出会いと変化
街に出るのは久しぶりの事だった。
これだけ広いと探している品物が見つからないばかりか、自分がどこを歩いているのかもさっぱり分からなくなる。
しかし、今現在自分が道に迷っているかもしれないという感覚を持ち合わせていない事が方向音痴が方向音痴である所以なのだろう。
ドン…
レイアは後ろから猛突進して来た物体に気づかなかった事に驚いた。
戦いの時以外は自らの系圧を最小限に
抑えているとは言え、背後からの突撃に何の反応も出来ないなど考えられなかった。
「イッタタ……」
頭を抑えながらゆっくりと起き上がった長髪の少女はレイアのと勝るとも劣らないようなみすぼらしいコートで顔までも覆っていた。
「ごめんなさい……」
覆っていたコートを少し広げてレイアに一瞬顔を見せた。
白く、美しい顔立ちをした少女は深々と頭を下げた。
「でも、いつからいたの?私が気づかないなんて…」
少し悔しそうな表情を浮かべながら、自分が予想出来かった出来事について考えていた。
納得出来る答えは見つからなかったが
少女はすぐに周りを見渡してからレイアの腕を強引に引っ張って人通りの少ない細い道に入った。
「こちらこそすみません。」
レイアは思考を回転させるのに必死で
言葉を発する事をようやく思い出した。
「名前は?」
少女が転んだ時についてしまった埃を払いながら聞いた。
「レイア・リンズベルです。」
「ふぅーん」
興味がなさそうな気の抜けた返事が帰って来た後数秒の沈黙が流れた。
「ああぁぁっ!!」
少女は急に目の色を変えて叫んだ。
「昨日、試合出てたよね?」
「ええ、まぁ」
レイアはこの手のノリは苦手だったので曖昧な返事を返した。
「結構強いよね?強いよね?」
一気にレイアへの興味が溢れ出た。
レイアは返事をする事なく、目を逸らした。
「あの、名前なんですか?」
視線を地面に固定したままごく自然な質問を思いついた事にホッとしていた。
「えっと…」
少女は少し考えてから目線をレイアとは反対の方向にずらした。
「モナ・アニート…だよ。ねぇ昨日の試合の話し聞かせてくれる?」
モナはレイアの手をつかんで無理やり視野の中に入って来た。
「なんで、剣を使わなかったの?」
レイアは驚いた、大会のルールとして
認められた武器をひとつ持たなければならないルールのために身の丈に合わない大剣を持っていたのだが、試合ではそれを一度も使わずに系圧による威圧だけで相手を気絶させていた。
しかし、レイアは自分自身の莫大な系圧を知られることを嫌い、観客がギリギリ目視出来るスピードで空間を斬り裂き、系圧を器用に操作して相手の腹に剣による傷に似た跡をつけていたのだ。
レイア自身、この事がバレると言う可能性を考えていなかった事に自分自身への奢りを感じた。
「系圧を消してもそれだけ大声で叫んでいたら、見つかるに決まってるだろ。
まぁ、こちらとしてはその方が好都合なのだが…」
モナの後ろから歴戦の跡を感じさせる
傷を腕に刻んだ大柄の男が近づいて来た。
「あっちょっと…待っ」
男はモナの肩を掴んだ瞬間に彼女と共にその場から姿を消した。
消えたというよりも、超高速で移動したというほうが正確かもしれない。
レイアは自分の目の前で起こった出来事に興奮していた。
しかし、その興奮が自分の中のもう一人を目覚めさせる要因になる事を感覚的に感じとっていた。
レイアは再び大通りに戻って市場を見渡した。
しかしながら、めぼしいコートを視認出来なかったので、目を閉じて集中力を高めた。
次の瞬間、レイアの脳内に街の全体図から詳細なデータが流れ込んだ。
そして、目的地を把握し、その場から姿を消した。
「すみません、そのコート頂けますか?」
レイアは脚に軽い痛みを感じた。
今までこれほどの速いスピードで移動した事がなかったのだ。
店主はレイアが指先した赤色のコートを一度見てから目線をレイアに戻した。
「こいつはうちの店で一番の品物でね作りは最高だけど、その分値段も高くなっちまう。坊ちゃんに買える値段じゃないよ。」
そう言うとまた他の客の接客に戻った。
「あの、そのコート頂きたいんですけど、おいくらですか?」
「だから、言ってるけど…」
店主は目の前の少年が取り出した大量のリラを見て告げようとした言葉を食い止めた。
「1200リラだよ。」
レイアから相当分の金を受け取ってから赤いコートを手渡した。
「ありがとうございます。」
レイアが軽くお辞儀をしてから店主に背中を向けた。
いくら病的な方向音痴のレイアでも王宮にたどり着く事は容易な事だった。
どこにいようが巨大で荘厳な造りの建物が街を見下ろす様にして建てられているからだ。
しかし、これほど王宮を間近で見たことはなかったが、予想以上の迫力に圧倒されていた。
レイアは首筋に冷たい刃が当たっているのを感じた。
「君は、王宮には入れないよ…ここで死ぬんだからね…」
冷たい声はこの世界に二人の人間しか存在しないかのような空間を作り出した。
「気配……消えてなかったですよ。でもスピードはさすがナンバーを受けただけはありますね。この距離を一瞬で移動出来る人はなかなかいません。」
レイアは眉ひとつ動かさない。
何も起こっていないかなのように。
「今、君は死にかけてるって分かっているかい?」
白銀の髪が風に舞いその美しい青年の表情が見え隠れしていた。
「死にませんよ。」
「……………………」
レイアは青年の言葉が終わらないうちにそう断言した。
「あなたは僕を殺すことはありません……殺意を感じませんから。」
冷静であるというよりも、むしろ冷酷という言葉の方が正確かもしれない。
「さすが……ですね。」
青年の表情が急に緩み、レイアは首筋から異物が消えたのを感じたと同時に世界に人々が再登場し、活気溢れる音が戻って来た。
「こちらへ、先程の無礼お許し下さい。レイア・リンズベル。」
エルフィス・ローと名乗ったその青年は数分前とは別人のような態度で王宮の中を案内した。
「でも、なんで私がナンバーだと分かったんですか?私の印は背中にあるんですけどね?」
エルフィスは自分の中にある率直な疑問をぶつけた。
「単なる勘ですよ。」
「そうだったんですか?」
エルフィスは少し笑みを浮かべていた。
「気をつけて下さいね。陛下は意地悪ですから。」
急にそう告げて足を止めた。




