【第1話】異世界の森と、奇跡のレトルトカレー
記念すべき第1話!楽しんでいってください!
「……は? ここ、どこだ?」
見渡す限り、見たこともない巨木がそびえ立つ深い森の中。
頭上を覆う葉の隙間からは、地球のものより二回りは巨大な、青白い太陽が顔を覗かせている。
さっきまで、日本のありふれたコンビニの前にいたはずの俺――佐藤タカシ(24歳、フリーター)は、アスファルトから一転して踏み締める土の感触に、呆然と立ち尽くしていた。
「異世界転生が完了しました。言語理解および固有スキルを付与します」
頭の中に響いた、無機質で冷たい機械的な声。
状況が飲み込めないまま、俺は自分のステータスを確認すべく、本能的に頭の中で念じた。
すると、視界に半透明のホログラム画面が浮かび上がる。そこにあったのは、剣の才能でも大魔法でもなく、見慣れた文字だった。
【固有スキル:ネットスーパー(初期レベル:1)】
* ショップランク:ブロンズ
* チャージ残高:1,200円(※初期ボーナス換算)
* 【機能説明】異世界の硬貨・魔石を画面の『カート(回収口)』に投入することで、日本円(1円=1pt)としてチャージ可能。購入した商品は即座に目の前に転送される。
* 【現在の解放カテゴリ】『一部食品(生鮮・加工・レトルト)』『基本調味料』『簡易調理器具』
* ※ショップランクが上昇するごとに、日用品、家電、衣料品、大型道具などが順次解放されます。
「マジかよ……本当にネットスーパーの画面だ。しかもこれ、俺がいつも夜食を買ってた大手のECサイトじゃねえか……」
画面には「食品」「調味料」「調理器具」といったお馴染みのカテゴリが並んでいる。
だが、感動に浸る余裕はなかった。ぐぅ、と情けない音を立ててお腹の虫が鳴く。緊張と混乱のせいか、猛烈に腹が減っているのだ。
まずは生きるために食わなきゃ始まらない。俺は限られた1,200円の初期残高を睨みつけ、最もお腹が膨れて、かつ調理が簡単なものを探した。
「ええと、火がないと話にならないから……これだ」
* カセットコンロ(ミニサイズ・ボンベ1本付き):500円
* アルミ製ミニクッカー(深型フライパン・フタ付き):300円
* サトウのごはん(3個パック):250円
* ハウス食品バーモントカレー(中辛):100円
* サントリー天然水(500ml):50円
* 【合計:1,200円】
「よし、注文……!」
購入ボタンを画面上でタップした瞬間、目の前の空間がぐにゃりと波打った。
次の瞬間、虚空から見慣れた茶色の段ボール箱がポロンと地面に落ちてくる。
恐る恐る開けてみると、中には新品のカセットコンロ、アルミニウムのクッカー、そして日本のスーパーの棚に並んでいるのと寸分違わぬ白米とレトルトカレーが入っていた。
「本当に、1円の狂いもなく届いた……。よし、作るか!」
そこからは早かった。趣味のソロキャンプで培った手際が活きる。
ひんやりとした森の空気に、パチ、とカセットコンロの点火音が響く。青い炎がクッカーの底を優しく炙り始めた。
クッカーに少量のミネラルウォーターを張り、お湯を沸かす。そこにサトウのごはんとレトルトカレーのパウチを同時にぶち込んで、フタをして温めること数分。
パウチを取り出し、封を切った瞬間だった。
森の中に「あの匂い」が爆発的に広がった。
何十種類ものスパイスが複雑に絡み合い、じっくり炒められた玉ねぎの甘みと、お肉の旨味が溶け込んだ香り。日本人なら誰もが嗅いだだけで生唾を飲み込む、あの濃厚で芳醇なカレーの香りだ。
「くぅー、これこれ! いただきます!」
クッカーのフタを皿代わりにし、温かいご飯を広げ、その上からたっぷりとカレールーをかける。
プラスチックのスプーンですくって口に運んだ。
ピリッとした程よい辛さと、圧倒的なコク。現代日本の食品開発技術の結晶が、異世界の乾いた喉と胃袋に染み渡っていく。
「うめぇ……! 異世界の一発目がレトルトカレーだけど、涙が出るほど抜群にうめぇわ……!」
夢中でスプーンを動かしていた、その時だった。
「シャアアアアッ!」
突如、右手の茂みが激しく揺れ、見たこともない巨大な牙を持つ、体長2メートルほどの漆黒のイノシシ――『ワイルドボア』が飛び出してきた。
「ひえっ!?」と俺が悲鳴を上げ、スプーンを落としそうになった瞬間。
「ハァァァッ!」
鋭い掛け声とともに、一人の少女が空中から鮮やかに舞い降りた。
陽光を浴びてきらめく銀髪をなびかせ、彼女が手にした大剣を一閃させる。
ザシュッ! と肉を切る重い音が響き、巨大なイノシシの魔獣が一太刀で両断され、ドサリと地面に倒れ伏した。
「ふぅ……危ないところだったな、異邦の旅人よ。こんな魔物の出る危険な森の浅瀬で、無警戒に火を炊くなど――」
助けてくれたのは、軽装の革鎧を身にまとった、凛とした瞳の美しい女剣士だった。
彼女は剣の血を払いながら、プロの冒険者として俺を諭そうとした。しかし、その言葉は途中でピタリと止まった。
彼女の視線が、俺の手元にある、見たこともない陶器の中身に釘付けになったのだ。
クゥゥゥゥゥ~~~~~ッ。
静まり返った森に、彼女の引き締まったお腹から、もの凄く盛大で、もの凄く可愛らしい腹の虫の音が響き渡った。
少女の顔が一瞬で、耳の裏まで真っ赤に染まる。
「あ、あの……! い、今のはその、断じて私の意思ではなく……! いや、しかし……な、なんだ、この五感を狂わせるほどに香わしい匂いは……。私は、討伐依頼の追跡で3日間まともな食事をとっていなくて、その……」
「あ、これですか? カレーっていう日本の料理なんですけど……。あ、ちょっと待ってくださいね」
俺は慌てて自分のステータスを開いた。
先ほど少女が倒したワイルドボアの死体から、親指ほどの大きさの「赤く輝く魔石」が転がり出ているのが目に入ったからだ。
「これ、貰ってもいいですか?」
「あ、ああ、魔石か? 私はギルドに肉の部位を納品する任務だから、その程度の低級魔石なら好きにしていいが……」
俺は魔石を拾い上げ、ネットスーパー画面の『カート(回収口)』に向けてかざした。
すると、魔石が吸い込まれるように光の粒子となって消え、画面の数字がピロンと音を立てて更新される。
【チャージ完了:3,000円(銅貨30枚分相当)】
「よし、お金が入った!」
画面を素早く操作し、150円のバーモントカレー(大盛り、中辛)と、50円の天然水、そして10円の使い捨てお皿セットを追加注文する。
空間が歪み、再び落ちてくる段ボール箱。目の前で起きる未知の魔法(?)に、銀髪の女剣士は目を丸くして驚いている。
「お待たせしました。命の恩人さん、お腹減ってるならこれ、食べてみてください」
温め直したご飯に、なみなみとカレーを注いで彼女に手渡す。
彼女は戸惑いながらも、漂うスパイスの香りに抗えず、スプーンを握りしめた。
これが、ネットスーパーのアイテムと現代の味付けで、異世界の猛者たちを例外なく胃袋から虜にしていく、俺の果てしない放浪記の幕開けだった。
(第2話へ続く)
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