07:異志
僕がいた。ただ釈然と。目鼻立からして、また身長からして、どこからどう見ても僕である。されど、僕の目の前のそれは鏡の写した像などではない。確かな質量をもった「実体」なのだ。
僕は「僕」を前に唖然と立ち尽くした。訳が分からない。思考を破棄し、脳から情報をシャットアウトしようと——した時に、一つ気掛かりな点がにわかに浮上した。(前にいる「僕」を「奴」と仮称すると)「奴」は僕と同じ様に右手に銃を持っていたのだ。別に「奴」が持っていても不思議でなない気もするが、どうも僕にはそれが引っ掛った。僕が「奴」の銃に目線を落としていると——それはゆっくりと上がってゆき……。
気づいた時にはもう遅かった。「奴」の銃の照準は、僕へと定まっていた。僕は大慌てで銃を構え返した。だが、「奴」はたじろぐ素振りを見せなかった。見せなかったのだが「奴」は泣いていた。悲しげに。苦しげに。なぜかは分からない。ただ泣いているのだ。撃つのが怖いのだろうか、それとも撃たれるのが怖いのだろうか。どのみち僕の知ることではない。
そしてこの時、極限状態において僕は酷く冷酷であった。隙をついて躊躇なく「奴」を撃ったのだ。同時にずしりとした反動に襲われ、思わず銃を放り投げた。肝心の「奴」はというと、血反吐を吐いて倒れこんでいた。偶然だが弾は「奴」の左胸を貫いていたのだ。倒れた「奴」を確認して僕はほっと一息をついた。
僕はなぜこの様な選択をしたのか。答えは明確であった。僕は「奴」、いや「僕」が嫌いだったのだ。見慣れた髪、眼、鼻、口……。全てが嫌だった。「僕」は「僕」を肯定できなかった。同じ「僕」であるが、「僕」にとって「奴」は憎悪の対象でしかなかったのだ。などと考えていると、瞬時、戦慄が走った。
「奴」四つん這いになりながら、血まみれの体を、ものともせず、銃口と憎悪に満ちた視線をこちらへと向けてきたのだ。僕は恐れ戦き、パニックに陥り身動きがとれなかった。銃口の恐怖もさることながら、「奴」の眼は異常だった。全てを否定する様な、人を殺しそうな、そんな視線だったのだ。
途絶えそうな思考回路を急速に稼働させる。「奴」の服の左胸は真っ赤に染まっているのになぜ動けるのだろうか。いや、違う。僕はそもそも忘れていたのだ。この不可思議な場所において常識などない。一体全体何がなんだか分からない空間で予測などできる訳がないのだ。「奴」はもう動けないだろうと高を括った罰であろう。しかし、どうしたものだろう。僕に為す術は……一つしかない。足元に落ちている「僕」の銃を拾い、「奴」を撃つ。他に助かる方法はないだろう。
血走った眼の「奴」をよそに、僕は銃を拾い上げようとしたが、遅かった。遅すぎた。僕は「奴」に左胸を撃ち抜かれた。
*
痛い……苦しい。痛さを通り越して気怠い。胸から噴き出した血はたちまち制服を染め上げた。また、胃からも血が上がってくる。苦しい。ただ苦しい。息が詰まる。噴き出す血は止まらない。弾は肉をくり抜き貫通していて、背中からも血が溢れてくる。もう僕は死ぬのだ。これで終わりなのだ。訳の分からない場所で、訳の分からぬまま死んでいくのだ。
僕は現状に絶望した。苦しい。痛い。血は止まらない。気を失いそうになりながら、必死に意識を奮い立たせる。と、その時、僕は一連の出来事について悟った。痛みはある。気怠さもある。だが、若干ながら「苦しさ」が徐々に和らいだのだ。僕はおぼつかない手で直ぐさまブラウスのボタンを開け、真っ赤に染まり、もう水分を吸えない程に重くなった裾で、左胸の血をなんとか取り除いた。すると……。
ある意味予想通りであった。傷がなかったのだ。血は確かに出ていたし、痛みもあったことを鑑みると、傷口が突然「塞がった」と考えるのが妥当であろう。やはり、「奴」も同じだったのだ。酷い。悪趣味だ。無意味な争いが終わることがないのだろうか。
たが、まだ決まった訳ではない。残る弾は恐らくお互いに四発ずつ。この空間に「死」があるのなら。次こそ。次こそ決着を。




