拠品と言われても、遠巻きに見ている生徒たちにはただのごみに見えているだろう。
「いいか、シャーロット、これはマリーの学用品だ! お前には見覚えがあるだろう!」
「……学用品? でございますか? 確かに学用品でしたら私も使っておりましたので見覚えはあるかとは思いますが……そちらにあるものは余りにも扱いが汚く、所有者を疑いたくなる状態ですわねぇ」
「酷い! シャーロットさん、私を馬鹿にしてっ!」
「シャーロット! 貴様がこの学用品をこのような状態にしたにもかかわらず、今もなおまたマリーを侮辱するのか! 恥を知れ!」
「……」
泣きそうなマリーを片手で抱きしめながら、ジークハルトが怒り出す。
シャーロットは二人の様子を見ながら、意味が分からないわとまた首を傾げていて、困惑顔を浮かべている。
ジークハルトたちが言いたいことは伝わっているはずなのに、わざととぼけるシャーロットが楽しい。
エリックは口元を押さえどうにか笑うのを堪えていたが、心の中では盛大に笑っていた。
その際、自分と同じような状態のエリザベスとメルソンも傍に見えて、ますます笑い出しそうになった。
「つまり殿下は忙しい私がわざわざそこにいらっしゃる女子生徒の教室へ行き、皆がいない時間を狙って学用品を傷つけたと?」
「ああ、そうだ! 犯人はお前しかいない、証人もいる!」
アンドリューが証人だと言われた生徒を輪の中から引っ張り出し前に突き出す。
あの生徒の顔はエリックもよーく覚えている。
「黒髪の女子生徒を見た気がする」と言っていたアーロン・クランドという名の男子生徒だ。
王子殿下相手に名を売ろうとしたようだが、まさかこんな場に引っ張り出されるとは思ってもいなかったのだろう。
制服姿で震えるその様子は哀れでしかない。
だが真っ青な顔色になっていても震えていても、エリックは彼に同情はしない。
シャーロットに罪を着せようとジークハルトに加担した生徒対し、同情など必要なかった。
「あの、その、僕は……ちゃんと見たわけではなく……」
「クランド、しっかりしろ、私が必ず守る、シャーロットの罪を包み隠さず話すんだ!」
「……」
アーロン・クランドがシャーロットの顔を見る。
たとえ王子の庇護があったとしても相手は公爵令嬢。
その上他国の王位継承権も持つ高貴な相手。
嘘の証言をすればどうなるかは、アーロンでなくとも想像がつく。
シャーロットを陥れた相手をソラリス公爵が許すはずがない。
それにソラリス公爵夫人の母国も黙ってはいないだろう。
ジークハルトとシャーロットに挟まれたアーロンは、無言のままぶるぶると震え今にも倒れそうだった。
(アーロン・クランド、悪い意味で貴族間に顔が売れたねぇ……下手したら廃嫡もあり得るけど自己責任だからね)
当然の結果だとアーロンを切り捨てたエリックとは違い、アーロンが震え怯える姿を見てシャーロットは哀れに思ったのだろう、小さな溜息を吐くとジークハルトに声を掛けた。
「殿下、証言の強要は裁判では使うことは出来ません、一生徒に対し無理を言うものではありませんわ」
「シャーロット! 貴様! そう言ってまた罪を誤魔化す気だな! そうは行かないぞ!」
「殿下、誤魔化すも何も、身に覚えのない罪を私は認めるわけには参りません。それにこの私が一年生の教室に出向いたとして、そこにいる彼にしか見られないなどあり得ません。そもそも私は毎日忙しくてそんなどうでもいいことに時間を費やす暇もありませけれど……」
シャーロットの言葉に会場中の皆が頷く。
これだけの美貌を持つシャーロットが三年生の教室から一年生の、それも一番端にあるDクラスへ向かう間、誰とも顔を合わせず見つからないように行くなど絶対に無理だ。
ただでさえシャーロットは未来の王妃として注目されているし、背も高く同学年の女子生徒の中にいても目立っている。
それなのに下の学年の教室へ行って、見つからずに教室に入れるわけがない。
それはたとえ昼休みという生徒が余り教室にいない時間でも同じこと。
学園の廊下を誰一人生徒が歩いていないなどあり得ないのだから。
「ふんっ、まあいい、お前がすぐに罪を認めないことなど想定内だ! だが、マリーを階段から突き落としたことだけは見逃せない! 打ちどころが悪ければ死んでいたか、大怪我を負っていた可能性もあるんだぞ! お前のやったことは殺人に等しい! 絶対に許されない非道行為だ!」
「……」
こちらも証人がいるのか、ジークハルトは粋がった物言いをする。
エリックもマリーが階段から落ちた事件は知っているけれど、犯人を見た生徒はいなかったはず。
つまりはシャーロットが犯人だとは断定できない、だからこそシャーロットに罪を押し付けたのかもしれない。
(やっぱりジークハルト様はシャーロット様に罪を押し付けてきたか……)
そうなるだろうとは思っていたけれど、シャーロットはその日学園には来ていなかったはず。
それは調べれば分かることで、シャーロットを犯人だとは絶対に言えないはずなのだ。
なのに何故ジークハルトはあんなにも自信満々なのだろうか?
エリックまで首を傾げた状態になっていると、「ジェイド!」とジークハルトがシャーロットの弟の名を呼んだ。
「ジェイド、お前はシャーロットに脅され、マリーを階段から突き落とすしかなかったと、我々にそう言ったが、間違いないな?」
「……あっ……あの……」
真っ青な顔のジェイドがジークハルトに名を呼ばれビクリと肩を揺らす。
そしてゆっくりと視線をシャーロットに移し、懇願するような視線を向けた後、俯きながら小さく頷いた。
「どうだシャーロット! これでお前の罪は確定だ! 殺人未遂と言えば、たとえ公爵令嬢であっても見過ごすことは出来ない! そしてそんな残虐非道な行為を行う相手が私の婚約者でいられるわけがない! よってここにお前に対し第一王子である私との婚約破棄を申しつける! 今からお前を王城に連れていき、私自らお前の罪状を決めてやる! 未来の王妃となるマリーを傷つけたことを後悔させてやるから覚悟しろっ! アンドリュー、シャーロットを捕まえろ!」
「はっ!」
ジークハルトに指示されて体の大きなアンドリューが歩み出しシャーロットに近付いてくる。
エリックはすぐさまシャーロットの前に出て、シャーロットを庇うとアンドリューの前で手を広げた。
「シャーロット様の言い分も聞かず、罪状を決めるなどあり得ません!」
「エリック」
「それにシャーロット様がそんな愚かなことをするわけがない! 貴族裁判でも、学園会議でもなんでもいいから、ちゃんと調査をして公の場に出て公正に裁いてください!」
「五月蠅い!!」
「ーーっ!」
叫ぶエリックをアンドリューが拳で殴る。
だがエリックだって伊達に商会で働いてきたわけではない。
足腰には自信があるし、大切なシャーロットを守るためならば死んでも盾になってやる。
グッと堪え頬に強い痛みを感じたが、エリックは一歩も足を動かさなかった。
「エリック!!」
「シャーロット様、全然大丈夫です。名ばかりの騎士のパンチなど痛くも痒くもありませんから!」
頬はジンジンと痛むけれど、シャーロットの前エリックはカッコつけて見せる。
それにこれぐらいの痛みシャーロットを守れるのならばなんてことはない。
漢を見せたいエリックはシャーロットにニコリを微笑んで見せた。
「貴様!」
「シャーロット様、危ないですから離れて!」
「エリック!」
なんちゃって騎士と言われて腹が立ったのか、アンドリューは今度は剣を抜いた。
それを見てエリックの頬を心配するシャーロットを背に隠す。
流石に剣を向けられては危険だ。
エリックはシャーロットを守るようにきつく抱きしめた。
「そこまでだ!!」
大きく圧がある声が会場中に響き、アンドリューの動きが止まる。
その声はどこかジークハルトに似ているもので、でももっとずっと重厚で力強いものだった。
「そこまでだ、アンドリュー、剣を下ろせ!」
「!!」
救世主のように会場に現れたその人物は、この国の王、ルオデルト・ユービテルその人だった。
おはようございます、夢子です。
この話を書くまで王様の名前を決めていなかったことに気付きませんでした。
エクセルを確認したら
〇国王
ユービテル国王
ジークハルトの父
これだけでした。
ルオデルト、ごめんね。w
アーロン・クランドは一年Dクラスの子
ちょっとおバカちゃんかもしれない




