第15回
客席から声が乱れ飛ぶ。そのコールは,わたしをスルーして,すぐ後ろに注がれてる。
意味がわからない。なぜかわたしは,金髪マッチョな外国人とステージ上にいる。
「いいぞ,ラッセン!」
「イチバーン!」
男性は,ビキニブリーフ1枚で,キレキレのダンスを続けてる。鍛え上げた小麦色の筋肉がライトでまぶしい。よく知らないけど,昔人気があった画家とかレスラーに似てるらしい。なんだか,伯父さんのプロレスネタ率が上がってきたみたいだ。
「どうもありがとうございます。」
1曲目が終わった。近い。近いよ。ラッセン。わたしは,ちょっと前に踏み出して,頭を下げる。
「ありがとうございます。美宙祈withラッセン(仮)です。」
笑いが起こった。自分で言うのも変だけど,なんか適応力ついてきた気がする。
「あ。よかったですよね?ラッセンさん,で。」
「オッケー!金髪でロン毛なら,何でもいいよ。」
隊長が,すかさず応える。世代的には,わたしに近いはずだけど…伯父さんから,きっちり仕込まれてるってことだ。
「突然ですが…浴衣です。」
わたしは,両手を広げて,その場で一回転する。やっぱり近いってば,ラッセン。ちょっと顔が引きつった。でも,それに関係なく拍手が起こる。
「ありがとうございます。ガラにもなく夏っぽいことしてみました。」
また拍手が起こった。汗が首筋を流れ落ちてく。今さらながらだけど,浴衣って意外と暑い。
「それにしても,暑いですね。熱気,すごくないですか?ちょっと水分補給しましょう。」
わたしは,ボトルの水を口にした。ほんと暑い。お客さんの頭から湯気が見える気さえする。それにしても…ステージ前は,すっかり様子が変わってた。カフェの常連はもういない。「BOYZ」や,タキモトさん,それに「おまいつ」になりかけの人とか…いつもの光景だ。
「では,みなさん。準備はいいですか。次は新曲なんですが…」
勝負どころで新曲。ふつうに考えれば,結構リスキーだったりする。だけど…
「実は,みなさんの協力が必要です。さあ,首にかけたタオルの出番ですよ。」
わたしは,「お布施タオル」を広げてかざす。すぐに「BOYZ」が続いた。
『やっぱり夏だからさ。必要なんじゃないの,タオル曲とか。』
いつものことだけど,伯父さんの思いつきだ。確かに,夏のライブでは定番って言える。
「みなさんも,考えてるんじゃないかと思うんですけど,ここにいる人って,たぶん夏が似合わない人が多いと思うんですよ,特にわたしとか。」
ところどころから笑いが聞こえた。うなずいている人もちらほらと…
「だから,たまには夏らしいことしてみませんか。あ。大丈夫ですよ。他のアイドルさんのタオルでも。遠慮しなくていいですからね。」
「DD大歓迎!!」
「です。」
隊長との掛け合いが決まった。わたしは,場内を見回す。後ろのほうまで,みんなタオルを手にしてる。でも,伯父さんのことだ。ただの「タオル回し大会」で終わるはずない。
「あの…みなさんも知ってるかもしれませんが,たぶんこの後,マネージャーがどうしようもない演出を用意してると思うんですよ。まあ,今日はとことんらしくないことをするって意味でも,おつきあいしてもらえると,ほんとにうれしいです。」
会場が拍手と歓声に包まれる。わたしは,ホールの奥に目を凝らした。ラッセンは,フロア後方から文字通りサーフィンで現れた。ボードに乗って,人波を渡ってステージまで来た。
「では,聞いてください。『君の名は,サマー』!」
ピアノのイントロが静かに流れ始める。わたしの視線は,変わらずフロアの奥。次に来るのは,水着の女の子とか?ヲタ受けを狙うんなら,スク水かもしれない。ビート板?とか抱えてたりして。それはともかく,もう歌い出しになってる。
『僕が初めて君を見かけたのは,去年の7月/夏服が風に揺れる頃/雲のすき間から降ってきた光が/まぶしく君を照らしてた』
きれいなメロディーなのに,お客さんは半笑いだ。それも当然で,アイドル好きなら誰でも知ってる名曲のパロディーになってた。時間がなかったにしても,ひどすぎる。
『いつだって無表情/能面人間/そう呼ばれてたこんな僕にチャンス到来』
一瞬のブレイク。そして,一気に音量が上がると,曲調はサンバに変わる。わたしは,タオルを持った右手を挙げる。
「サビ,行きます!タオルお願いします!」
わたしは,力いっぱいタオルを振り回す。待ってたみたいに客席も合わせてくれた。照明が色を変えながらフロアを駆け巡る。
『こんなに好きになるなんて/きっとそれは夏のせい/君の名前はサマー/やっと気づいたよ』
何かがわたしのうなじに当たった。ラッセンの汗のしずくだ。でも,不思議と気にならない。ただ目の前の光景に見とれてた。
『観音サマー!大仏サマー!お地蔵サマー!お・ね・が・い!』
わたしは,下ろした手を一気に突き上げた。「お布施上等」の文字が宙に舞う。フロアでも色とりどりのタオルが飛び交ってる。大げさかもしれないけど,ちょっと感動した。アイドルがみんな「タオル曲」をやりたがる意味がわかった気がした。そして,曲は間奏になって…
「おい。あれ。」
隊長が後ろを振り返る。「BOYZ」のメンバーもそれに続いた。やっぱりきた。観客の頭上をボードで進んでくる人が…2人いる。わたしの予想は大外れ。両方とも男性だった。白い着物に長い髪。三角の白い布が額に…ベタな日本の幽霊だった。
「みなさん,気をつけてください。うかれた人が来てますよ。」
わたしは,悪ノリした客として扱うことにした。準メンバーとかダンサーじゃなくて。それは,2人がステージに近づいたとき,正解だとわかった。板に「和式」という文字が見えた。まさか。そう思って見ると…もう1枚は「洋式」だった。
『トイレの花…』
思わず叫びそうになった。バカすぎる。トイレから戸惑いながら出てきた人たち。あれは,個室のドアがなかったから…
『もし君とつきあえなくても/そのまぶしさを僕は忘れない/どんなときも君を思って常夏気分で過ごしていこう』
続けるしかない。あきれながら落ちサビを歌った。フロアはというと,わたしと違って,なんか盛り上がってる。
「みなさん,最後のサビです。またタオルお願いします!」
昔流行したホラー映画のシーンみたいだ。「和式」と「洋式」がステージによじ登ってくる。2人は,すぐにラッセンに合流して,踊り始めた。フロアは,またタオルの波がうねって…
『えっ!?』
歌が途切れそうになった。また何か近づいてくる。今度は,かなり大きいボードみたいだ。お客さんたちが,前に送るのに苦労してる。曲は,もう大サビだから,これがトリのはずだけど…
『こんなに好きになるなんて/それは絶対暑さのせい/君の名前はサマー/もう忘れられないよ』
ライトが「サーファー」をとらえた。光ってる!裸?で,全身に金粉?
『観音サマー!大仏サマー!お地蔵サマー!お・ね・が・いっ!』
またタオルが浮き上がった。と思うのも一瞬。それぞれのタイミングで,持ち主の手に帰ってく。やっぱりきれいな景色だ。でも,わたしの意識は,もうそこにはなかった。
「ご本尊キターッ!!」
隊長が,そう叫んだみたいだ。仏像?というには,あまりに罰当たりな姿だった。だって,肌に金色の塗料をまぶして…頭に粗末な飾りがのって…
「もっかい,いくよっ!」
わたしは,タオルを放り投げる。もう力任せだった。それから,戻ってきたところに手を伸ばした…けど,指をすり抜け,落ちてく。
『あっ!』
ご本尊が両手を大きく振り回した。と思ったら,すぐに視界から消える。バランスを崩して落ちたんだ。それで,無人になったボードだけ…スピード上げて…前に…えーと,あれって…ドアじゃなかった。でも,どこかで見た気がする。文字が見えた。このライブハウスの名前?わたしは,また心で叫んでいた。
『世界はそれを看板と呼ぶんだぜ!!!』
頭の中を漢字2文字が駆け巡る。失格…退場…追放…出禁…炎上…
「よお!」
肩を叩かれて,思わず飛び上がる。通り過ぎてくスタッフが不審そうに見てる。
「え。あ。レ,レッドさん!」
「レッド?おい。おい。あたしだって,ちゃんと名前があんだよ。ハンセン元木,っていうんだけど。」
「パンドラちゃん」のレッドさんだった。そういえば,そんな名前だっけ。それはともかく,肩がヒリヒリする。
「なんだよ。つっこまないのかよ,ハンセンも元木も苗字だとか。ほら。ハンセンなのになぜ関節技とか…」
レッド,いや元木さんはブツブツ言ってるけど,まったく意味不明だった。というか,どうでもよかった。わたしが気にしてるのは…
「おめでとう。やってくれると思ってたよ。それでこそあたしらに勝ったアイドルだ。」
そう,わたしは勝った,とりあえずは。でも,今…
「それにしても,やられたよ。あんたもプロレスやるって,知らなかったからさ。」
「えっ!?」
いや。いや。やってないし。わたしの戸惑いに一切構わず,元木さんはさわやかな笑顔で続ける。
「跳び技はこっちのレパートリーになかったしな。でも,また勝負しよう。今度は,もっと技を磨いてくるよ。」
元木さんは,軽く手を振って去ってく。すがすがしいまでの筋肉バカだった。それより…わたしは,スタッフルームのドアに目をやる。
―『銭ゲバちゃん逆転勝利!でも,さすがに反則?』―
―『投票では勝ったけど,今,スタッフが審議してるみたい』―
対戦後すぐツイッターを見ると,そんな書き込みがあった。やっぱり,伯父さんが宣言したとおりだ。思い切りやらかしてくれたし。そりゃ,100パー止めますよ,知ってたら。道場破り?っていうんだっけ。小さい頃,時代劇で見たことある。看板を粗末に扱われるのは,いつの時代も屈辱だと思う。それを…
「あっ。」
思わず声がもれる。ドアが開いて,人が出てきた。わたしは,反射的に駆け寄ると,小声で訊く。
「どうでした?」
「あ。余裕っすよ。」
「うん。マネージャーさんが用意してくれた金渡したら,受け取ってくれたから。」
拍子抜けするような答えだった。スタッフに誤りに行った3人だ。「ご本尊」と「和式&洋式」だけど,素顔になると誰が誰だかわかんない。ごく普通の青年にしか見えなかった。
「まあ。口では厳しいことも言ってたけど,なんていうか,目が笑ってる,っていうか…」
目が笑ってない,って言うけど,その逆は聞いたことない。伯父さんと同じ種類の人間がここにもいた,ってことみたいだ。とにかく助かった。
「じゃ,俺らはここで。」
「またなんかあったら声かけてください。」
「決勝,頑張ってね。」
3人は笑顔で去ってく。伯父さんが,ネットで探した劇団員とか,芸人のタマゴとか,まあそんなとこだろう。とりあえず,悪い「バイト」じゃなかったようだ。
「祈さん。おめでとうございます。」
また背後から声をかけられた。振り向くと,まどかさんの笑顔があった。
「まどかさん…ご,ごめんなさい!わたし…」
思わず,そう言って頭を下げた。まどかさんの手がわたしの肩に触れる。
「なに謝ってるんですか?顔を上げてください。」
まどかさんは,ずっと年下のわたしにも敬語。初めて会ったときと同じだ。どこにいてもメイドとしてやり切ってるってことだと思う。
「でも,わたし…」
ほんとに気まずい。まどかさんと目を合わせるのがつらかった。
「会場,盛り上がってましたね。すごかったです。」
まどかさんは,無邪気というか,落ち込んだ様子はない。もう同じメンバーでステージに上がれないのに。とても負けた相手と話してると思えなかった。
「やっぱり,激しいパフォーマンスが必要だったんですよね。わかってたんだけど,かなり浮いてるって。」
「そんな…わたし負けてるって思ったんですよ。歌もダンスも。」
勝てたのは,インパクトのせいだ。わたしの実力じゃない。自分でも十分すぎるほどわかってる。
「そんなことないです。ハードロックを歌って様になるメンバー,うちにはいませんし。とにかく安易だったんですよ。メイドだってアイドルとしては異色かも,なんて気楽に考えてたから。」
まどかさんは,すっきりした表情だった。本気で負けたと思ってるのがわかる。だから,余計に心が苦しくなる。そう。苦しい。苦しいんだけど,でも,言わなきゃならないことがある。少し目をそらして,訊くことにする。
「まどかさん。あの,アイドル,やめちゃうんですか?」
返事は聞きたくない。それなのに,すぐにまどかさんの口が開く。
「それなんですが,さっきみんなで決めたんです。お店はなくなるけど,アイドルはやめない,って。第2回があるなら,今度は優勝しようって」
「え…」
意外な返事で言葉につまる。でも,それはうれしい驚きだ。
「ごめんなさい。気を遣わせてしまったみたいで。自分のせいで解散が早まった,なんて思ってたんじゃないですか?」
わたしは素直にうなずいた。まどかさんが、大きく横に首を振る。
「むしろ逆ですよ。祈さんに負けたから,もっと頑張ろうと思えたんです。だから,続ける理由をくれたと思って,胸を張って決勝で戦ってください。」
どうしても言葉が出てこない。もどかしくて嫌になる。
「それで…」
まどかさんは,ポケットから何か取り出す。見覚えがある薄紫の布だった。差し出されて気づく。衣装のリボンだ。
「これ,祈さんに持っていてほしいんです。」
まどかさんは,ライブのあいだ何度もリボンに手をやった。言われなくてもわかる。すごく大事なものだ。
「でも…」
わたしの右手は,動こうとしない。スカートのひだを指でつまんだまま…
「実はね,こういうの一度やってみたかったんです。高校野球でありますよね?ほら。」
「あ。千羽鶴?」
「そう。それです。」
思い出した。高校野球で負けたチームが,勝ったチームに千羽鶴を渡す。体育会系のまどかさんらしい発想だと思った。正直,ちょっと重い。でも,わかってる。それは,背負うべき重さだ。だから,わたしも,体育系っぽい対応をしようと決めた。全然キャラじゃないけど。
「ありがとうございます。」
手を伸ばして,リボンを受け取る。そして,まどかさんを真っ直ぐ見て言った。
「絶対勝ちます。決勝の相手は,わたしにとっていつか越えなければいけない壁なんです。」




