56話 サル付き令嬢
『いっやぁ! 学園天国すぎるでしょ!』
「……」
ジトーッと呆れた目をアップルパイを頬張っているスクルに向けるけど、スクルは全然構わないでモシャモシャと食べている。
ちなみにそのアップルパイはスクルのファンがくれたものだ。それだけじゃない。今座っている中庭の椅子とテーブルの周りにも、スクル宛のプレゼントが山のようにある。
「なんっで……スクルがこんなに人気なの⁉」
『そりゃあ、フィリア! あたしのこの可愛らしい見た目が令嬢たちに命中したんだよ! わかる! あたしもさ、この前鏡見て思ったもん! あたし、可愛すぎないかと!』
胸を張って口の周りにアップルパイのカスをつけているスクルに溜め息しか出てこない。
「あのさぁ、スクル。スクルって女の子だよね? いいの? サルなんだよ?」
『仕方ないじゃん。こいつ、マジで起きる気配ないし。でも前より体が大きくなったからか、魔力量増えたよ』
どれだけ馴染んでるの⁉ 大きくなったっていっても、たかが数センチだからね⁉ 魔力量増えたから満足、じゃないでしょうが⁉ そりゃあスクルの魔力は私の体にあって渡せないから、使える魔法も限られるけどさ!
『はっは~ん。さては、フィリア。嫉妬してるんだね。あたしが学園でフィリアより人気だからってさ』
「そんなのどうでもいいし。嫉妬する意味ないし。それより、サル付き令嬢って言われるのが納得できないだけ」
『フィリアがおまけだもんね。そりゃあ学園に来るのも嫌になるよね。いやあ、困ったなぁ。あたしの魅力にはフィリアも適わないんだもんなぁ』
は、は、は、腹立つぅぅぅ!!!!
別に人気になりたいわけでもないし、むしろ前の時間軸と違って一人の方が気楽だから今のままで全然いいんだけど!
それよりも何よりも、学園に来るたびにこのドヤ顔をスクルがしてくるのが腹が立つ! あとこの山のようなプレゼントを屋敷に送る手配をするのが、毎回面倒臭いことこの上ない!
「大体さぁ、スクルまで学園に来ることないんだよ? 適当に授業受けて帰るだけだし」
『そう言って前に勝手にセレスを探しに行ったのはどこの誰だっけ? しかも調子に乗って魔力ギリギリまで使って、大丈夫になったはずなのにぶっ倒れたの誰だっけ? それを迎えに来いって言ったの誰だったかなぁ?』
「うぐ……」
あれはちょっと、ちょぉっと遠くまで転移して、しかもイメージだけで行ったものだからどこか分からなくなって、私とスクルは繋がってるから、ちょっと迷子になっちゃったから来てほしいなぁって、それだけで!
『いやぁ、あれは本当にバカがやることだよね。本だけで知ったイメージを頼りに、普通は転移魔法なんてしないんだけど。どれだけの魔力量が必要かも分からないわけだし? そういうこともちゃぁんと教えたのにも関わらずやったわけで? それじゃあそばにいた方が楽じゃんってなるよねぇ』
ネチネチネチネチとうるさいスクルに何も言えない! そうだけど! そうだけどぉ!
ハムッとまた一口アップルパイを頬張るスクルに何も言えないでいると、ソッとまだ開けていないお菓子の箱をもう片方の手で差し出してきた。は? 何? その憐みの目は何?
『甘いものでも食べて、その無茶無謀を考える頭に糖分を与えなよ。糖分が足りてないから、後先考えない行動を先にしちゃうんだよ、フィリアは』
「普通はイライラしてる時じゃない、それ⁉」
『言い返せないから悔しくて、今もイライラしてるでしょ?』
っっっこんの! 腹立つ! 誰のせいだと思ってるわけ⁉ そもそもスクルが私に監視でひっついてくるようになったから、サル付き令嬢とか呼ばれるようになったのに!
あー……この尻尾を掴んでぶん回してやりたい。いや、でも駄目だ。前につい一回それをやったら、いつの間にか出来ていたスクル親衛隊の子に詰められたんだ。「可哀想だと思わないんですか⁉」って、いきなり現れた。今もどこに潜んでいるか分かったものじゃない。あの剣幕、お母様より全然怖いから。
なんでこんなことになったんだか、と、思いっきり溜め息をついてからスクルが出してきたお菓子の箱を開けて、中にあったクッキーを一枚齧った。やっぱりタックが作るクッキーの方がおいしいよね。
……お姉さまの好きだったあのクッキーも、もう随分と食べていないなぁ。
「……ねえ、スクル」
『え、何? まだ欲しい?』
「いや、いらない。そうじゃなくてさ。お姉さま……なんで帰ってこないのかなぁ……」
『……』
スクルは何も言わない。でもいつものことだから、そのまま空を見上げた。雲が所々にあるけど、その向こうには澄んだ青い空が広がっている。何も言わないのは、分からないから。分かってる。分かってるんだけどね。
……この空を、お姉さまは今見ているのかなぁ?
「生きてるのに、なんで帰ってこないのかなぁ?」
本当は一緒に見たいのに。
綺麗な空を、その温もりを感じて、一緒に見たいのに。
『……さぁてね。それはセレスに会ってみないと分からないよ』
「……うん」
会わないと分からない。
どうして帰ってこないのか。
今何をしているのか。
どこに、いるのか。
ペシペシと元気づけるようにスクルが尻尾で手を叩いてくる。
『見つけてから聞けばいいよ。怒ってもいい』
「お姉さまに怒るわけないじゃん」
会えればいい。
生きてくれていればいい。
あの手にまた触れたい。
あの温もりをまた感じたい。
あのサファイアの瞳を向けてほしい。
あの微笑みを、また見られればいい。
スクルがどこか嬉しそうに笑った。
『フィリアはぶれないなぁ』
怒ったりしないよ。怒るとしたら、お母様のやることに気づけなかった自分だしね。
ハアとやるせない気持ちになってつい溜め息をついてしまう。
会いたい気持ちが膨れ上がって、寂しさが胸一杯に広がった時だった。
「あーら? 久しぶりに顔を見せたかと思えば、のんびりとお菓子を食べているなんて、随分と呑気ですこと」
少し甲高い声がしたからつい後ろを振り返ってしまうと、視界に入ってきた数人の一番前にいた人物にうげっとなってしまう。
折角お姉さまの顔を思い出していたところだったのに。スクルはどうでも良さそうに尻尾を揺らしていたけど。
相手しないわけにもいかないから、ニコッと聖女時代に培った作り笑顔を貼り付けた。
「ミランダ様ではございませんか。お元気そうですね」
「あなたもお元気そうですわね。あまりに顔を見せないから、魔物に食べられているのかとも思っていたのですが」
「食べられたいと思うような魔力を持っていなくてですね。ご存じかと思いますが」
「そうでしたわねぇ。あなたみたいな低魔力の持ち主を、魔物も好まないのでしょうね」
クスクスと嘲笑うミランダ様に、ニコニコとした顔を崩さないで、あー面倒臭いと心の中で愚痴を吐いた。
ミランダ様はコーセル公爵家の娘だ。魔力量が低い貴族を下に見ている部分がある。
さらには――
「なのにラーク殿下のご厚意に甘えてばかりで、恥ずかしいと思いませんの?」
――殿下の婚約者候補なんだよね! 魔力量が多いから必然的にそうなったらしい。
しかも。
「そのような魔獣みたいなサルまで使って人気取りとは。そこまでしてラーク殿下の目に留まりたいのかしら?」
スクルのこと目の敵にしてるっていうね! 表面的には私が飼い主だから、私に矛先を向けてるっていう! 迷惑極まりないんだけども⁉
「ミランダ様が何を想像しているのかは分かりませんが、前にも言ったように、私と殿下は幼馴染というだけで、他には何も関係ありませんよ?」
「よく言いますわね。殿下にお願いして、学園に来なくても試験は免除されていると聞いておりますわ」
「そんな噂があるんですか? 根も葉もない出鱈目ですね。ちゃんと試験は受けることになっていますよ?」
「それが事実だとしても、学園の授業も受けずに試験を受けられるということ自体が、優遇されていることではなくて?」
困ったこと、と言いたげにわざとらしい溜め息をつくミランダ様に、こっちも息を吐きたくなった。確かに殿下には学園に毎日通わないでいられるよう、適当な理由を学園長に言ってもらったけどさ。
「私の体を考慮してくださって、試験を受けさせてもらっているのですよ。そこに殿下が口添えして下さったのは否定しませんが、優遇ではありません」
勝手に病弱にされた私の身にもなってほしい! 魔法の修行でぶっ倒れることは度々あったけど、全然病じゃないから!
ものすごく殿下に抗議したけど、「その方が便利でしょ?」と言われたら確かにって思っちゃったんだもん! 仕方ないけど! その方がお姉さまを探しに行けるし!
私が元気だと知らないミランダ様は、途端に少し眉根を寄せて、気遣うような視線を向けてきた。信じてるんだよね、殿下と私の嘘を。
「……今日は調子が良さそうですわね?」
「調子はいつもいいのですけど」
「でしたら、こんなところでそこのお猿さんを使って人気取りをしているのではなく、ちゃんと講義を受けに来るのがいいのでは?」
ぶっきらぼうに言ってくるミランダ様に、ついつい苦笑してしまう。つまり、講義に出てこないから体を心配して様子を見に来たのかな?
……悪い人ではないんだよね、この人。嫌味は言うし、魔力が低い人を下に見てるし、高慢な態度だけども、こうやって心配してくるっていうね。
スクルの方が人気あるのは気に入らないんだと思うけどさ。あと殿下の婚約者候補だけど、その殿下が自分より私に構うからそこも気に入らないと思っているんだろうなぁ。
それでも声の端々に、心配の色が乗っているのを隠せていない。
どうも嫌いにはなれないんだよね。前の時間軸でも魔力なしだって聞いて、事あるごとに声を掛けてくれていたし。
社交界でのミランダ様の評判はいい。面倒見がいいっていうか、なんていうか。下には見てるけど、それで奴隷扱いするのではなく、保護しているようにも見える。周りにいる子たちは爵位が低い家の子たちが多いし。
今もミランダ様を生暖かい目で見ている。きっとこの高圧的な言動も、ただ不器用なだけなんじゃないかな。一緒にいる子たちはそれを分かっているんだろうな。
「大丈夫なら大丈夫と、皆に示すことも大事ではなくて? まあ? 具合が悪いなら別に無理して来なくてもいいのですけども」
でも素直に心配だと言わないのがミランダ様なんだよなぁ。そういうところは可愛いと思うし、友達にもなれると思うけれども……。
「ミ、ミランダ様、そんな気を遣う必要はないのでは? ミランダ様が気に掛ける必要はないと思うのですが」
……カーラがそばにいるんだよね。




