【第2話】真面目な女剣士と、悪魔のスパイス
第二話です!
「これを、私が……? いや、しかし見知らぬ異邦人から安易に施しを受けるなど、冒険者としての矜持が――」
銀髪の女剣士は、差し出されたクッカーを前にして、眉根を寄せて小さく唸った。
名前はシルフィ。この界隈ではそこそこに名の知れた、真面目一本槍なCランク冒険者である。
彼女の言い分はもっともだった。だが、彼女の鼻腔を容赦なく蹂躙しているのは、この世界には存在しない「数十種類のスパイスが複雑に絡み合った、悪魔的なまでに芳醇な香り」だ。
おまけに、彼女の引き締まったお腹からは、さっきから「グゥゥゥ」と情けない音が鳴り続けている。ツンとすました綺麗な顔立ちの割に、お腹の自己主張が激しすぎる。
「冷めないうちにどうぞ。命を救ってもらったお礼ですから、矜持とか気にしないでください」
「くっ……。そ、そこまで言うなら、無下に断るのもかえって失礼というものだな。……いただく」
シルフィは観念したように、慣れない手つきでプラスチックのスプーンを握った。
すくい上げたのは、白くツヤツヤと輝く謎の穀物と、ドロリとした茶褐色のソース(バーモントカレー)。
それを、おそるおそる口へと運ぶ。
「――っ!?」
一口食べた瞬間、シルフィの身体がビクンと硬直した。
大きな琥珀色の瞳が、これ以上ないというほど見開かれる。
「な、なんだこれは……!? 口の中が、熱い……!? いや、火傷の熱さではない、これは、舌を心地よく刺激する未知の……いや、暴力的なまでの美味……っ!」
「あ、それ中辛なんで、ちょっとピリッとするかもです」
「スプーンが、止まら……っ! この白く甘みのある未知の穀物と、濃厚で肉の旨味が溶け込んだソースが、完璧な調和を奏でている……! あ、圧倒的じゃないか……! こんな料理、王都の最高級宮廷料理でも見たことがないぞ!」
さっきまでの躊躇はどこへやら、シルフィは「美味しいなどと、簡単に認めるわけには……んぐっ、うぅ、美味しい……!」と涙目になりながら、猛烈な勢いでスプーンを動かし始めた。
真面目な顔をして「私は騙されないぞ」という雰囲気を出しつつ、口元にカレーのルーを少しつけながら夢中で貪っている姿は、どこか小動物のようで微笑ましい。
あっという間にクッカーの中身は空になった。
シルフィは「はぁ……」と、信じられないほどの至福の吐息を漏らし、それからハッと我に返って顔を真っ赤にした。
「し、失礼した! つい、はしたない姿を……。しかしタカシ、お前は一体何者なんだ? この素晴らしい料理といい、何もない空間から箱を召喚する魔法といい……」
「ああ、これは俺の固有スキル『ネットスーパー』っていうやつで……」
俺は隠しても仕方がないので、簡単にスキルについて説明した。
異世界の硬貨や魔石をチャージして、元の世界の商品を買う能力であること。そして、現在のレベルは『1』で、買える調味料はまだ『塩』と『胡椒』くらいしかないこと。
「な、何だと……!? これほどの至高の逸品を生み出しておきながら、まだ調味料が二種類しか使えないというのか!?」
「ええ。レベルが上がれば、もっといろんなソースとか、出汁とか、肉を柔らかくする魔法のタレ(焼肉のタレ)とかが解放されるみたいですけど、先は長そうです」
画面を確認すると、現在のネットスーパーの経験値は【5/100】。
レベル100が最大なだけあって、カレー一食分程度の買い物では、ゲージはほんのちょっぴりしか動いていなかった。レベルを上げるには、これからコツコツと異世界通貨をチャージして買い物を続ける必要がありそうだ。
すると、シルフィがガタッと立ち上がり、俺の両肩をガシッと掴んだ。その目は真剣そのものだった。
「タカシ! 私を、お前の専属護衛として雇うがいい!」
「えっ!? 護衛ですか?」
「そうだ! お前は料理の天才だが、見ての通り戦闘能力は皆無の一般人だ。この森を一人で歩けば、一分と持たずに魔物の胃袋行きだぞ。だが、私の剣があれば安全だ!」
「でも、俺、さっきの魔石を換金した3000円くらいしか持ってないですよ? 護衛代なんて払えません」
俺が困惑して言うと、シルフィはツンとそっぽを向きながら、耳を赤くしてボソボソと呟いた。
「金などいらん……。そ、その代わり、毎日、朝昼晩……お前の作るその『ネットスーパー』の料理を私に供給しろ。それで契約成立だ!」
「え、ご飯だけでいいんですか?」
「な、何度も言わせるな! 私だって、別に食い意地が張っているわけではない! ただ、行き倒れそうな冒険者を救ってくれたお前に、ほんの、ほんの少しだけ恩返しがしたいだけだ! 勘違いするな!」
ふいっと顔をそむけるシルフィ。分かりやすすぎるツンデレである。
戦闘力ゼロの俺にとって、これほど心強い提案はなかった。
「分かりました。これからよろしくお願いします、シルフィさん」
「うむ、よろしく頼む、タカシ。……ところで、さっきお前が言っていた『ヤキニクノタレ』が解放された暁には、そ、それを真っ先に私に味見させる権利も、契約に含めるものとする!」
シルフィはキリッとした表情で、早くも未来のメニューに思いを馳せていた。
こうして、非力な俺と、飯のために命を懸けてくれるツンデレ女剣士の、異世界キャンプ旅が始まった。
足元に転がっているのは、シルフィが一撃で仕留めた巨漢のイノシシ――ワイルドボアの巨体。
「……なぁ、シルフィさん。このボアの肉って、食べられるんですか?」
「当然だ。少々クセはあるが、最高のスタミナ源だぞ。……まさか、お前のその塩と胡椒だけで、これを調理するつもりか?もう依頼の部位はもう剥ぎ取ったしな好きに使って良いぞ!」
「いいんですか!ありがとうございます、ちょっと試してみたい料理があるんです」
俺はネットスーパーの画面を開き、初期解放されている『塩』と『黒胡椒』、そして追加の『使い捨て網』を注文すべく、指を動かした。
異世界モンスターを現代の調理技術で美味しくいただく、最初の「飯テロ」の時間が始まろうとしていた。
(第3話へ続く)
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