卒業パーティー
学園からソラリス公爵家へシャーロットを送った後、自宅へ戻ったエリックは父が用意してくれたタキシードに着替え、シャーロットの横に立っても恥ずかしくないように磨き上げてもらい、自分史上一番良い状態に仕上げてもらった。
「エリックがまさか一年生のうちに卒業式の夜会に出席できるとはな……」
「それも公爵令嬢であられるシャーロット様のお相手だもの、本当に立派になって……」
「父さん、母さん、やめてよ……」
着飾ったエリックの姿を見て、まるでエリック本人が卒業を迎えたかのように感動する両親を前に、エリックはなんだか恥ずかしくなる。
「兄さん、頑張ってね、ご令嬢に迷惑を掛けちゃダメだよ」
「ああ、分かってるよ……」
「兄さん、夜会がどんなだったか後で聞かせてよね」
「ああ、分かったよ……」
エリックの状況をちゃんと飲み込んでいるすぐ下の弟と、お出かけが羨ましそうな末の弟を前にエリックは苦笑いだ。
「じゃあ、行ってきます、帰りは遅くなりますから」
「ああ、気をつけてな」
「お嬢様をしっかりとお守りするのよ」
「はい」
玄関口まで見送ってくれた家族に手を振り、エリックはドキドキしながらソラリス公爵家へ向かう。
王城にも負けない大きさのソラリス公爵家が見えてくると、緊張から喉が渇いている気がしてきた。
馬車から降り、身を正し、出来るだけ印象の良い笑顔を意識してソラリス公爵家の使用人に声を掛ける。
「ジェミナイ男爵家、エリック・ジェミナイです、【別れの会】へともに出席させていただくため、シャーロット様をお迎えに参りました」
ジェミナイ家とは大きさが全く違うエントランス内できっちりと挨拶を行えば、エリックの訪れを把握していた使用人たちは笑顔で出迎えてくれた。
(良かった……嫌われてはないみたいだ……)
歓迎されていることが分かり、まずはホッとする。
シャーロットの相手がこんなちんちくりんだなんてと、嫌な顔をされなかったことが嬉しい。
「ジェミナイ様、こちらでお待ち下さいませ」
「はい、案内有難うございます」
応接室に通され、味が良く分からない状態で高級なお茶を頂いていると、美しく着飾ったシャーロットが現れた。
「エリック、お待たせしたかしら?」
「シャーロット様……」
いいえ全然待っていません、というか待っている時間も楽しかったです!
というエリックの言葉は消えてしまう。
着飾り笑顔を浮かべたシャーロットはとても美しく、女神のよう。
考えていた誉め言葉など一瞬で吹っ飛んでしまった。
「エリック?」
「あっ! す、すみません! あの、シャーロット様が余りにも美しすぎて……」
「まあ! ウフフ、有難う。パートナーに褒めてもらえるだなんて初めてよ、とっても嬉しいものなのね」
くすくすと笑うシャーロットを前にエリックの顔は真っ赤になる。
余りにも魅力的すぎるシャーロットを見て、胸の音が自分にも聞こえるほど大きなものに変わっている。
「あ、あの、ドレスも凄くお似合いです。クリーム色のドレスがシャーロット様の肌の白さを引き立てていて魅力的で……」
どうにか絞り出せたものはどこにでもありそうな定番の誉め言葉だったけれど、シャーロットは呆れた顔もせず笑顔を返してくれる。
「ウフフ、有難う。エリックの髪色を意識して作ってもらったドレスなのよ、似合うと言ってもらえてとても嬉しいわ」
「えっ……僕の髪色ですか?」
「ええ、そうよ、私の大事なパートナーはエリックですもの、今日はエリックの色を身に付けてみたかったの……」
「シャーロット様……」
婚約者でもなく、友人として参加する夜会のパートナーなので、エリックはシャーロットに対しドレスも装飾品も贈ってはいない。
それにソラリス公爵家御用達のドレスショップがあることをエリックは知っている。
王家や公爵家が使う高級店の為、ドレス事業に力を入れ出したばかりのジェミナイ商会とは質が違う。
だからドレスを贈らせて下さいとも言えなかったし、言葉にするのでさえ申し訳ないと思うぐらいだった。
それなのに、シャーロットはエリックの髪色を選んでドレスを作ってくれた。
きっと最初は違うドレスを準備していただろう。
もしかしたらジークハルトの色を使ったものだったかもしれない。
その後に自分の好きな色ではなく、エリックの色を選び、エリックの色を身に付けたかったと言ってくれた。
(どうしよう、凄く嬉しい……)
商会の息子だから分かる。
エリックがパートナーに決まってからドレスを仕上げたとなると、特急価格だし、生地を見れば物凄い価値のあるものだ。
(なんだかシャーロット様が僕自身を選んでくれたみたいで嬉しい……)
夜会に行く前から嬉し過ぎて、エリックは涙が出そうなほど感動していた。
「シャーロット様、あの、僕ーー」
「ああ、君がジェミナイ君かね」
「貴方がシャーロットが選んだパートナーの方ね」
嬉しくてシャーロットに抱き着きたく……いや、手を取りそうになっていると、開いている扉を抜け公爵夫妻が現れた。
エリックは一気に緊張し、椅子から立ち上がるとピシッと身をただす。
調教師を前にした従順な子犬のような状態になったエリックを見て、シャーロットはまたくすくすと笑いだした。
「あの、エリック・ジェミナイです。初めまして!」
「ああ、ソラリス公爵のジャックソンと妻のオリビアだ。ふむ……シャーロットが楽しそうで安心したよ、ジェミナイ君、今夜は娘を頼んだよ」
「は、はい、シャーロット様のことは必ず僕がお守りいたします!」
「ハハハッ、心強いね」
優し気な笑顔ながらも微妙に目が笑っていないソラリス公爵に「頼んだよ」と肩を叩かれ、エリックの緊張は最高潮に上がる。
息をしているのか分からないぐらいの状態だが、シャーロットがいるから耐えられる。
楽しそうなシャーロットは何よりの癒しだった。
「シャーロットに良い思い出をお願いしますね、ジェミナイ殿」
「は、はい、楽しい夜会になるように全力でシャーロット様のパートナーを務めさせていただきます」
「まあ、ウフフ、貴方は頼もしい騎士様のようね」
「あ、有難うございます」
フフフと笑う姿がシャーロットにそっくりで、美しい公爵夫人に笑顔で頼まれれば出来ないなどと言えるはずがない。
エリックはシャーロットが楽しめるよう、全力で頑張ると心の中で誓った。
(絶対に楽しい夜会にしないと!)
公爵夫人は元王女。
王族はジークハルトで免疫があるとはいえ、比べるのも烏滸がましいほどオリビアには品があり、緊張感が増す。
(王族のお願いは命令と同じだ!)
エリックは勝手にそう受け取り、楽しむはずの初めての夜会を自分自身でハードルの高いものに変えていた。
「では、お父様、お母様、行って参ります」
「ああ、シャーロット、楽しんでおいで」
「シャーロット、良い思い出をね」
「はい」
「ジェミナイ君、シャーロットを宜しくね」
「貴方もシャーロットと一緒に楽しんで頂戴ね」
「はい」
公爵夫妻に見送られ、ソラリス公爵家が用意した豪華な馬車に乗り込む。
そして馬車はゆっくりと走り出し、学園の夜会会場へと向かう。
ソラリス公爵家から学園まではあっという間に着いた。
エリックはシャーロットよりも先に馬車から降り、手を差し出す。
「シャーロット様、お気を付け下さい」
「ええ、エリック、有難う」
今日の夜会は学園にある大講堂で行われる。
卒業式も大講堂で行われたが、そこは貴族学園、夜会の準備もなれたもの。
朝の静粛さとは違い、今の講堂は沢山の花が飾られ、明るい音楽も流れていて、すでに華やかな雰囲気が出来上がっていることが入口からも分かった。
「シャーロット様、参りましょうか」
「ええ、エリック、宜しくね」
シャーロットをエスコートし、会場内へ進んでいけば、そこにはシャーロットの友人エリザベスが丁度いて、シャーロットを見つけるとパートナーであるメルソンと共に近づいてきた。
「シャーロット様、今日のドレスは今までで一番お似合いですわね、とても素敵ですわ」
「まあ、有難うございます。エリザベス様の装いもメルソン様と揃えていて素敵ですわ。とてもお似合いのお二人ですもの、今日一番のカップルはお二人で決まりではないかしら?」
「まあ、有難うございます」
「シャーロット様、褒めて戴けて嬉しいです」
美男美女な二人は確かに隣にいるのが当然のように似合っていて、エリックも仲のよさそうな二人を見てシャーロットの「お似合い」という言葉に大いに頷く。
この様子ならばきっと多くの生徒に注目され二人は今夜の主役になるだろう。
勿論そこはシャーロットを除いてだ。
エリックの中でシャーロット以上の存在はいないのだから。
「なんだ、シャーロット、お前が急遽用意したパートナーはジェミナイだったのか……」
シャーロットとエリック、そしてエリザベスとメルソンの四人で会話を楽しんでいると、まるで馬鹿にするかのような声色で名を呼ばれ、シャーロットもエリックも後ろへ振り返った。
「ふふん、私が迎えに行かなかったからパートナーを金で雇ったのか……シャーロット、哀れなものだな……」
片方の口角を上げクスッと笑うジークハルト。
まだシャーロットとは婚約中だと思っている彼は、何の連絡も無しにこの日を迎えたため、シャーロットが慌ててパートナーを用意したとそう思っているようだ。
「エリック、シャーロットさんに無理を言われたのぉ? かわいそー」
ジークハルトのパートナーだからと派手に着飾ったマリーが会話に割って入ってくる。
今日はマリー自身が花にでもなったかのようなフリルが沢山ついた黄色のドレスを着ていて、だいぶ品がない。
(どこでこんなドレスを作ったんだろう……)
リボンもレースもふんだんに使い、ゴテゴテしていて重そうなドレスだ。
だけどジークハルトの隣に立つと不思議と似合って見える。
きっと濃い緑色の正装を着たジークハルトが花の茎に見えるからだろう。
ある意味素晴らしいペアールックともいえた。
「エリザベス……君は私の弟を無理やり卒業式のパーティーに引っ張り出したのかい? いくら家族間が仲が良いと言っても、メルソンはまだ入学前なんだぞ、それは流石に甘え過ぎではないのか?」
マリーの左横にいたパトリックがエリザベスとメルソンに声を掛ける。
ため息を吐き、自分の婚約者はなんて非常識なんだといった顔をしているが、マリーをジークハルトと挟んでエスコートしているパトリックの方がよっぽど非常識にみえる。
その上三人の後ろには、ジェイドにアルフレッドにアンドリューまで揃っているのだ。
夜会の場で彼らは可笑しな集団にしか見えなく、苦言も空回りしているように感じた。
(この人たち、最後まで悪目立ちしてるなぁ……)
言い返してやりたい気持ち半分。
関わりたくない気持ち半分。
呆れた視線をジークハルトとその仲間たちへ送っていると、学園長の声が会場内に響いた。
おはようございます、夢子です。
遂に夜会が始まりました!
ゴールまで頑張ります。




