【第3話】足跡の塩胡椒ステーキ
第3話です!楽しんでいってください!
「――おい、タカシ。本当にその鉄の棒だけで、この巨体の肉を焼くつもりか? 火力が足りないのではないか?」
シルフィは、切り分けたワイルドボアの巨大なロース肉の塊を前にして、不思議そうに首を傾げた。
確かに、コンパクトなカセットコンロでは、この厚さ5センチはあるステーキ肉を芯まで美味しく焼くのは難しい。何より、ガスボンベの残量も貴重だ。
「いえ、コンロは使いません。シルフィさん、その辺に落ちている乾燥した太い枝や薪になりそうな木を、いくつか集めてもらえますか? あと、手頃な平たい石も」
「薪と石? ああ、それくらいならお安い御用だが……」
シルフィは疑問を抱きつつも、俊敏な動きで森の奥へと消え、すぐに大量の乾いた薪と、熱に強そうな平べったい極厚の岩板を抱えて戻ってきた。
ここからは俺の出番だ。趣味のソロキャンプで培った『足跡(その場にあるもの)』を活かす即席調理が始まる。
シルフィが持ってきてくれた薪を組み、コンロのわずかな火種を借りて火を起こす。パチパチと心地よい音を立てて、勢いよく熾火が育ち始めた。その上に、きれいに洗った岩板をどっかりと乗せる。即席の「石焼きプレート」の完成だ。
「よし、お肉の準備だ。……ネットスーパー、オープン」
画面を開き、数少ない初期解放アイテムから『粗挽き黒胡椒(ミル付き)』と『岩塩』、そしてお肉のキレを良くするための『キッチンペーパー』を注文する。消費額はわずか320円。段ボールから取り出した調味料を、手際よく準備していく。
ワイルドボアの肉は、ドリップ(余分な水分)をキッチンペーパーで徹底的に拭き取る。これだけで、野生の獣特有の生臭さが激減するのだ。
さらに、シルフィの大剣を借りて、肉の表面に細かく格子状の切れ目(スジ切り)を入れていく。
「ほう……肉に細かく刃を入れるのか。そうすれば火が通りやすく、肉も柔らかくなるというわけか。タカシ、お前は戦闘能力こそ皆無だが、料理に関しては妙な知恵が回るな」
「生きるための知恵ですよ。さあ、仕上げだ」
肉の両面に、ガリガリと豪快に岩塩を振る。そして、香りの強い粗挽き黒胡椒を、これでもかというほどたっぷりと叩き込んだ。使えるのは二種類だけ。だからこそ、その引き算の味付けを限界まで尖らせる。
カンカンに熱された岩板の上に、脂身を下にして肉の塊を滑らせた。
――ジュワアアアアアアアーーーーッ!!!
静かな森に、鼓膜を震わせるほどの猛烈なスタミナ音が響き渡る。
ワイルドボアの真っ白な脂身が熱い岩肌で爆ぜ、透明な黄金色の脂がじゅわじゅわと溢れ出した。同時に、炙られた黒胡椒の、鼻腔をパチンと弾くような刺激的でスパイシーな香りが辺り一面にブワッと広がる。
「くっ……!? な、なんだこの暴力的な音と香りは……!」
シルフィが思わず一歩、後ろにのけぞった。その琥珀色の瞳は、岩板の上で極上の褐色へと焼き上げられていく肉の塊に完全にロックオンされている。ごくり、と彼女の喉が大きく鳴ったのが、はっきりと聞こえた。
ひっくり返すと、そこには完璧な網目状の焦げ目。溢れた肉汁が岩の上で焦げ、香ばしさが限界突破していく。遠火の熾火でじっくりと中まで熱を通し、最後に強火で表面をカリッと仕上げる。
「よし、中まで完璧に火が通った。シルフィさん、熱いうちにどうぞ!」
俺が肉をナイフで豪快に厚切りにし、使い捨ての木製プレートに盛って差し出すと、シルフィは今度は一切躊躇しなかった。
立ち上る湯気ごと、一切れの肉をフォークで突き刺し、ふーふーと息を吹きかけることも忘れて口へと放り込む。
「ハグッ、……もぐ、……っ!?」
シルフィの身体が、電流が走ったかのように跳ね上がった。
口を動かすたびに、クチッ、じゅわり、と、肉汁が溢れる音がこちらまで聞こえてくる。
「な、ななな……何だこれはぁぁぁっ!? 噛んだ瞬間、肉の繊維から、まるで濁流のような濃厚な旨味の肉汁が溢れ出してくる……! ワイルドボアの肉は、もっと硬くて、泥臭いもののはずなのに……!」
「塩で肉の旨味を最大限に引き出して、黒胡椒の香りで獣の臭みを完全にねじ伏せたんです。シンプルだけど、一番肉が旨い食い方ですよ」
「シンプルだと……!? 嘘を言うな! 絶妙な塩気と、このピリピリと舌を心地よく刺す黒い粒(胡椒)の刺激が、肉の脂の甘みを何倍にも引き立てている! 旨い、旨すぎる……! 私は今まで、ボアの肉をただの『消し炭のような塊』にして食べていたのか……!」
シルフィはボロボロと感動の涙をこぼしながら、野生児のように肉を頬張り続けた。「私はただの護衛だからな、お前がそこまで言うなら食べてあげるだけだぞ……んぐっ、ふぁぁ、幸せすぎる……」と、口ではツンツンしつつも、手と顎は全く止まらない。完全に胃袋を支配されていた。
俺も一切れ口に運ぶ。
(うまっ……! なんだこれ、地球の豚肉より圧倒的に肉の味が濃い。これが異世界モンスターの肉の力か……!)
二人がかりで、あれほど巨大だった肉の塊を綺麗に平らげてしまった。
シルフィはパンパンになったお腹をさすりながら、信じられないものを見る目で俺を見つめている。
その時、俺の視界の端で、ネットスーパーの画面がピカピカと光を放った。
『ピロン♪ 経験値が一定値に達しました。ネットスーパーがレベル2(ショップランク:アイアン)に上昇します』
『【レベル2解放アイテム】:カセットガス(予備)、アルミホイル、おろし生姜、そして――【醤油】が解放されました』
「よし……! レベルアップだ!」
「れ、べるあっぷ? 買い物をしただけで、お前の魔法の精度が上がったのか?」
「ええ。シルフィさん、次のご飯はもっと凄くなりますよ。日本の万能調味料『ショウユ』が使えるようになりましたから」
その言葉を聞いた瞬間、シルフィの目が爛々と輝いたのは言うまでもなかった。
(第4話へ続く)
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