04:破片
静寂と漆黒だけが支配する「世界」、宇宙。
僕はその空間を吸い込まれる様に「落下」していた。
当然、宇宙は無重力だ、息ができない筈だ、などと思惟を巡らせられるほど僕の心に余裕は無かった。
流れる暖かな滴は、何度も僕の頬をなぞってゆく。
僕の頭の中は、様々な感情が犇めき合い、幾度にも染められた結果、宇宙と同じ黒になっているらしく、思考は完全に停止し、呆然としていた。
視界に入る風景ーー「宇宙」には、星々が無機質に煌めいている。
言い知れぬ孤独感と寂寥が、涙と共に溢れ出す。
だが僕はーーー何もできない。
止め処なく感情だけが無慈悲に垂れ流されてゆく。
そうして僕は身の周りの変化にすら気付けなかった。
相変わらず無数に浮遊している三角形は、先程まで、薄紅や群青、黄緑と色とりどりであったが、その全てが、色が抜け落ちた様に半透明な「白」になっていた。
落下速度は徐々に上がってきた。速度に伴い、烈風が僕の体を襲う。だが、僕にとってそれは些々たるものだった。
僕はただ魂の抜けた様な目で、未だ纏わり付いている数十の「白い」三角形を見ていた。
何時間経ったのだろう。(数時間程度しか経っていないのに)地球はもう豆粒程の大きさになっていた。周りに見えるのは星々と三角形のみ。物も人も近くには見当たらない。
僕は地獄にでも向かっているのだろうか。それともこのまま永遠と宇宙に落ち続けるのだろうか。
こんなことなら…。今頃になって自殺への後悔が募ってきた。僕の心は漠然とした恐怖と不安を抱えていた。
それから僕は、落ちて、落ちて、落ちて落ちて落ちて落ちて落ちた。時間感覚は定かでないが、軽く五、六時間は自由落下している。
すると下の方にーーー遥か下にーー厳密に言うと「無」が「有る」のだ。いつの間にか、僕の下の空間から星々が消えていた。僕の頭上にも左右にも、これでもかと星が輝いているのに、下側一面に星が無く、何も見えない。ここが「宇宙の果て」なのだろうか。
ふと気がつくと、無数の三角形は角がとれて丸く、と言うより球体になっていた。サッカーボール程度の大きさである。そして僕と共に漆黒の「下」へと落下してゆく。つい先程までペラペラと空中浮遊していたとはとても思えない。僕に纏わり付いていたものも、いつの間にか「球」になっていた。
「無」が近づいてくる。僕はどうなるのだろうか。常識的な範疇が及ぶ話では無い。
「無」に限りなく近づいた時、まるで衝突を回避するかの様に落下速度は緩やかになった。そして僕はスローモーションの様に落ちてゆき…「無」に降り立った。僕の足の下のそれは、「無」ではなく「黒い床」であった。一面が真っ黒な床で、黒い宇宙と完全に同化していた。
数時間振りに両足を地につけた僕は、どうも足に力が入らず、蛆虫の様に這い蹲った。周囲は真っ暗だが、上から差してくる申し訳程度の光が、微かながら状況の把握を助けた。
ーーコツン。何か固いものが軽く頭に当たる。痛くはなかった。だがそれは僕にとっては衝撃であった。ぶつかった「もの」は俯せの僕の頭を転がる様に目の前へと落ちた。そして空っぽの両目が僕を捉えた。
落ちてきたのは「人」の髑髏であった。僕は動揺のあまり、目を背けようと上を見上げた。すると、上には「宇宙」も「三角形」も「球」も無く、雪の様に髑髏が降り注いでいた。




