シャーロットと卒業パーティーのパートナー
「ご実家がお忙しい時期でしょうに、お誘いしてごめんなさいね」
「いいえ、全然大丈夫です! ドレスの注文はもう落ち着いていますし、今は配達で忙しいくらいで、僕一人ぐらいいなくても店は問題ないんですよ!」
きっと父は慌てているだろうが、数時間エリックの帰宅が遅れても大丈夫。なはず……
弟たちだって家にいるし、もう新規の注文は無いのだから問題ない。はず……
心の中でそんな言い訳をしながらも、シャーロットには笑顔を向ける。
折角もらえた幸運な時間を無駄にはしたくない。
すると目が合ったシャーロットが楽し気に微笑んだ。
「ウフフ、エリックは本当に優しいのね……有難う。お父様の方には私から連絡を入れておきますからね、公爵令嬢の誘いでは断れなかったとお父様にはそう言ってちょうだいね、フフフ」
「いえ、あの、その、はい……シャーロット様、有難うございます」
どうやらエリックの嘘はシャーロットに見破られていたらしい。
商会がとても忙しくしていることは把握されているらしく、エリックの男しての見栄は通用しなかった。
その上父親にシャーロットから連絡をしてもらえるという気遣いまでしてもらった。
そこまでして自分に会いたかったのかな? と嬉しい気持ちと、弟扱いされている? と残念になるような複雑な気持ちだけれど、甘やかされているようで口元がにやけてしまう。
(シャーロット様のほうがよっぽど優しいです……)
少しはカッコいいところを見せたいと思ったけれど、こればかりは仕方がない。
エリックがシャーロットに勝てるわけがないのだ。
それにちょっとだけ恋人同士のような雰囲気で、なんだかくすぐったくって楽しかったりもする。
「でもきっとこういうところがジークハルト様は気に入らなかったのでしょうね……」
「えっ……?」
「あの方の為と思って伝えた言葉や、先回りした気遣いは、あの方にとっては出しゃばりであり、余計なお節介でしかなかったのでしょう……」
「シャーロット様……」
少しだけ悲し気にシャーロットはジークハルトのことを語る。
幼いころからずっと婚約していた相手だ。
どんなに嫌いになってもいい想い出だってあるはずだし、家族になろうと思っていた相手、情だってあったはずだ。
シャーロットと婚約を解消したジークハルトは、きっと王位には就けないだろう。
それどころかこの先第二王子が王位に就いた際、邪魔な存在となってしまう。
そうなればマリーと結婚するどころか、自身が望む幸せな結婚など叶えられないだろうし、希望なんてもうなにも通らなくなるだろう。
全てジークハルトの行いが王族として相応しくなかったからの結果だけど、優しいシャーロットが心を痛めないはずがなかった。
「シャーロット様は悪くありません!」
「エリック?」
「シャーロット様の優しさが分からない馬鹿なあの方が悪いんです! シャーロット様はずっと良き王妃様になろうと努力されていらっしゃいました。感謝して当然なのに、シャーロット様が優秀だからっていじけて拗ねて大事にも出来ないだなんて! そんなの絶対に間違っています! 悪いのはジークハルト様だ、シャーロット様は何も悪くない! 僕だったら、僕だったらシャーロット様に絶対にそんな顔をさせない! 貴女がいつも笑顔でいられるように努力して見せるのに!」
「エリック……」
興奮して喋りだしたエリックをシャーロットが優しい顔で見つめる。
思わず告白のような言葉を口走ってしまったが、後悔はない。
シャーロットへの想いは本物だ。
両思いになるのは無理だろうけれど、せめて自分の気持ちぐらいは遠回しになら伝えてもいいだろう。
(このまま本気で告白するべきか……?)
けどそんなことをすれば、シャーロットの負担になる可能性もある。
それに距離を置かれ、もう会えなくなってしまうかもしれない。
どうするべきか……と悩んでいると、シャーロットがくすくすと笑いだした。
「エリック、私のために怒ってくれて有難う。貴方にはいつも癒されてばかりだわ。貴方の傍にいるといつも笑顔になれるの、これは本当のことよ」
「シャーロット様……」
「でも、他に人がいないとはいえ、ジークハルト様を馬鹿呼ばわりは流石に不敬になるわ、本当のことだとしてもね」
「あ……その、はい、き、気を付けます……」
「ウフフフ、大丈夫よ。ここにはあの方に告げ口するような人はいないから、二人だけの秘密にしましょう」
「はい……そうさせて下さい……」
今この部屋の中にはシャーロット付きのあの無表情なメイドがいるけれど、部屋の壁になり空気と化していて置物状態だ。でも先ほどエリックの言葉にうんうんと強く頷いていた姿を見た気がした。彼女にも思うところがあるのだろう。
それに半分開いたドアの外にはあの強面の護衛もいて、エリックの大きな声を聞いて覗かせた顔には、その通りだと言っているような様子が窺えた気もする。
二人ともシャーロットの近くに長くいた人たちだ。
エリックよりもよっぽどジークハルトの愚かな行動には嫌気がさしていたことだろう。
シャーロットの味方しかいないこの部屋ならば「あの方相手に何を言っても大丈夫」そんな気がした。
「えっと、その、シャーロット様は、卒業パーティーではどなたをパートナーにされるのでしょうか? その、もしかして公爵様でしょうか?」
話を変えようと、エリックはずっと気になっていたことを遂に聞いてしまった。
自分から話しかけているにもかかわらず、不敬にもシャーロットの目を見ることが出来ない。
答えが怖い、けど知りたい、そんな心境だ。
シャーロットが卒業してしまったら、もしかしたらもう会えない可能性もある。
石鹸や化粧水など、シャーロットが携わった商品は多くあるけれど、それらは売り上げを順調に上げているのでシャーロットがわざわざジェミナイ商会に顔を出す必要はないし、工場にももう行く必要もないだろう。
そうなればもうエリックとの接点も無くなるわけで、ここは勇気を出しパートナーを聞くことを選択した。
きっとシャーロットの相手は次の婚約者になる可能性がある。
知らぬ間にシャーロットが誰かと婚約をしてしまった。
そんなことがあれば、エリックは暫く動けなくなる自信がある。
そうならないようにどんな相手なのか知っていたかった、前もって心構えをしたかった、というのが一番の理由だった。
「ええ、最初は父に頼もうと思っていたのよ……でも母が、従兄弟に頼みましょうと言い出して……」
「えっ……? シャーロット様の従兄弟って、その……」
「ええ、母の母国の王太子殿下ですわ。そんな相手を気軽に呼べませんから勿論お断りしましたけど……」
他国の王太子を卒業後の夜会に呼ぶ。
それはもう学園の行事とは言えなくなるし、王城側も対処しなければならなくなるだろう。
第一王子の卒業という記念の日に、主役をかっさらう可能性のあるパートナー。
シャーロットは困った顔をしているが、公爵夫人の気持ちがエリックにはちょっとだけ分かってしまう。
娘を蔑ろにした王子に対し、意地悪の一つも返したかったのではないだろうか。
流石にそれは……と苦笑いのシャーロットに「別にいいんじゃないですか」と言いそうになってしまった。
「えっと、あの、それじゃあ……」
「ええ、まだパートナーは決まっていないの。弟のジェイドも候補として考えたのだけど、あの子はあの方のお伴で卒業パーティーに出るでしょうし、父もジェイドでは私の相手として相応しくないと言って認めないでしょうしね……」
「……」
シャーロットの言葉でジェイドが公爵に切られてしまった事実がハッキリと分かる。
きっと弟としてしっかりとシャーロットを守っていたら、次期公爵として卒業パーティーで堂々とした姿を見せられたことだろう。
けれどジェイドはシャーロットではなくジークハルトを選んでしまった。
泥船に乗り込んだジェイドの未来は悲しいものになりそうだ。
(……このまま相手が決まらなければ、公爵夫人はシャーロット様が何と言っても王太子を呼び寄せるだろうなぁ……)
シャーロットの従兄弟である王太子が卒業パーティーに登場すれば、絶対に大騒ぎになる。
きっとジークハルトはそのことでシャーロットをきつく責めるだろうし、それを守ろうとして王太子がジークハルトと喧嘩でもすれば国際問題となる。
ジークハルトのシャーロットへの態度に怒っている公爵夫人の母心は十分に分かる。
それにシャーロットの穏便に卒業したいという気持ちも分かっている。
(エリック! これはチャンスだぞ! 勇気を出せ!)
エリックは自分自身を鼓舞する。
困っている状態のシャーロットに対し付け込むような形になるかもしれないが、今を逃せばエリックがシャーロットのパートナーになる可能性など二度とないだろう。
(断られたって良い! エリック、シャーロット様の卒業パーティーのパートナーとして立候補しろ!)
エリックはグッと握り拳を作り深く息を吸った。
人生最大の勇気を心のうちに貯める。
「……あの」
「エリック」
だが先にシャーロットの方がエリックの名を呼んだ。
「良かったら貴方に……エリックに私のパートナーになってもらえたらと思ったの……」
「えっ……? あ、あの、ぼ、僕がシャーロット様のパートナーに?」
「ええ、そうなの……貴方が嫌でなければ、私と卒業パーティーに出て欲しいと思っているわ」
これは夢なのだろうか。
エリックはぽかんと口を開けたまま間抜け顔になる。
シャーロットのパートナーになりたいと願い過ぎたせいで、現実と夢との違いが分からなくなってしまったのだろうか。
エリックは自分の頬を強くつねってみた。
「……痛い……」
「まあ、エリック、何をやっているの、そんなに強く頬に触れたらあざになるじゃない、アンナ、何か冷やせるものを持ってきて頂戴、出来るだけ急いでね」
「はい」
後ろに控えていたメイドが頷き扉の方へと向かって行く、その代わりに護衛が部屋の中に入り扉の前に立ったのを見て、エリックはやっとこれが夢ではないと理解する。現実だ。
何故ならエリックの夢の中であったら、シャーロット付きの彼らがエリックのために動くなどあり得ないからだ。
「……シャーロット様、本当に、僕が、シャーロット様の卒業パーティーのパートナーで良いんですか? あの、僕は男爵令息でしかないんですが……」
「まあ、ウフフ、さっきも言ったけれど、エリックといると私とても楽しいのよ。だからこそあなたに私のパートナーになって欲しいの、学生最後の思い出だもの……せっかくならば楽しい思い出にしたいじゃない……」
「シャーロット様……」
夢じゃなく本当にシャーロットに夜会に誘われた。
それもお付きのお供ではなく、パートナーとしてだ。
エリックは一生分の運を使い切ってしまったのかもしれない。
でも、それでもきっと、後悔などすることはないだろう。
「もう一度お願いするわ、エリック、私のパートナーになってくれるかしら?」
「はい、勿論です! シャーロット様、是非お願いします!」
「良かった……」
シャーロットが差し出した手をエリックはそっと握る。
まさかシャーロットのパートナーになれるだなんて……
とふわふわしてどこか夢心地だ。
「それじゃあ、エリック、卒業パーティーで……」
「はい! シャーロット様の美しい姿を一番近くで見られることを楽しみにしています。シャーロット様、ではまた、卒業パーティーでお会いしましょう」
「ええ、楽しみにしているわ」
「僕もです!」
ソラリス公爵家から帰る途中、エリックは何度も自分の頬を叩いた。
痛みがあるたび夢ではないことが嬉しくて、馬車の中で叫び出しそうだった。
「シャーロット様と本当に夜会に行けるんだ……僕がシャーロット様のパートナー……どうしよう、嬉し過ぎて死にそうだ……」
この後自宅に戻ったエリックは使い物にならない状態だった。
仕事の手伝いをしようと思っても思いだすのはシャーロットのことばかり。
ニヤニヤして気持ち悪い息子に早く休めと父は体調不良を心配した。
「父さん、母さん、僕、卒業パーティーでシャーロット様のパートナーになったんだ」
「「……」」
翌朝、シャーロットの夜会のパートナーとなったことを家族に報告したのだが、前日の行いのせいで誰も信じてくれなかった。
忙しすぎて疲れたのか? そう心配され、もう一度眠るように言われてしまったエリックだった。
最近猫ハラが酷くて……
キーボードは常に腿の上です……
公爵夫妻にはちゃんと名前あります。
ジャックソン・ソラリスとオリビア・ソラリスです。
エリックの両親の名は父エリオットと母マリアです。
ちなみに弟二人はフェイとピートです。




