57話 会えたら、何を言おうかな
「黙りなさい、カーラ。いきなり話に入ってこないでちょうだい」
「ももも申し訳ございません!」
「あ……ち、違うわ! 邪魔に思ったとかじゃなくて、今はこの子と話しているのはわたくしだっていう意味よ!」
ミランダ様が慌てて向けた視線の先には、あのカーラの姿がある。
カーラは私のことを覚えているようだった。学園に来て最初に鉢合わせた時、ものすごく怯えられたからね。そのカーラは、今はミランダ様の取り巻きの一人。
ミランダ様は魔力の少ない人物も、こうやって自分の身内にしている。カーラもその一人になったわけだ。
……ただ、カーラが目を付けたのが、今度はミランダ様かって思ったけどね。
前の時間軸では私。そして今はミランダ様。爵位が高い人に取り入ろうとするのは変わらない。今回はお姉さまが今ここにいないから、特に私も何かをする気はないけども。
でも、許してはいない。
お姉さまに手を上げようとしたこと、絶対に忘れないから。
冷めた心でカーラを見ると、カーラがそれに気づいたのかビクッと肩を震わせていた。数年前の私の威圧はよほど怖かったらしい。
オホンと気を取り直すかのように咳払いをしてミランダ様が私に向き直ってきたから、カーラからは視線を外したけど。
「あまり一人で行動することはお勧めしませんわ。お供がそのお猿一匹というのも、貴族の令嬢としてどうかと思います」
「お勧めしないというのは?」
うん? 普段はこんなこと言わないのに、今日のミランダ様はどうしたの? いつもならさっきの嫌味という名の気遣いを言ったところで、「御機嫌よう」とか言って去るくせに。
普通の疑問を口にしただけなのに、ミランダ様が今度は呆れた目を向けてくる。
「あなた、ご存じないの? ああ、いつもは屋敷の中で日に当たらない生活をしているものね」
『ところがどっこい! あちこち行って、魔物によく遭遇しては「だりゃあ!」とか言いながら魔法ぶっ放してるんだよね、フィリア』
……スクル、今は黙ってて。そのお菓子全部食べてていいから。
やれやれと私にしか分からない言葉を発しているスクルのことは置いといて、改めてミランダ様に「何がです?」と聞いてみた。
「王弟殿下が帰城した時に言っていたそうです。魔物を王都の近くで討伐したそうですわ。その魔物の亡骸を持って帰ってきたとか」
王弟殿下? ああ、お父様が今朝話していたこと? 領地で出たんじゃなかった?
「王都の近くですか?」
「父が言っておりましたわ。ですが、王都の周りにはより強い結界が張られています。この意味がお分かり?」
結界の中に魔物は出ない。だけど出た。
つい腕を組んで考え込むと、ミランダ様が溜め息をついている。
「結界内に出たということは、結界が効力を発揮していないということですわ。魔物がいつ王都に出てもおかしくない」
「結界が弱まっていると? ですが王族の高魔力で張られている結界です。弱まることはないのでは?」
「ないとは思いますけど、でも現実に魔物の出現は増えているのです。事実は事実として受け取らなければなりません。王都内だから安全と思うのは浅はかだと思いますわ」
王都は王族の管轄だ。そして領地はそこを治めている領主の管轄。魔力を使って結界を張り、領内の町と村を守っている。
「病弱な体だというのであれば、侍女も護衛もつけないのはどうかと思いますわ。あなたに何かがあればローザム侯爵はどう思うでしょうね? ただでさえ、セレスティア様を失っているというのに」
いや、お姉さまは実は生きてまして……って、ん? あれ? 何これ? もしかしてまた心配してくれてる?
ついきょとんとしてミランダ様を見つめると、照れているのかどうなのか、気まずそうに視線を逸らされた。
「とにかく! 一人での行動はくれぐれもお控えになさいませ! 授業を受ければ他の生徒もいるのですから! 先生方もいるわけですし!」
「え? あ、はい」
『お? 何? めっちゃ心配してくれてんじゃん。人がいる所にいろってことでしょ?』
あ、スクルもそう思う? 私も思う。こんなに心配してくれるなんて思ってなかったから、呆然としちゃったじゃん。やっぱりミランダ様っていい人すぎない?
「ああ、でもそのお猿さんは外に置いてくださいな。獣臭いところで授業は受けられませんわ」
スクルのことはやっぱり嫌いらしい。
それを聞いたスクルが『どこが臭いってぇ⁉』って怒っているけど、あの、スクル? それ、鳴き声にしか聞こえてないからね?
シッシッとスクルを払うように手でパタパタと振り、「行きますわよ、皆さん」と言ったかと思えば、カーラを含めた取り巻きを連れてミランダ様が建物の中に消えていった。
『ああもう! 本当にあの子、良い子なんだか悪いのか分からないよ!』
「言いたいことだけ言って、颯爽と消えていったね」
『あたしの人気がそんなに嫌なのかな? まあ? あたしの方が百倍可愛いから仕方ないけど!』
まだそんなことを言っているスクルのことより、またうーんとミランダ様が言っていたことを考えていた。
結界内に魔物が出たって言ってたよね? でも王族の魔力量は多いし、そんな簡単に壊れる結界じゃなかったはずだ。
「……瘴気?」
『え、何が?』
「いや、魔物が増えてるってバールも言ってたし、瘴気が強くなっているのかなって思って」
『っていうか、フィリアだって倒してるじゃん』
「そうなんだけどね」
私の事は置いといて。
瘴気が出れば、魔物はそこから生まれるはずだ。街中でも瘴気が漏れていれば、そこから魔物が出てくることもあった。それを聖女の力で払っていたのだから。
だからといって聖女の魔法がなくても、瘴気を抑えることは出来る。魔道具も貴族の結界の魔法もあるのだから。聖女がいない時代はそれで凌いでいたわけだし。
でも王族の結界を超えるぐらいの強い瘴気が出ているのならば、魔物が出てもおかしくない。
……あれ?
「お姉さまも……危ない?」
魔物がお姉さまを襲う可能性もある?
そんな考えが浮かんで、サアっと血の気が引いていくのが分かった。
『ああ、全然危なくないよ。セレスには結界張ってるって言ったじゃん』
……そうだった! すっかり忘れていた!
ハアと呆れた目をスクルがまた向けてくるから、ついムッとしてしまう。
『魔物で危ないかも~って言って、またどっかに転移しないでよ?』
「? してもスクルがまた迎えに来てくれるでしょ?」
『する気だったの⁉』
ええ? しないと思ったの?
確かにスクルの結界のことは忘れてたけどさ。
ヒョイッとスクルの体を持ち上げると、つぶらな目をパチパチとさせていた。
「私はさ、スクル。いつだってお姉さまのことが心配なんだよ」
『知ってますけど?』
「いつだって、どこでだって、ずっと会いたいって思ってるんだよ」
『それと無茶するのは別問題ですけど?』
ペシンとスクルの尻尾が顔に振ってきたけど、ムーっと頬を膨らませる。
「……会いたいなぁ」
会いたい。
今も、ずっと、ずっと。
会いたいよ、お姉さま。
うーんとスクルの体を目一杯高く持ち上げると、いつも手首につけているお姉さまが子供の時にくれたブレスレットが視界に入る。
月のデザインの、サファイアの宝石が光っている気がした。
お守り代わりにいつもつけている。
お姉さまと繋がっている気がして。
『で? なんであたしのこと持ち上げてるの? たまにやるよね?』
「こうすればスクルがお姉さまの魔力を感じられるかなって」
『今までどうでもいいと思って無視してたけど、そんな理由でたまに持ち上げてたわけ⁉ 存在を感じ取れるだけだって言ってるよね⁉』
「そんなの分からないじゃん。近くにいるよってなるかもしれないじゃん!」
『分かるんだったらとっくの昔に言ってるよ! ええい! 離せい!』
てりゃっと小さい声を出して、私の手から逃れたスクルがピョンっと肩に乗ってくる。ムスッとしながら睨むと、疲れたように溜め息をついていた。
『セレス不足が段々深刻になってる気がするよ』
「そんなの当たり前だよ。何年会えてないと思ってるの?」
『はいはい。その数年分の想いを、次にセレスに会った時にどうぶつけるのか考えておくことだね』
「お姉さまに体当たりしませんけど?」
『そういう意味じゃないの分かってるよね⁉』
もちろん分かってるけどさ。
ハアと息を吐いて、また太陽の光をサファイアの宝石に当てた。綺麗だったから。
今も、昔も、これからも。
いつだって私はお姉さまのことを考えてるよ。
会えたら、何を言おうかな。
まずギューっていきなりしようかな。
生きててよかったって、実感したいから。
お姉さまはどうなのかな。
私に会ったら、どんな反応をするんだろう?
あの銀髪を揺らして、あの戸惑った顔をして、それでもあの温かい手を触れさせてくるのかな?
それとも、嬉しく思ってくれたりするのかな?
笑ってくれたり、するのかな?
「聞いた? ラーク殿下が今日来てるって」
「そうなの? 王弟殿下が帰城なさってから、当分は学園に来られないって話じゃ?」
そんな声が聞こえてきて、パチッと目を開けた。通りすがりの子たちが噂をしていたみたいだけど、スクルを見て「可愛い! スクルちゃんに会えた!」とか言ってる。
それにしても、王弟殿下のことを皆が知ってる。バールが言っていた通り人気があるんだなぁなんて、スクルがその子たちに手を振っている間、呑気に思ってしまった。スクルにもその子たちが噂していた話はきちんと聞こえていたらしい。
『王子様来てるんだ。あ、ねえねえフィリア。このお菓子の山、王子様に運んでもらおうよ』
「え~……私が頼むの?」
『王子様に見せつけたいんだよね。王子様よりおいしいリンゴたちを貰ってるんだけどって圧掛けたい』
殿下にまでたかってるよ。スクルにとっての殿下はリンゴを献上してくれるだけの存在らしい。もはやスクルのリンゴの僕では?
ほれほれと尻尾を叩きつけてくるから、ハアとまた深い溜め息をついて仕方なしに殿下の所に行くことにした。というか、そろそろ病弱設定やめたいって伝えないと。
生徒たちの誰もが殿下の話をしているから、どこにいるかはすぐに分かる。門のところにいるらしい。出来れば人の目がないところで話したいけどなぁ。まあ、話をしたい風な合図でもすればいいかな。
殿下が来るのが久しぶりのせいなのか、会うために生徒たちが門の前の広場に来ていた。もちろんスクルを愛でる視線も多かったけど、殿下も前の時間軸と同じで人気あるんだよなぁ。
『あ、いた!』
スクルが声を上げたから、釣られて指を差した方向を生徒たちの隙間から見てみる。確かに殿下だ。あれ? 馬車?
今にも馬車の扉が開かれようとしていて、殿下はそれを待っているみたいだった。皆の視線も自然とそこに集まっている。
『……マジかぁ』
スクルが呟く言葉に首を傾げた。私の頭に乗ってるから見えるみたい。有名人が乗ってるのか、な?
自分も背伸びをして、馬車から出てくる人に視線を向け、
息が、止まった。
思い浮かべていた、煌めく銀髪。
心も体も縛り付けてくる、サファイアの瞳。
『フィリア、ちょっ――』
考える暇もなく、勝手に足が動いた。
ドクドクと心臓が脈打っている。
どうして? どうして、どうして?
でも足は止まらない。
視線は縛り付けられる。
前の道を塞ぐ人の波を押しのけて、浅くなる呼吸が耳に届く。
ずっと、ずっと、思い出していた。
ずっと、ずっと、焦がれていた。
あの日、最後に見たあの顔。
あの手の感触。
あの温もり。
忘れたことなんて、ない。
一日も。一秒だって!
「フィリア⁉」
殿下の声が聞こえたけど、そのまま馬車から出てきた人物に飛び込んだ。
背中に自分の腕を回して、その人の肩に自分の顔を押し付け、ギュッと強く抱きしめる。
温もりが体に伝わってくる。
「お姉さまっ……!」
何年も待ち望んでいたお姉さまを抱きしめる。
会いたかった。
会いたかったっ。会いたかったっ!
生きているのは分かっていたけど、それでも思わずにはいられない。
こうやって抱きしめたかった。
どうしてこんなところに? とか、心配してました、とか、言いたいことが一杯あったはずなのに、何も言葉が出てこない。
感じる体温が、
心臓の音が、
これでもかと胸を苦しくさせてくる。
「お姉さまっ……良かった……良かったですっ」
声も手も震えて、目の奥が熱くなって、でも離さないように指に力を込めた時だった。
「フィリア! ちょっと待ってくれ! ストップストップ!」
「うわっ⁉」
グイっと肩を引っ張られる。ついその方向に顔を向けてしまうと、殿下がものすごく焦った顔をして、お姉さまに顔を向けていた。殿下、邪魔しないで貰えませ――
「すまない、彼女も悪気はないんだ。違う人と勘違いしたみたいで」
――今、なんて? 違う人?
殿下の言葉に目を丸くさせると、殿下が今度は困ったように私を見下ろしてくる。
「手を離してあげて、フィリア。『ルミナス嬢』が困ってる」
『ルミナス』……?
殿下、何を言っているの?
お姉さまが、ここにいるのに。
ほら、あのサファイアの瞳で、私のことを――
そう思って、お姉さまの顔を改めて見ようと顔を向けた時、視界の端に髪の色が入り込んでくる。
銀髪ではなく、紅蓮の髪色が。
顔をゆっくり上げると、私のことを見下ろしてくる紅いルビー色の瞳と目が合った。
……え?
思わず、手の力が緩んだ。
あ、あれ? え? だって、さっき銀髪で? あれ? サファイアの瞳で? え?
頭の中が混乱真っ最中の間、その人は何も言わない。
ただただ黙って、お姉さまとは違うつり上がった目で、私のことを見下ろしてくる。
目元を歪めて、ジッと見つめてくる。
スッと目元が細くなったかと思えば、ゆっくり私の手を離して距離を取っていた。
「ルミナス嬢?」
「……」
殿下が声を掛けたけど、何も答えずに踵を返して馬車の中にまた入っていった。「え、ルミナス嬢⁉」と殿下の焦った声が聞こえてくる。
馬車はそのまま動き出して、殿下も半ば呆然と言葉を失っていた。
自分も何も言葉が出てこなくて、その場に立ち尽くしてしまう。
さっきまでのお姉さまは幻? でも紅い髪と瞳で? でもでも、ちゃんとお姉さまだって思ったからで?
え、え、え? どういうこと⁉ 会いたすぎて、変な幻見てたってこと⁉
「……まいったな」
後ろで何故か殿下が溜め息をついていたけど、今さっき自分が抱きしめた人の体温がまだ手に残っている。
理解が追い付いていない頭のまま、その手を見つめてしまった。
遠い後ろの方で、『フィリア! ちょっ! 助けてぇ!』と、スクルがファンの子たちに揉みくちゃにされている声がしたけど、立ち尽くしてしまう。
あの紅い髪と瞳が、
ずっと頭の中から離れなかった。




