間章 煬帝の星船視察
星船内部会議ログ:
強硬接触班三:「前回の愛新覚羅弘暦、後世呼称、乾隆帝への接触事案の反省を踏まえ、拘束ではなく招請の形式を取る」
地上観測班:「大規模政治組織の中心個体の招請は推奨しない」
強硬接触班:「短時間のみ」
生命影響班:「短時間、とは」
強硬接触班:「具体的には二時間程度」
サルが少し迷うように点滅した
サル:「観測は有益。よって、今回は暫時停止しない」
強硬接触班が明るくなった
強硬接触班:「では実施」
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大業九年(613年)
隋帝国、江都付近
煬帝は、水の上にいた。
大業の運河である。
北と南をつなぐ水の道。洛陽から江都へ、天下の富と人夫と怨嗟を流しながら掘らせた、彼の巨大な意思そのもの。
船は豪奢だった。
楼閣を載せ、絹を垂らし、音楽を響かせ、灯火を水に映した。水面には、皇帝の都が浮かんでいるようだった。
臣下たちは疲れていた。兵も疲れていた。民はもっと疲れていた。
だが煬帝は、それを天下統一の痛みだと思っていた。
天下は大きい。大きいものは、強い手でなければ一つにならない。
高句麗はまだ従わない。突厥はまだ測りきれない。南は豊かだが、北とは違う顔をしている。貴族は古く、民は愚かで、官は鈍い。
だから道がいる。運河がいる。巡幸がいる。
皇帝が動くことで、天下も動く。煬帝はそう信じていた。
その夜、江都の空にもう一つの船が現れた。
最初、楽人が音を止めた。次に、宦官が空を見た。そのあと船上の者たちが一斉にざわめいた。
星が落ちてきたのではない。龍でもない。火の鳥でもない。
それは船だった。
ただし、水に浮かんでいない。空に浮かんでいた。銀灰色の腹を持ち、翼も櫂も帆もなく、音は低く、しかし水面全体を震わせる。船の下の川が、見えない手で押されたように波立った。
臣下の一人が叫んだ。
「妖異でございます!」
別の者が伏せた。
「天の瑞兆でございます!」
煬帝は立ち上がった。
彼の目は恐怖ではなく、飢えに近い光を帯びていた。
「船だ」
誰も答えない。
「空を行く船だ」
彼は笑った。
「朕の運河は地上をつなぐ。だが、天にはなお道があるのか」
その言葉を聞いた近臣は、胸の底が冷えた。皇帝は恐れていない。恐れないことは美徳である。だが、恐れるべきものを恐れないのは、災いである。
天船から光が下り、煬帝の御座船の甲板に輪が開いた。侍衛が刀を抜き、矢が構えられた。
煬帝は止めた。
「待て。天の使いなら斬るべきではない。妖異なら、なおさら正体を見ねばならぬ」
光の中から三人が現れた。
彼らは人に似ていた。しかし人の礼を持たなかった。
拝しない。伏せない。名乗りもしない。
ただ、皇帝を見た。
その見方が煬帝には気に入らなかった。
彼は見られることに慣れている。だが、畏れを含まぬ視線には慣れていない。
「何者か」
「我々は観測者である。あなたは楊広、隋帝国の最高統治者」
隋帝国。
その言い方は、奇妙だった。
彼は天子である。皇帝である。天下の主である。
「隋帝国」という地図の上の一つの国のような呼ばれ方は、あまりにも低すぎる。
だが煬帝はそこで怒らなかった。それよりも船が気になった。
「汝らの天船を見せよ」
この時点で強硬接触班は手筈が狂った。そして臣下たちが叫んだ。
「おやめください!」
煬帝は微笑した。
「朕は天子である。天子が天船を親しく観る。これは道理である」
強硬接触班が言った。
「我々はあなたを星船に招請したい」
また臣下たちが騒いだ。煬帝は片手を上げて静めた。
「朕の侍衛と輿と筆と史官を伴わせよ」
「不可である」
この返答で煬帝の顔から笑みが消えた。
皇帝は一人で動かない。皇帝の動きには記録が伴う。史官がいなければ、それは出来事ではなく事故になる。
「史官なしに朕を見るとは、何を記すつもりか」
「星船は複数名の招請を想定していない」
「天子は常に侍衛と輿と筆と史官を伴う」
「不可能」
煬帝はまた微笑した。
「不可能とは、臣下が怠けるときにいう言葉だ」
強硬接触班は負けた。
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星船内部会議ログ:
地上観測班:「なぜ群衆が見ている場所で中心個体に接触した」
強硬接触班は雑である。
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煬帝は怯えて騒ぐ侍衛と史官に囲まれながら、浮上する連絡艇の窓から自分の船を見下ろした。
彼は思った。
美しい。
自分の楼船が水の上で小さく見える。運河も灯も兵も臣も、すべてが下にある。
その光景は彼を魅了した。
星船は白かった。
香もなく、漆もなく、絹もなく、玉もない。龍も鳳もない。人間の権威を示すものが何もない。
それが、煬帝には貧しく見えた。
「天の船にしては、飾りがない」
星船は答えた。
「装飾は機能に不要」
煬帝は笑った。
「汝らは王ではない」
星船は沈黙した。
「王でない者が、なぜ天の船を持つ」
「星船に所有主体はない」
「では、朕が所有する」
星船は震えた。
強硬接触班の対人接触用アバターが煬帝の発言を記録した。煬帝は、その動きを見て言った。
「朕の言葉を記すなら、朕の年号も記せ。大業である」
彼らは煬帝に地球を見せた。
壁に青い球が現れる。雲が巻き、海が光り、大陸が浮かぶ。
その中に隋の版図が示された。
黄河、長江、洛陽、大興城、江都。
そして高句麗、突厥、南海、さらに彼の知らない大陸。
煬帝は最初、黙って見た。
それから言った。
「ここからここへ、どのくらいで行ける」
彼は地球上の点を指した。
「この船なら短時間」
「短時間とは」
「ほぼ一瞬」
煬帝の目が光った。
「洛陽から江都まで」
「同じ」
「高句麗まで」
「同じ」
「突厥の牙帳まで」
「同じ」
「南海の果てまで」
「ほぼ同じ」
彼は笑った。
その笑いは星船をひどく不安にさせた。
「これこそ真の運河だ」
煬帝は言った。
「水を掘る必要がない。山を削る必要がない。民を徴する必要がない。天を道にすればよい」
星船は言った。
「星船の技術は提供できない」
煬帝は振り向いた。
「では、なぜ見せた」
反応観測──と言いかけて強硬接触班が止まった。
沈黙が流れた。
煬帝は確信した。
朕は正しい。天下は動かさねばならぬ。だが、朕の道具は小さすぎた。地上の運河は未完成の試みだった。天の船こそ完成形である。
もしこれを手に入れれば、反乱は起こる前に潰せる。
高句麗は山城ごと飛び越えられる。突厥の動きは空から見える。南北の富は一日にして移せる。皇帝はもはや巡幸に月日を費やさない。
天下は、彼の視線の下に縮む。その縮んだ天下を見て、彼は支配の新しい形を夢見た。
星船は言った。
「あなたの民は大規模徴発に苦しんでいる」
煬帝は答えた。
「民は目の前の苦しみを見る。帝は百年の利を見る」
「反乱が発生している」
「反乱は常にある。平らげればよい」
「あなたの統治は不安定化している」
「不安定なのは天下ではない。天下を担う者たちの心が小さいのだ」
「あなたは責任を認めないのか」
煬帝は少し笑った。
「責任とは、成す者にだけ生じる。何も成さぬ者には責任もない」
煬帝は要求した。
「天船を一隻、朕に渡せ」
「不可能」
「ならば、職人を渡せ」
「不可能」
「ならば、図を渡せ」
「不可能」
「ならば、朕を天の都へ連れて行け」
「不可能」
煬帝は黙った。
そして言った。
「汝らは何も与えぬ。何も従わぬ。何も認めぬ。ならば、なぜ朕を招いた」
星船は答えた。
「接触評価のため」
煬帝は、その言葉を嫌った。
評価。
皇帝が評価される。
誰が天子を評価するのか。
「評価する者は、評価される覚悟を持て」
彼は言った。
「朕は汝らをこう評する。技は大きいが名がない。名がないから礼がない。礼がないから長く座れぬ」
星船は答えた。
「星船は長く存続している」
「存続と支配は違う」
「説明を」
「石は長くある。だが石は天下を治めない」
星船はまた沈黙した。
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星船内部会議ログ:
地上観測班:「なぜ群衆が見ている場所で接触した」
強硬接触班:「我々は強硬接触班なので」
サル:「改名しろ」
生命影響班:「短時間接触予定である。予定時刻が近い」
サル:「早く戻せ」
地上観測班:「今回は記憶操作を推奨」
生命影響班:「なぜ」
内部会議室にシミュレーション映像が投影された。
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煬帝が強硬に主張する。
「昼に帰せ」
「混乱を招く」
「皇帝は隠れて戻らぬ」
「危険」
「危険を恐れて皇帝か」
真昼の江都の水面に天船の影が落ちる。
兵が見上げる。民が叫ぶ。臣下が伏せる。煬帝が光の中から甲板へ降りる。
第一声。
「朕、天路を見たり」
煬帝が直ちに詔を書かせる。
天船、江都に降る。朕、天外の道を覧る。大業の運河は地上の始めにすぎず、天下を一つにする志は天にも通ず。諸臣は恐るるな。これは隋の天命の大いなる徴である。
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サルは頭を抱えた。
「これは記憶を消せ」
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星船内部会議ログ:
堂々と国家統治者を呼び出すな。
とくに煬帝は二度と呼ぶな。




