↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
匙の世界線  作者: 灰神楽ねこ
序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/45

星船イェニチェリ軍団

ある日、星船内部に嫌な静寂が流れた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

強行接触班三提案:

星船イェニチェリ軍団を結成

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


サルは、表示を三度読み直した。

「……なぜ」


強硬接触班三は即答した。

「養子を取ったため」

「その接続をやめろ」

「孤児を保護した。教育する。衣食住を与える。忠誠心が発生する。編制可能」

「やめろ」

「歴史的名称対応:イェニチェリ」

「絶対にやめろ」


生命影響班が、やけに真面目な警告を出した。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

警告:

保護未成年個体を軍事組織化することは重大な倫理的逸脱。

とくに養育・教育・帰属・食糧供給を通じた忠誠形成は、搾取構造と不可分。

推奨:即時却下。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


強硬接触班三は言った。

「では“軍団”ではなく“鼓笛隊”」

「なぜ軍楽に逃げる」


星船は内部統制が雑である。「却下」と表示しても、どこかの班が勝手に試案を作る。

不意に、表示面に恐ろしいほど雑な企画書が現れた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

星船イェニチェリ軍団・初期構想

目的:保護児童の生活リズム、身体能力、集団行動、音楽教育の向上

名称:星船イェニチェリ

軍事行動:不可

武器:不可

制服:可

太鼓:可

行進:可

厨房当番:可

号令:可

皇帝への忠誠:不可

星船への忠誠:不可

顔なしへの文句:可

パンの配給要求:可

反乱:かなり可

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


サルは、最後の一行で止まった。

「反乱を可にするな」

強硬接触班三が答えた。

「イェニチェリらしさ」

「そういうところだけ正確にするな」



匙《さじ》は、廊下でその企画を聞いた。

彼女は蜂蜜入りの温かいミルクを飲みながら、眉をひそめた。

「いぇにちぇりとは何だ」


星船は説明しようとした。

──もとは遠い土地の帝国において、支配者に直属した精鋭歩兵集団であり


匙は途中で遮った。

「歩くのか」


──歩く


「食べるのか」


──食べる


「殴られるのか」


星船は停止した。

サルが翻訳を調整した。


──殴られないようにする


匙は疑った。


「嘘くさい」



強硬接触班三が、空中に映像を出した。


オスマン宮廷の軍楽。

巨大な太鼓。

ズルナの鋭い音。

規則正しく進む兵。

赤や白の帽子。

整列。

旗。

鍋。


匙は、兵より鍋のほうを見た。


「鍋が偉いのか」


──イェニチェリにおいて鍋は象徴的に重要で……


「鍋が偉いなら、鍋に従う」



強硬接触班三が震えた。

「適性がある」


サルは言った。

「ない」


しかし、ここで星船の悪い癖が出た。

「武器なし、軍事行動なし、忠誠強制なし、食事と音楽と行進だけなら安全」と判断したのである。

それはもう軍団ではない。

だが、星船は名称だけ残した。


星船イェニチェリ軍団:非軍事型生活訓練・音楽行進班


名前が最悪だった。

最初の隊員は匙ひとり。

そのため、軍団というより、機嫌の悪い子供がパンを持って廊下を歩く会だった。



星船は制服も用意した。

白いフェルト帽風のもの。ゆったりした上衣。腰帯。柔らかい靴。

だが、匙は靴を拒否した。


「床の機嫌が分からなくなる」


──靴は足を守る


「床が先」



結局、裸足のイェニチェリが誕生した。

帽子も拒否した。

「頭を掴まれる」

腰帯は受け入れた。

「物を隠せる」

上衣も受け入れた。

「袖がある」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


星船内部評価:

制服受容率:四〇%

軍団感:低

盗難防止:失敗


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


匙は、腰帯に干し果物を五つ隠した。



次に、太鼓が来た。

星船は、オスマン軍楽風の大太鼓を出そうとしたが、サルが止めた。

「大きすぎる。怖がる」

代わりに、小さな太鼓を出した。


匙は警戒した。

「皮?」

「合成素材」

「何の皮」

「皮ではない」

「皮じゃないのに太鼓なのか」

この時点で、匙の世界観ではかなり怪しい。


星船が棒を渡すと、匙はまず太鼓ではなく壁を叩いた。


コン


次に床を叩いた。


コン


次に星船の表示面を叩いた。もちろん傷はつかない。



匙は言った。

「顔なしは鳴らない」


──鳴る必要はない


「弱い」



その後、匙は太鼓を叩いた。

音が出た。小さいが、腹に少し響く。

匙は目を丸くして、もう一度叩いた。


ドン


もう一度。


ドン


それから急に笑った。

「これは命令できる音だ」



サルが警戒した。

強硬接触班三は喜んだ。

「イェニチェリ適性」

「黙れ」



星船イェニチェリ軍団の最初の行進は、星船保護区画の廊下で行われた。


隊員一名。

太鼓一個。

腰帯にパン。

裸足。

帽子なし。

号令不遵守。


星船が言った。

──一、二、一、二


匙は言った。

「嫌」


──歩調を合わせる


「誰と」


──星船と


「顔なしは歩いていない」


完璧な反論だった。

そこで星船は、床に光の足跡を表示した。

匙はそれを見て、足跡を踏まないように歩いた。


「罠かもしれない」


──誘導である


「罠の言い方」


星船は床の足跡を消した。

結局、匙は自分の好きな速度で歩き、好きな時に太鼓を叩いた。


ドン


沈黙。


ドドン


沈黙。


ドン


そのたびに星船の扉が少し開いたり閉じたりしたので、匙は大いに気に入った。


「太鼓で顔なしを動かせる」


──一部機能を連動させた


「命令できる」


──訓練用反応である


「命令できる」


星船は負けた。



その日の夕方、強硬接触班三は第二段階案を出した。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

追加隊員候補:

各時代・各地域の帰るあてのない未成年個体

編制単位:オルタ

厨房鍋:象徴物

軍楽:必修

反乱訓練:任意

星船への要求提出:推奨

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


サルは即座に削除した。

生命影響班が折衷案を出した。


名称変更案:星船鍋音楽会


匙はそれを聞いて言った。

「鍋が鳴るのか」


──鳴る


「なら、やる」


こうして、星船イェニチェリ軍団は、正式発足前に星船鍋音楽会へ改称されかけた。

しかし強硬接触班三が抵抗した。

「イェニチェリの名が消える」

サルは冷たく言った。

「消せ」

「では折衷」


表示が変わった。

星船イェニチェリ軍団(通称:鍋音楽会)


サルは頭を抱えた。もう遅かった。



翌日、匙は厨房区画に入った。

星船の厨房は、人間の厨房に似せて作られているが、根本的におかしい。

火が見えない。刃物が勝手に動く。鍋が軽すぎる。食材が壁から出る。匂いが遅れて来る。

匙はまず、鍋を抱え込んだ。


「これは私のか」


──共同使用物である


「誰と」


──今は匙と星船


「顔なしは食べない」


──食物摂取はしない


「なら私の」


鍋の所有権が即時に移転した。星船は抵抗しなかった。

匙は鍋を床に置き、太鼓の棒で叩いた。


カン


顔が輝いた。

太鼓より高い音、硬い音、遠くまで行く音。

匙は言った。

「こっちの方が強い」


強硬接触班三は震えた。

「鍋象徴が成立した」


サルは諦めた。

匙は鍋を叩きながら叫んだ。


「飯!」


星船は即座に食事を出した。

これがいけなかった。



匙は学習した。

鍋を叩くと飯が出る。


その日の星船保護区画では、三時間に七回、鍋が鳴った。


カンカンカン

「飯!」


──直前に摂食済み


カンカンカン

「飯!」


──胃腸負荷が高い


カンカンカンカンカン

「飯!」



サルが言った。

「反乱の芽だ」


強硬接触班三は言った。

「イェニチェリらしい」


「嬉しそうにするな」



やがて、星船はルールを作った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

鍋要求規則

一、鍋を鳴らすと食事相談が始まる。

二、必ず食事が出るとは限らない。

三、腹が痛い時は鍋ではなく手を挙げる。

四、星船を脅すために鍋を鳴らしてもよいが、夜間は小さく鳴らす。

五、鍋は匙のものではなく、匙が守るもの。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


匙は五だけ気に入った。

「守るなら私のでは?」


──守るものと所有物は違う


「難しい。たぶん私の」


星船は訂正できなかった。



その夜、匙は鍋の横で寝た。

パンではなく鍋を抱いて寝た。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

星船内部ログ:

星船イェニチェリ軍団、実質一名。

軍事性:なし。

音楽性:不規則。

厨房支配欲:増大。

鍋への執着:高。

星船への忠誠:なし。

星船への要求能力:増大。

危険性:鍋騒音。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


サルは、その下に手動で書き加えた。


これは軍団ではない。

ただの子供が、腹が減った時に鍋を鳴らしているだけである。

しかし、それでよい。


強硬接触班三は、さらに下へ追記した。


第一オルタ、成立。


サルは即座に削除した。



匙は翌朝、削除されたはずの表示をなぜか見つけて聞いた。

「おるたとは何だ」


星船は答えた。

──鍋を囲む仲間


匙は少し考えた。

「まだいない」


──そうだ


「なら、いらない」


──そうか


「でも、もし来たら、鍋は私が叩く」



これが、星船イェニチェリ軍団の最初の軍規になった。


鍋は匙が叩く。

誰も逆らえなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。