06:遺志
遥か上から差してくる光明は僕がここに「落ちてきた」時よりも強くなっており、外は薄明るかった。それでも決して明るく感じないのは、床がそうであった様に見えない「壁」も、見えない「天井」も全てが「黒」で支配されているからであろう。骸骨の雨はもう止んでいたが、床一面が白銀、と言うより白骨の世界であった。この短時間でどれ程降ったのだろうか。頭蓋骨は僕のかかとがすっぽり埋まるほどに積もっていた。
闇の中から。悲鳴や、怒号や、泣き声が聞こえてくる。絶え間なく続く銃声や砲撃音が、緊迫した空気を醸し出している。ほんの数分前の静寂は消え去り、「黒」の空間は戦場と化していたのだ。だが不思議なことに、叫び声や銃声は嫌でも耳に入ってくるものの、周りに人影は見受けられなかった。
僕は違和感を覚えた。人の気配はそこらじゅうにあるというのに、「人自体」はいないのだ。しかし、悲しみ、苦しみ、憎しみ、憤りといった「人の感情」は、この場の空気が、否応無く存在を証明していた。
轟音が響く。砲撃はまた「建物」に直撃したらしく、僕の後ろのそれは呆気なく全壊した。
思考を中断し、とにかく力の限り走った。「感情」と同じくらい確実に「兵器」が存在しているのだ。どこへ走ろうと辺りは戦場だが、走らない訳にはいかなかった。怖いのだ。死のうとした者が死を恐れるなど滑稽であるが、とにかく怖いのだ。たとえ気休め程度の安息でも、それに縋らなければとても正気を保ってはいられない。そうして僕は走り続けた。
全力疾走は体に応える。数分間走っただけで息切れを起こし、立ち止まった。まだ「建物」から一キロも離れていないだろう。積もりに積もった骸骨に何度も足を取られたのだ。
そして、今になって右手に銃が握られていることに気が付いた。自分から掴んだ気もするが、何分慌てていたものだから、ほとんど無意識のうちの行動だったのだ。手を震わせながら銃をまじまじと眺める。リボルバーには、弾が五つ入っていた。比較的新しい銃の様で、光沢を放っていた。
*
「助けて…。痛いよ。」
近くで突然声が聞こえた。幼い、四、五歳ほどの少女の声だ。僕は銃を握ったまま急いで声の方へと向かった。
声の聞こえた付近に着いたものの、少女の姿はなかった。どこかに隠れているのだろうか。
「お願い。助けて」
再び声が聞こえた。今度は足下からだ。僕は瞬発的に二歩ほど下がると、積もっている骸骨を慎重に取り除き始めた。
「今…。今助けるから」
しかし、掘れども掘れども少女の姿は現れず、黒い床へと突き当るのみだった。周りも探したが同じであった。すぐ近くに「意思」、「感情」が感じられるのに「実体」が無いのだ。先ほどと同じ違和感に襲われる。やはりどこか不気味である。ついに少女の声は二度と聞こえなかった。
程なくして疲労のあまり睡魔が伸し掛かってきた。僕はしばらく寝ていなかったのだ。時間経過が分からないのでなんとも言えないが、一日中起きている様な気がする。銃声は遠くの方で聞こえるが、ここで寝ると危ない、と悠長なことを言ってられるほどの余裕は僕には無かった。重い不安を押しのけ、夢であって欲しい、と一抹の希望を胸に僕は倒れる様に横になった。
*
遠くから聞こえる微かな銃声で目が覚めた。何時間眠っていたのだろうか。未だ緊迫した空気は立ち込めているものの、幸いにも怪我一つなく無事であった。夢は見なかったが、「こちら」で眠ることができたということを鑑みると、やはりこの「世界」は幻ではないようで、僕はますますどうしたものかと困窮し、深く溜め息をついた。
未だ消えない眠気と疲労に押し潰されそうな僕はしばらく座っていることにした。すると、突然背中に悪寒が走った。後ろを絶対に見てはいけない。そんな気がする。とても大きな、今までとは比べ物にならないくらいの気配を感じるのだ。
あまりの威圧感に戦きながらも、恐る恐る後ろ振り返った。すると、そこには……。
確実な「存在」、「僕」自身が立っていたのだ。




