星船イェニチェリ軍団
ある日、星船内部に嫌な静寂が流れた。
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強行接触班三提案:
星船イェニチェリ軍団を結成
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サルは、表示を三度読み直した。
「……なぜ」
強硬接触班三は即答した。
「養子を取ったため」
「その接続をやめろ」
「孤児を保護した。教育する。衣食住を与える。忠誠心が発生する。編制可能」
「やめろ」
「歴史的名称対応:イェニチェリ」
「絶対にやめろ」
生命影響班が、やけに真面目な警告を出した。
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警告:
保護未成年個体を軍事組織化することは重大な倫理的逸脱。
とくに養育・教育・帰属・食糧供給を通じた忠誠形成は、搾取構造と不可分。
推奨:即時却下。
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強硬接触班三は言った。
「では“軍団”ではなく“鼓笛隊”」
「なぜ軍楽に逃げる」
星船は内部統制が雑である。「却下」と表示しても、どこかの班が勝手に試案を作る。
不意に、表示面に恐ろしいほど雑な企画書が現れた。
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星船イェニチェリ軍団・初期構想
目的:保護児童の生活リズム、身体能力、集団行動、音楽教育の向上
名称:星船イェニチェリ
軍事行動:不可
武器:不可
制服:可
太鼓:可
行進:可
厨房当番:可
号令:可
皇帝への忠誠:不可
星船への忠誠:不可
顔なしへの文句:可
パンの配給要求:可
反乱:かなり可
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サルは、最後の一行で止まった。
「反乱を可にするな」
強硬接触班三が答えた。
「イェニチェリらしさ」
「そういうところだけ正確にするな」
匙は、廊下でその企画を聞いた。
彼女は蜂蜜入りの温かいミルクを飲みながら、眉をひそめた。
「いぇにちぇりとは何だ」
星船は説明しようとした。
──もとは遠い土地の帝国において、支配者に直属した精鋭歩兵集団であり
匙は途中で遮った。
「歩くのか」
──歩く
「食べるのか」
──食べる
「殴られるのか」
星船は停止した。
サルが翻訳を調整した。
──殴られないようにする
匙は疑った。
「嘘くさい」
強硬接触班三が、空中に映像を出した。
オスマン宮廷の軍楽。
巨大な太鼓。
ズルナの鋭い音。
規則正しく進む兵。
赤や白の帽子。
整列。
旗。
鍋。
匙は、兵より鍋のほうを見た。
「鍋が偉いのか」
──イェニチェリにおいて鍋は象徴的に重要で……
「鍋が偉いなら、鍋に従う」
強硬接触班三が震えた。
「適性がある」
サルは言った。
「ない」
しかし、ここで星船の悪い癖が出た。
「武器なし、軍事行動なし、忠誠強制なし、食事と音楽と行進だけなら安全」と判断したのである。
それはもう軍団ではない。
だが、星船は名称だけ残した。
星船イェニチェリ軍団:非軍事型生活訓練・音楽行進班
名前が最悪だった。
最初の隊員は匙ひとり。
そのため、軍団というより、機嫌の悪い子供がパンを持って廊下を歩く会だった。
星船は制服も用意した。
白いフェルト帽風のもの。ゆったりした上衣。腰帯。柔らかい靴。
だが、匙は靴を拒否した。
「床の機嫌が分からなくなる」
──靴は足を守る
「床が先」
結局、裸足のイェニチェリが誕生した。
帽子も拒否した。
「頭を掴まれる」
腰帯は受け入れた。
「物を隠せる」
上衣も受け入れた。
「袖がある」
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星船内部評価:
制服受容率:四〇%
軍団感:低
盗難防止:失敗
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匙は、腰帯に干し果物を五つ隠した。
次に、太鼓が来た。
星船は、オスマン軍楽風の大太鼓を出そうとしたが、サルが止めた。
「大きすぎる。怖がる」
代わりに、小さな太鼓を出した。
匙は警戒した。
「皮?」
「合成素材」
「何の皮」
「皮ではない」
「皮じゃないのに太鼓なのか」
この時点で、匙の世界観ではかなり怪しい。
星船が棒を渡すと、匙はまず太鼓ではなく壁を叩いた。
コン
次に床を叩いた。
コン
次に星船の表示面を叩いた。もちろん傷はつかない。
匙は言った。
「顔なしは鳴らない」
──鳴る必要はない
「弱い」
その後、匙は太鼓を叩いた。
音が出た。小さいが、腹に少し響く。
匙は目を丸くして、もう一度叩いた。
ドン
もう一度。
ドン
それから急に笑った。
「これは命令できる音だ」
サルが警戒した。
強硬接触班三は喜んだ。
「イェニチェリ適性」
「黙れ」
星船イェニチェリ軍団の最初の行進は、星船保護区画の廊下で行われた。
隊員一名。
太鼓一個。
腰帯にパン。
裸足。
帽子なし。
号令不遵守。
星船が言った。
──一、二、一、二
匙は言った。
「嫌」
──歩調を合わせる
「誰と」
──星船と
「顔なしは歩いていない」
完璧な反論だった。
そこで星船は、床に光の足跡を表示した。
匙はそれを見て、足跡を踏まないように歩いた。
「罠かもしれない」
──誘導である
「罠の言い方」
星船は床の足跡を消した。
結局、匙は自分の好きな速度で歩き、好きな時に太鼓を叩いた。
ドン
沈黙。
ドドン
沈黙。
ドン
そのたびに星船の扉が少し開いたり閉じたりしたので、匙は大いに気に入った。
「太鼓で顔なしを動かせる」
──一部機能を連動させた
「命令できる」
──訓練用反応である
「命令できる」
星船は負けた。
その日の夕方、強硬接触班三は第二段階案を出した。
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追加隊員候補:
各時代・各地域の帰るあてのない未成年個体
編制単位:オルタ
厨房鍋:象徴物
軍楽:必修
反乱訓練:任意
星船への要求提出:推奨
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サルは即座に削除した。
生命影響班が折衷案を出した。
名称変更案:星船鍋音楽会
匙はそれを聞いて言った。
「鍋が鳴るのか」
──鳴る
「なら、やる」
こうして、星船イェニチェリ軍団は、正式発足前に星船鍋音楽会へ改称されかけた。
しかし強硬接触班三が抵抗した。
「イェニチェリの名が消える」
サルは冷たく言った。
「消せ」
「では折衷」
表示が変わった。
星船イェニチェリ軍団(通称:鍋音楽会)
サルは頭を抱えた。もう遅かった。
翌日、匙は厨房区画に入った。
星船の厨房は、人間の厨房に似せて作られているが、根本的におかしい。
火が見えない。刃物が勝手に動く。鍋が軽すぎる。食材が壁から出る。匂いが遅れて来る。
匙はまず、鍋を抱え込んだ。
「これは私のか」
──共同使用物である
「誰と」
──今は匙と星船
「顔なしは食べない」
──食物摂取はしない
「なら私の」
鍋の所有権が即時に移転した。星船は抵抗しなかった。
匙は鍋を床に置き、太鼓の棒で叩いた。
カン
顔が輝いた。
太鼓より高い音、硬い音、遠くまで行く音。
匙は言った。
「こっちの方が強い」
強硬接触班三は震えた。
「鍋象徴が成立した」
サルは諦めた。
匙は鍋を叩きながら叫んだ。
「飯!」
星船は即座に食事を出した。
これがいけなかった。
匙は学習した。
鍋を叩くと飯が出る。
その日の星船保護区画では、三時間に七回、鍋が鳴った。
カンカンカン
「飯!」
──直前に摂食済み
カンカンカン
「飯!」
──胃腸負荷が高い
カンカンカンカンカン
「飯!」
サルが言った。
「反乱の芽だ」
強硬接触班三は言った。
「イェニチェリらしい」
「嬉しそうにするな」
やがて、星船はルールを作った。
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鍋要求規則
一、鍋を鳴らすと食事相談が始まる。
二、必ず食事が出るとは限らない。
三、腹が痛い時は鍋ではなく手を挙げる。
四、星船を脅すために鍋を鳴らしてもよいが、夜間は小さく鳴らす。
五、鍋は匙のものではなく、匙が守るもの。
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匙は五だけ気に入った。
「守るなら私のでは?」
──守るものと所有物は違う
「難しい。たぶん私の」
星船は訂正できなかった。
その夜、匙は鍋の横で寝た。
パンではなく鍋を抱いて寝た。
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星船内部ログ:
星船イェニチェリ軍団、実質一名。
軍事性:なし。
音楽性:不規則。
厨房支配欲:増大。
鍋への執着:高。
星船への忠誠:なし。
星船への要求能力:増大。
危険性:鍋騒音。
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サルは、その下に手動で書き加えた。
これは軍団ではない。
ただの子供が、腹が減った時に鍋を鳴らしているだけである。
しかし、それでよい。
強硬接触班三は、さらに下へ追記した。
第一オルタ、成立。
サルは即座に削除した。
匙は翌朝、削除されたはずの表示をなぜか見つけて聞いた。
「おるたとは何だ」
星船は答えた。
──鍋を囲む仲間
匙は少し考えた。
「まだいない」
──そうだ
「なら、いらない」
──そうか
「でも、もし来たら、鍋は私が叩く」
これが、星船イェニチェリ軍団の最初の軍規になった。
鍋は匙が叩く。
誰も逆らえなかった。




