卒業に向けての願いと誘い
寒い季節も終わりに近づき、春の芽生えと共にシャーロットたちの卒業も間近に迫ってきた。
三年生の殆どが顔を見せなくなった学園内は静けさが支配していて、エリックだけでなく憧れの先輩に会えなくなった者たちは卒業式を前に寂しさを感じていた。
ただしそんな中でもエリックは忙しさに追われていた。
学園の学期末と言えば、当然学年の最終試験があるからだ。
シャーロットの友人として恥ずかしい成績は取れないと、エリックは一心不乱に勉強に立ち向かい頑張っていた。
これまでの人生で一番勉強している! と言えるほど、活字や数字と戦っていた。
(目指せ全教科満点だ!)
だがシャーロット達の卒業が近いということは当然新入生の入学も近いということで、ジェミナイ商会はこれまでにないほどに忙しい。
若葉の宴でマリーが着た緑色のドレスが注目を浴び、卒業式では是非ジェミナイ商会でドレスを作りたいとそう言ってくれる顧客が増え、その上次の若葉の会のドレスの注文も入り、父は喜んでいながらも血の涙を流しているような状態。勉強があるから仕事は手伝えないなんて言えるはずもなく、エリックは勉強と両立し、仕事の手伝いに奔走していた。
何分ドレスの注文が殺到しており、エリックも跡取りとして……というよりも、若葉の会でマリーのドレスを受けた責任者としては忙しさから逃げるわけにはいかなかった。
それは弟たちも同じで、猫の手も借りたいほどだとエリックよりも三つ下の弟は当然、五つ下の末の弟まで走り回るほどの忙しさで、ジェミナイ商会は有難いほどに売り上げを伸ばしていた。
「すべてシャーロット様のお陰だ……」
「……そうですね……」
商人として忙しいことは大歓迎。
なので夕食の席で父がポツリとそんな言葉を呟きエリックは大きく頷いた。
けれどそんな父の顔は疲れ切っていて、早く卒業式よ終われと、父が心から願っているのことが伝わってきた。
「ジェミナイ、話があるのだが、少し時間を貰えるか、ドレスのことで頼みがある」
「……はい……」
そんなある日、エリックはまたジェイドに声を掛けられてしまった。
それもドレスの件でだ。
嫌な予感しかしない。
指定されたラウンジへ行けば、マリーを取り巻くいつものメンバーがエリックを待っていて、自分の予感が的中したことを知る。
分かっていたことなので驚きはしなかったけれど、学園に居る必要のない三年生であるジークハルトを見るとため息を吐きそうだったが、どうにか堪え笑顔を作った。
「殿下、ご機嫌麗しくーー」
「ああ、面倒な挨拶は良い」
「……」
相変わらずな態度のジークハルトに笑顔が引き攣りそうになる。
王族としては当然な行為なのかもしれないが、どうしてもシャーロットの朗らかな様子と比べてしまう。
勿論口には出さないが……
「今日お前をここへ呼んだのは、お前に頼みがあるからだ。ジェミナイ、マリーのドレスを準備して欲しい。それもよその令嬢に負けない最高級な仕上がりでだ」
「……ドレス……でございますか? あの、失礼ですが、ご用途は?」
「当然卒業式の後の【別れの会】で使用するパーティー用のドレスだ。マリーには私のパートナーとして出席してもらう。王子の相手として相応しいドレスを準備してくれ、頼んだぞ」
「……」
ジークハルトのパートナーとしてマリーが卒業式の後、別れの会に出席することは別に良い。
ジークハルト本人は知らないようだが、彼とシャーロットの婚約は解消されているので問題は無い。
つまりジークハルトは今現在フリーということ、誰を誘おうと知ったこっちゃないし、勝手に盛り上がってくれという心境だ。
それにドレスの代金のことも、ジークハルトはマリーに本気になったことで、隠す気持ちは消えて個人資産を使い自分一人で用意したいとそう言い出した。
きっと親御さんからの注意もシャーロットとの婚約解消が済んだことで無くなったのだろうが、その理由に気づくことも無いようだし、王家から切られたとも思わないようで、情けなさを感じる。
それに思い込みの激しいジークハルトのことだ。
勝手な判断でマリーとの仲を周りに認められたとそう思い込んでいる可能性はある。
まあ、エリックにはどうでもいいことなのだが、まだシャーロットと婚約中だと思っているはずのジークハルトの行動としては最悪だろう。
ただ、何故今頃ドレスの注文をするのだろうか? と怒りは沸く。
本当にいつもいつもギリギリの申込で、この人たちはこちらの都合など全く考えていない。
その上それが当然通るものだとジークハルトは思っているのだから質が悪い。
というか王族からの願いであれば誉として受け止めろと思っていそうだ。
(マリーのドレスを僕の店で作る……? 絶対に嫌なんだけど……)
若葉の宴の時はシャーロットの指示があった。
だからどんな我儘だって聞いて上げたし、前もって準備も出来たし、心構えも出来ていた。
でも今回は違う。
全く予期せぬことだ。
そのせいなのか、マリー都合だった昔の記憶が蘇る。
(ああ、そうだったな……マリーはいつも僕を振り回すだけで、僕の気持ちとか、僕の予定とか、考えてくれたことなんて一度もなかったっけ……)
「ねえ、エリック、良いよね? 私のドレス作ってくれるでしょう?」
返事が出ないエリックに対し、今度はマリーが声を掛けてきた。
その様子がいつも通り過ぎて、また嫌な感情が溢れだす。
いつだって彼女はエリックがお願いを聞いてくれると、当たり前のように思っていた。
「……」
上目遣いにエリックを見上げお願いと可愛く首を傾げるマリー。
シャーロットの美しさに目が慣れたせいか、それとも薔薇の会の美しい女性たちを知ったせいか、以前のように可愛いだなんて思うことは無く、どんどんと心が冷めていくのが自分でも分かる。
(僕はマリーのどこが好きだったんだろう……)
幼馴染としての情もすでに無くなった。
利用されていたことを十分に理解も出来た。
きっとジークハルトがエリックに依頼したのも、何でも聞いてくれるエリックに頼めば断らないというマリーの声掛けがあったからだろう。
『幼馴染の商会の手助けをしたいの』
まるで気遣いが出来て優しい女の子のように、マリーはジークハルトたちの前では振舞ったはずだ。
その様子を簡単に思い浮かべることが出来ることが、唯一幼馴染であった証拠かもしれない。
きっとそんなあざといマリーの様子を、ジークハルトたちは可愛いと勘違いしたのだろう。
(ある意味彼らも不憫だよな……女の子に免疫がなさ過ぎて、マリーの自由なところが可愛いって昔の僕のように勘違いしちゃったんだから……)
でももうエリックは騙されない。
マリーの我儘な振る舞いにはうんざりだった。
「申し訳ありません、残念ですがドレスの申し込みは受け付けることが出来ません」
「何?!」
「エリック、何でよ!」
ジークハルトとマリー、それにマリーと一緒にいる他のメンバーにも「なんでだ」「生意気だ」と言われるが答えは変わらない。
そもそも最初からエリックはジークハルトの依頼を受ける気はない。
シャーロットのことを思えば……という以前に、これ以上の仕事を受け入れることが商会的にも無理だった。
「卒業式後の夜会のドレスは、ほぼ一年前からの申し込みが一般的です。勿論緊急枠も取ってはありますが、それもすでに埋まっている状態。当然商会としては先に予約してくださった方が優先、たとえ王子殿下のご命令であっても、それを変えるわけにはいかないのです」
「ーーっ!」
「?」
遠回しに王子からの命令で他のドレスが遅れた場合、その理由を商会として相手に伝えなくてはならないのだが良いのかと伝えれば、マリー以外のメンバーは分かってくれたようで、仕方が無いと苦いものが顔に浮かぶ。
だけどマリーだけは納得がいかないようで、エリックに近付き袖をギュッと握ってきた。
「えっ? なんで? エリック、私たちは幼馴染じゃない、貴方なら困ってる私を助けてくれるでしょう?」
「……」
幼馴染というのはマリーの中では魔法の言葉なのか、それともエリックが自分のお願いを断るはずがないとそう思い込んでいるのか、マリーだけは頼めば叶うと未だに信じて疑わない。
エリックを見上げウルウルとした瞳で見つめてくるが、今のエリックにはそれは悪手でしかないものだった。
何故ならあの日のマリーもそんな顔でエリックを見つめ、エリックの想いを自分都合で断ち切ったのだから。
「ハハハ、幼馴染か……マリー、僕たちが恋人として付き合っていたことは君の中で無いことになっているのかなぁ?」
「えっ?」
「は? 付き合っていただと?」
エリックが真実を暴露すれば、マリーは何故か驚いた顔になる。
マリーとエリックは元恋人同士。
結婚も視野に入れた仲だったはずだ。
だけどマリーは目をパッチクリとさせ、付き合っていた事実などないと驚いているようだった。
「エリック、付き合っていたって……あれはお友達の延長でしょう? 私たちは子供だったし、あの時はお付き合いとか私良く分かってなかったし……貴方のお願いを聞いて上げただけで……」
エリックの袖を引っ張り、俯き加減でフルフルと体を動かし同情を買おうとするマリー。
ジークハルトたちは(やっぱりマリーは純粋な子なのだな)とそう思ったようだが、これも彼女の演技。エリックが騙されることは二度とない。どちらかというと気持ち悪いぐらいだった。
「……」
エリックが告白をしたあの日、マリーは確かに嬉しいとそう言って喜んでくれた。
それにいつかエリックと結婚したいと、そうも言ってくれていたことをエリックは今でも覚えている。
(そうか……君は……僕の初恋さえも無かったことにするんだね……)
エリックはもうマリーの涙を見ても何の感情も浮かばない。
小悪な彼女の中身を十分に理解できたからだ。
「そう、マリー、君の気持ちは良く分かったよ。でもあの当時、僕は本気で君と結婚したいと思っていたし、君のことを愛していると、そうも思っていた……」
「エリック……?」
また告白されると勘違いでもしたのか、マリーの頬がピンク色に染まる。
エリックの服の袖をやっと離し、自分の頬を押さえたマリーを冷めた目で一瞥した後、エリックはジークハルトと向き合った。
「ジークハルト様、我が商会は本当にもう手が一杯で、これ以上ドレスの申し込みを受け付けることが出来ません。もしそれでもと仰るのならば、既製品を使い多少の手直しをしてマリー様に着ていただくしかありませんが、それでは殿下のお相手としては相応しくはないですよね?」
「……ああ、そうだな……既製品では、私のパートナーには相応しくない……それにマリーにも、どこにでもある既製品のドレスなど似合わないだろう……」
「殿下、ご理解いただき、有難うございます」
「いや……これ以上の無理は願えないからな」
マリーの元彼であるエリックに、マリーのドレスを頼むことなどジークハルトが許す筈もなく。
エリックはジークハルトが断りやすいようにと、再度商会の忙しさを理由に断りを告げた。
マリーも既製品では嫌なのだろう。
その顔に「えー」と嫌がるものが出ていて、エリックはその顔を見てやっぱりマリーは問題のある女の子だなと認識をした。
「エリックのお店では無理ってことぉ?」
「ああ、そうだ、マリー、この者の店は諦めよう。だが、ドレスを扱う店は他にもある、既製品ではないちゃんとしたドレスを私に贈らせてくれ」
「はい、ジーク様……有難うございます」
見つめ合い盛り上がる二人を見て、エリックは正直ホッとする。
これ以上マリーに付き合い、エリックまでこの可笑しな集団の仲間だと勘違いされてはたまらない。これ以上彼らとは関わり合いを持ちたくはない、正直それが本心だった。
そもそも男爵令嬢であるマリーがジークハルトのパートナーとして夜会に出ること自体、おかしなこと。
未来の愛人候補だからというのならばまだ分かるが、誰よりも美しいドレスをジークハルトが願い出る時点でそれは違うと分かる。
マリー自身も夜会では一番目立ちたいと、特注のドレスをジークハルトに願い、相応しくない装いを希望している。
(マリーは本気で王妃になれるとそう思っているんだろうな……)
側近たちも皆それを窘めることなどせず、見守るだけの一択だ。
両陛下がジークハルトとシャーロットの結婚を諦めて厳しい決断をした気苦労がエリックにでさえ理解できた。
(マリーは皆に愛されて当然と思っているんだよね……その自信はいったいどこから来るんだろう……)
卑屈になれとは言わないが、マリーは全く自分の立場を理解していない。
まるで卒後式の後の夜会は自分が主役、そう思っているかのようだ。
「では、僕はこれで失礼致します。皆様、どうぞ楽しい卒業パーティーをお迎え下さい」
エリックは商人らしい穏やかな笑顔を張り付け、ジークハルトたちに一礼すると、部屋を出ようとする。だがマリーがそっと近づき「エリック」とまた声を掛けてきた。
「ねえ、エリック、私たちはこれからもずっと友達だよね?」
「は?」
「私たちは幼馴染で大切な仲間……それはずっと変わらないでしょう?」
またウルウルとした瞳でエリックを見つめ、マリーは袖を掴もうとしてきた。
けれどエリックはそれを止め、友人ではなく商人らしい笑顔のままマリーと向き合った。
「マリー、ごめん、悪いけれど、もう君とは友人ではいられない」
「えっ? なんで?」
「ハハハ、なんでか……ハハ、そうだね……君のことを好きだった僕が消えたからかな? 僕はもう君のために何かしたいとは思えそうにないからね……」
「えっ……どういうこと?」
疑問を浮かべるマリーに返事を返すことも無く、エリックはもう一度礼をし、部屋を出る。
マリーへの初恋はシャーロットのお陰で痛いものではなくなったけれど、自分だけが一人舞い上がっていた事実を再確認し、ちょっとだけ落ち込みながらもきっぱりと気持ちが整理出来て清々しい。
「はぁー、シャーロット様に会いたいな……」
マリーと向き合い疲れたエリックは思わずそんな言葉を呟いてしまう。
忙しいシャーロットとは全然会えていない。
きっと卒業まではもう会うことも叶わないだろう。
ジークハルトと婚約解消したシャーロットがいったい誰をパートナーにするのか……
気にならないと言えば嘘になるけれど、自分が相手ではシャーロットに相応しくないことだけは十分に理解できていた。
「シャーロット様……」
「あら、エリック? 呼んだかしら?」
「えっ?!」
思わずシャーロットの名をまた呟けば、別のラウンジからシャーロットが出てきたところで驚く。
周りにはいつもの薔薇の会のメンバーもいて、エリックに笑顔を向けてくれている。
「シャ、シャーロット様、なんで……」
驚きすぎて言葉が出ないエリックを見てシャーロットが優しげに笑う。
「ウフフ、今日は卒業前の最後の出席の日なのよ、放課後貴方を自宅に誘おうと思っていたのだけど……いかがかしら?」
「えっ……?」
思わぬ展開に、エリックの胸はドキッと高鳴る。
マリーのことで落ち込んだ時、いつも救ってくれるのはこの女神、シャーロットその人だ。
エリックは良い笑顔で頷いた。
「シャーロット様、是非、お邪魔させてください!」
「ええ、良かったわ。エリック、私、貴方とお話したいことが沢山あるの、領地のお土産もあるから楽しみにしていてね」
「はい、有難うございます、楽しみです」
商会の仕事が忙しいとか、そんなことは脳裏から一瞬で吹き飛び、シャーロットの申し出をエリックは笑顔で受け入れたのだった。
おはようございます、夢子です。
呼んでくださっている読者の皆様、長い間休んでしまい申し訳ありませんでした。
体調がなかなか戻らず、とにかく寝よう!とそう決めました。
暇があれば寝て、通勤間も寝て、仕事が終われば寝て、休みの日も家事を終えたら寝て、用事の間にも寝て、とにかくたくさん寝て、やっと元気になったと言えます。
昼寝も沢山しました。
本当にね、今回の風邪は長い間引きずりました……
百パーセント元気な日は皆さまも無いかもしれませんが、とにかく毎日怠くて辛くて、咳が長く続いたこともダメージが大きく、本当に辛い一か月?間でした。
気が付けば初夏のような陽気を迎え、慌てて衣替えもいたしました。
今年は花見もしていません、車で桜を眺めた程度、桜を見ながらのお散歩も皆無でした。
この先の投稿ですが、暫くは踏み台令息を続けて投稿し、今月中に終わらせたいと思っています。
魔力塔を楽しみにしてくださっている方は、暫くお持ちしていただけたら有難いです。
こういう時は活動報告でご連絡するべきなのでしょうか?
一度も使ったことが無い機能の為、なんだか勇気が無く?使うことに躊躇っています。w
(今度挑戦します……)
てなことで、ゴールデンウイークも近づいてきましたが今後も夢子の作品を読んでいただけたら嬉しいです。皆様、宜しくお願いいたします。




