第14回
人間っていうのは…じゃなくて,わたしは勝手だ。集団行動が嫌いなくせに,時々うらやましくなる。グループで楽しそうにしてるのを見ると。まあ,わたしだって,少し前までは,軽音でバンド組んで,彼氏もいて,リア充に見えたかもしれないけど。
「アイドル異種格闘技」準決勝。わたしは,「定位置」で対戦相手のライブを観てた。お客さんの頭越しに,20人ほど女の子が見えてる。「エンジェルズ・ガーデン」。彼女たちは,お店の名前が,そのままグループ名になってた。
そう。あの日,アキバで健闘を誓い合ったまどかさんのグループだ。
制服をきちんと着たメイドさんたちは,息の合ったフォーメーションダンスを見せてた。店内に常時こんな人数がいるわけない。だから,仕事が終わった後とか休日に集まったんだと思う。その練習の成果が,ちゃんと現れてた。
後で知ったんだけど,まどかさんは「メイド長」で,ライブでも中心になってる。メンバーの数を考えただけでも,すごいって思う。集団を仕切るどころか,所属するのも苦手なわたしから見たら,別世界の話だ。だから,これまでの対戦とは違った意味で,「異種格闘技戦」になってた。
それだけじゃない。白が基調のメイド服は,すごく清楚な印象だ。だから,やさぐれたアイドルが多いこのイベントでは,逆に「異色」の存在になってる。ライブ前に,伯父さんが言ってた。
『やられたって感じだな。あの子たち,別に狙ってるわけじゃないんだろうけど。』
『なんか,ほっとしますね。いろいろ言っても,きっちりまとまってると,強いってことですかね。』
隊長も,「DDぶり」を発揮して,コメントした。確かに,かわいい女の子がきれいなメロディーを歌えば,それだけで「成立」する感じがする。
指でハートを作ったり,スカートの裾をつまんでみたり…決めのポーズのたび,メイドさんたちが微笑む。同性から見ても,かわいい。当然といえば,当然なんだけど。だって,彼女たちは,「スマイルのプロ」みたいなものだから。
それと,これもブログでわかったんだけど,まどかさんは,ずっとバスケ部だったらしい。それもかなり強い学校で。高身長だから,イメージ通りといえばイメージ通りだ。でも,ガチで体育会系の人とメイドカフェって,わたしのなかでうまく重ならない。
体育会系の人が苦手だ。でも,嫌いっていうのは,違う気がする。スポーツしてる人って,何でも素直に受け入れてるみたいに見える。それで,ひねくれた自分にも,同じ調子で話しかけてくる。それが息苦しくなって,その場から逃げ出したくなる。
じゃあ,嫌いな人間のタイプを訊かれたら…「個人主義じゃないヲタク」って答えることにしてる。わたしだってヲタク気質だから,周りから見たら一緒かもしれない。でも,違う,と思う。自分の世界があって,他に影響されもしないし干渉もしない。わたしは,それがヲタクのいいところだって思う。学校で,ヲタクが場を仕切ろうとして,惨状になることがあるけど,ほんとわかってない。
だから,結局,アイドルと言っても集団だから,グループを仕切るのは体育会系のほうがいい,ってことになる。思い出した。そうだ。初めて会った頃,伯父さんが同じような話をしてた。先回りされたみたいで,またくやしくなる。やっぱり,よく考えてる,なんて。
視線をちょっとずらした。フロア最前には,揃いのTシャツが並んでる。背中には,丸みのあるロゴで,店の名前がプリントされてた。ネットの書き込みを思い出す。
―『今回は,不利かもしれないけど,頑張って。』―
―『浮動票をどれだけ集められるかがカギ』―
そう。最前に陣取ってる人たちは,店の常連だ。言われるまでもない。彼らの「固定票」を持ってる彼女たちが有利なのは間違いない。
でも,それだけじゃない。問題は…
「ありがとうございます。『エンジェルズ・ガーデン』です。よろしくお願いします。」
まどかさんの言葉を合図に,メイドさんたちが頭を下げる。そのタイミングも完璧に揃ってる。カオスなパフォーマンスが多いイベントに逆らうように,すべてが調和してた。
「またステージに上がる機会を与えてくださって,本当にありがとうございます。」
大きな拍手が起こった。歓声を浴びて,彼女たちが笑う。なかには,泣き笑いみたいな表情で肩を抱き合うメンバーもいた。まどかさんが続ける。
「ご存じの方もいらっしゃると思いますが,わたしたちのお店は今月末で閉店します。」
「えーっ!!」
他の3組のファンだろうか。わざとらしい声が上がった。常連らしき男性が,振り向いてにらむように見回す。でも,まどかさんは,嫌な顔を見せる代わりに,軽く頭を下げた。
「…負けたら,このメンバーで歌うこともなくなります。だから,本当にうれしいんです。こうやってもう一度ステージに立てるのが。」
さらに大きな拍手が起こる。メンバーのお辞儀の角度も,比例して大きくなる。しかたないことだけど,どうしても思ってしまう。ずるい,って。
負けたら終わり。そう言われたら,ファンは必死に盛り上げる。ファンじゃない人だって,応援したくなる。だって,高校3年の部活の試合みたいで,すごく感情移入しやすいから。
白い制服と偽の札束。気づいたら,わたしは悪役になってた。
「この5年…たくさんの人と会えて…いろいろなことがあって…話したいことは,まだまだあるんですけど…」
まどかさんは,言葉につまって,視線を落とした。胸のリボンを握る手が震えてる。メンバーが近寄って,肩に手を伸ばした。
「まどかちゃん!」
「頑張って!」
あちこちから声援が飛んで,サイリュームが大きく揺れる。まどかさんは,マイクを通して,大きく息を吐いた。
「気持ちは全部,次の歌に込めることにします。聞いてください。『僕らのアキバデイズ』。」
大歓声に迎えられ,2曲目が始まる。曲調は,軽快なポップチューンだった。ロック系の曲が中心のイベントだけど,もう違和感はなかった。MIXに続いて,自然と手拍子が起こる。
歌詞の内容は,居場所がなかった人たちがアキバで出会って,夢を見つけるという話。1回戦のMCでメンバーの作詞だと言ってた。自分の体験にリンクしているんだろう。半分くらいのメイドさんが涙目になってる。
時間は過ぎてく。彼女たちの活動は,確実に終わりに近づいてる。日頃,ぼーっとしてたら気づかずに過ぎてしまうような数分間。そのなかで,輝きを刻み付けるように歌って踊る。わたしのライブとは違う種類だけど,会場は大きな熱に包まれてた。
最後になるかもしれない曲。それも,もう2コーラス目に入ってる。メンバー同士のアイコンタクトが増えてきた。何を伝え合ってるんだろう。一度しか店に行ったことのないわたしには,わからない。でも,間違いなく,そこには5年という「歴史」の重みがある。それだけはわかった。
常連客だって必死だ。最後かもしれないのは同じだから。ステージの上も下も。落ちサビに入ると,悲鳴みたいなコールが乱れ飛ぶ。声が枯れて,誰の名前か聞き取れないようなものもあった。そして,大サビ…
爆発するように声量が上がる。でも,それは一瞬だけ。1人。また1人。泣き出して,マイクを口から離してしまう。ここでも,気遣うような視線が交差する。そのなかで,ただ一人。まどかさんだけが,まっすぐ前を見て,歌い続けてた。
「メイド長」として,そして,最年長としての責任感からだろうか。客席の光景を目に焼き付けておくためなのか。きっと,その両方だと思った。
「こっちは準備オッケーだから。」
伯父さんに声をかけられても,しばらく気づかなかった。わたしは,楽屋の外で,ドア近くの壁にもたれてる。
「ほら。聡ちゃん。」
「…あ」
逃げ出したい気分のわたしに,伯父さんは優しい声で話し始めた。
「大丈夫。想定内だよ。何でもありなのが売りのイベントだから,逆にベタな展開なのが目立ってるだけ。」
「先攻だったらよかったのに。」
わたしはつぶやいた。そう。先にライブが終わってれば,いろいろ考えなくて済む。っていうか,もちろん,考えるけど,ライブ自体はいつも通りの気持ちでできる。
「そうかもしれないけど,抽選の結果は,どうにもできないことだからね。でも,少なくとも,ここで話せたのは,よかったと思うよ。」
この対戦では,凝った演出も許されてる。だから,準備時間もそれなりに取れる。伯父さんの言うとおりだ。彼女たちと入れ違いでステージに上がったら,間違いなくグダグダだったと思う。
「そういえば,準備って…」
大事なことを思い出した。この数日繰り返ししてきた質問が口をついて出る。
―『準決勝の演出については,美宙本人にも知らせておりません』―
わたしの公式サイトにアップされた伯父さんからのメッセージだ。
―『本人の表情を含めたリアルなサプライズをお楽しみください』―
こんなこと書かれたら,普通なら誰でも考える。そう言いながら,実は知ってるんでしょ,って。でも,わたしはリアルに何も知らない。
「何度も言ってるよね。それ知ってたら意味がない,って。」
伯父さんは,あきれたみたいに笑う。でも,迷惑そうな様子は少しもなかった。純粋に心配してくれてるのがわかる。それで,わたしも,できるだけ冷静に話そうと決めた。
「意味ない,っていうか,知ったら,わたしがとめるようなこと?」
「うん。100パーセント。」
言い切った。いつものわたしなら,すぐに言い返すだろう。ほんとにやめて,って。だけど,追い込まれてる状況だから,逆に期待してしまうわたしがいる。
―『運営に秘策があるらしい』―
―『秘密にするくらいだから,壮絶にバカなのが期待できそう』―
サイトを見るたび書き込みが増えてた。「BOYZ」が拡散に貢献してるのは間違いない。たぶん,彼らは…少なくとも隊長は知ってる。だって,わたしの相方である前に,伯父さんの片腕だから。
「ほんとは,演出とかなしで勝負できたら,って思ってたんだけど。」
わたしは正直な気持ちを口にする。伯父さんは,ちょっとだけ笑った。
「金かけてバカなことやって勝つのは申し訳ない?」
「うん。っていうか…」
「前から思ってたんだけど,意外と気を遣うんだな。」
伯父さんは,わたしの目を見て言った。からかうような感じじゃないから,照れくさくなる。だから,そう気づかれないように,わざと乱暴に答える。
「意外と,は余計。」
「そうかもね。でもさ,これは,なんていうか,バカやって盛り上がるイベントだよ。彼女たちだって,わかって出てるんだし。事情はわからないけど,他に出られる適当なイベントがなかっただけなんじゃないかな。」
そのとおりだ。でも,やっぱり…って思ってしまう。
「つまりは,彼女や常連客の居場所を奪うような気がして,つらい,ってことかな。」
伯父さんが代わりに言ってくれた。あの日行った「エンジェルズ・ガーデン」の様子を思い出す。眠気でボロボロだったけど,あったかい雰囲気は覚えてる。
「わかってるんだけどね。わたしには関係ないって。」
「そう。関係ないよ。あと1回ステージに立つ機会があるかどうかだけ。今月末には,どうやったって終わりが来るから。それに前にどこかで聞いたんだけど,メイドカフェの寿命って,平均1年くらいなんだって。」
フェスで感じた。アイドルには時間がない,って。メイドさんも同じだった。メイドでアイドルなら,なおさら…
「やっと見つけた居場所か…それに,5年の歴史…確かにね。でもさ,見方をちょっと変えてみれば…」
伯父さんは話し続ける。マイナス思考に落ちそうなわたしを引き留めるみたいに。
「運がいいほうなんじゃないかな。彼女たちもお客も。だって,もうすぐなくなるけど,一度は居場所を見つけられたんだから。それも,5年も続いたんだよ。」
「あのね,わたしも,前から思ってたんだけど…」
「うん?」
「めちゃくちゃポジティブだよね。っていうか,どんなことでも都合よく考えられるっていうか。これも,才能だといえば才能だと思うよ。」
とりあえず言い返してみた。そのほうがお互いに楽だと思ったから。
「やっと気づいたんだね。隊長なんて,会ってすぐに,俺のすごさに気づいてたみたいだけどさ。」
「あーあ。隊長も,最初は普通に好青年だったのに,だんだん染まってきたよね。人間関係って大事なんだって,よくわかったよ。」
「おっ。調子出てきたね。いつもの教祖様になってきた。」
なぜだか泣きたくなる。でも,ここで泣いたらダメだ。いろいろな意味で。
「そうだよ。だって,わたしって,いつのまにか,バカな演出が売りのアイドルになってたんだよね。誰かさんのおかげで。だから,ブレないでやるしかないでしょ。」
「うん。ますますいいね。それに,これは,これから居場所を見つける人のための闘いでもあるんだよ。もう見つけた人たちより,そっちを優先させるのは悪いことじゃないと思わない?」
そうかもしれない。ふいにタキモトさんと甲田君の顔が浮かぶ。それから,藤崎さん,地元のカフェで会った人たちも。わたしは,素直にうなずく。
「でも,タキモトさんにも言ったけど,わたしにそんな力はないけどね。」
「それは,まだ誰にもわからないよ。それに,聡ちゃんにできなくても,頑張ってる姿を見て刺激を受けた別のアイドルが,やってくれるかもしれない。おっ。」
伯父さんは,反射的に身をかわす。そろそろ時間だ。慌ててトイレに駆け込む人がいる。
「それに,5年なのは,ある意味,一緒じゃない?」
「あ。覚えてたんだ。でも…」
わたしの言葉も,靴音に遮られた。トイレから出てきた人たちが,フロアに戻ってく。
「なんなんだろうな,あれ。」
「知らねえって。意味わかんねえ。」
みんな,何か言いながら早足で通り過ぎる。伯父さんは,笑いをこらえながら,背中を見送ってる。
「そういえば,さっき『バカな演出』って言ったけど,勘が鋭くなったね。じゃあ,ちょっとだけ教えるけど,今日のテーマは…」
本番直前に聞かされても意味ない。なのに,伯父さんは,過去最高のドヤ顔で言った。
「夏だからやらかしちゃおう,だよ。」




