55話 早く、会いたいな
カチャリと部屋の扉を開けて、軽い足取りで中に入っていく。窓際まで行って、カーテンを開けると、遮られていた光が部屋の中に入ってきた。
そのまま窓を開けると爽やかな風が部屋の中に入り込んできて、スウッと吸い込むと気分も良くなってくる。
「今日も良い天気だよ、カンナ!」
クルっと一回転して、ベッドの上で目を開けないカンナに話しかけた。
でも、反応はない。
『まだまだ起きそうにないねぇ』
ふああっと欠伸をしながら部屋に入ってくるスクルに視線を向けるけど、そんなのは無視してスクルはピョンっとカンナの枕元に飛び乗っている。
「でもさ、なんか日に日に顔色は良くなっている気がするよ」
『そうだといいけどね』
「毎日私とアネッサもマッサージしてるし、タックも手伝ってるし! 絶対その内カンナだって起きるって!」
『カンナもびっくりするんじゃない? でっかくなったフィリアを見てさ』
そうかな? まあ、確かに大きくはなった。
けど、それはそうだろう。
もうお姉さまがいなくなってから、五年経っているのだから。
まだ、お姉さまは見つかっていない。
「スクル、今日は?」
『大丈夫。生きてるよ』
淀みなく、お決まりの言葉をスクルが言ってくれる。その言葉を聞くのがもう習慣になってしまった。
けど、その言葉だけが、今の私の支えだから。
「フィリアお嬢様、こちらにいたのですね」
アネッサがクスクスと笑いながら部屋に入ってきて、カンナに挨拶している。アネッサは変わらない。それでも年のせいなのか、最近は体があちこち痛いとは言っていた。おじい様の代から仕えてくれているんだもんなぁ。
「旦那様がお待ちですよ。お話もあるとか」
「うえ……」
多分、昨日のことだ。お父様もいいって言ったのに!
そばにきて学園の制服の襟元を正してくれるアネッサが困ったように笑った。
「あまり無茶をされてはいけませんよ、お嬢様。カンナが起きたら悲しみます」
「……はーい」
『ほら見ろ。絶対怒られることだって、ちゃんとあたしは注意したのにさ』
ムーっと頬を膨らませてスクルを見下ろすけど、スクルは小馬鹿にしたように呆れた目を向けてきた。何さ! スクルだって一緒にやったくせに!
「今日も良い天気になりそうですねぇ」
アネッサが気持ちよさそうに空を見上げていたから、つい私もそれに釣られて見てしまう。
……お姉さまも見てるかなぁ? 見てるといいなぁ。
毎日毎日、お姉さまを想う。
元気でいるといいな。寂しい思いをしていないといいな。お腹空かせていないかな? タックがね、すごいいっぱい新しいレシピを考えたんですよ。食べてもらいたがっていましたよ。
心の中で、いつも話しかけている。
早く、
早く、会いたいな。
『さぁてと、フィリアが怒られている間にタックにリンゴ貰いに行こうっと』
はあ⁉ というか、スクル! 人がちょっと感傷に浸っている隙に何を言っているのかな⁉ 私一人だけ怒られるなんて割に合わないんだから、ちゃんと一緒に怒られてもらうからね!
スクルの体を無理やり抱き上げると、『え、何? なんで怒ってるわけ?』とか言ってくるから無視してあげた。お父様のところに向かう私の背中からは、アネッサの笑っている声が聞こえてきた。
「さて、フィ。言いたいことは山程あるわけだが」
「お父様、その前に一つ言いたいことが」
「ん?」
食堂に着いて、さっそく本題にかかろうとしたお父様の言葉を遮ると、ちゃんと私の言葉に耳を傾けるように口を閉じた。さすがはお父様。こういうところは昔と変わらず、私に甘いのだ。お説教よりも私の言葉を待っているのだから。
「お話というのは、昨日の休日のことですよね? お隣のお隣にあるあの領地に行った」
「ああ、そうだ」
「あれはですね……弁解しますと、スクルが悪いんです!」
『ぉぉおい⁉ いきなり責任転嫁やめてくれない⁉』
いきなりの私の言葉に、スクルがぎょっとしたように目を見開いていた。ニヤリと心の中で笑いながら、スクルの体を持ち上げてお父様に見せつける。お父様が面食らったようにパチパチと大きく目を瞬いた。
「私が探索したのは森! しかもですね、地元の人に聞いた話だと、奥の方にその村でしか採れない貴重なリンゴがあるということで! それを聞いたスクルが私の静止を振り切って飛び出したわけですよ!」
『見事なまでの嘘八百! フィリアが勝手に「あ! 人影かも!」とか言って飛び出したんじゃん!』
そうだけど、スクルが何言ってるかなんてお父様には分からないもんね! 私一人だけお説教なんて絶対嫌――
「オホン、お嬢様。だとしても、一人単独で突っ込むのは危な過ぎる行為です。護衛についていた彼らの嘆きをご存じないとは言わせませんよ」
――バールの冷静な言葉に固まってしまった。お父様は流せても、バールはやはり一筋縄ではいかないらしい。振り返って見てきたスクルの勝ち誇った顔が憎たらしいことこの上ない。
「フィ。そういうことだ。スクルはともかく、そういう危ないことをさせるために、セレスの捜索をさせているわけじゃないんだぞ? いくら魔法で強くなってもだ」
「そうですよ、お嬢様。最近はあちこちで魔物が活性化しているのはご存じでしょう? 確かにお嬢様の魔法の上達は目を見張るものがありますが、それとこれは話が違います」
グーの音も出ない正論である。だって、いるかもしれないじゃん。もしかしたらって思うじゃん。
ムスッと押し黙ってしまうと、スクルが『やーいやーい』って尻尾を頭に何度も振り下ろしてきたから、さらにムカッときてしまった。
スクルを睨みつけている私を見て、二人がハアと溜め息をついている。この感じ、なんだか懐かしい。よく先生もそういう風に溜め息をついていたんだよね。
この五年でしっかりと魔力の使い方を覚えた私は、魔力測定を誤魔化した。そもそも自分の体にある魔力はスクルのものだし、それで大ごとになっても困ると思ったから。
でも、二人には正直に話した。アネッサと殿下にも。そうしないと、私がお姉さまを探しに行く時に邪魔されると思って。
正直に話して、実際にこんな魔法も使えますよぉっとスクルが教えてくれた魔法を披露したら、二人が驚愕のあまりにしばらく固まっていたのを覚えている。
スクルが教えてくれた魔法は多種多様だったけど、どれもが最高位魔法に近いものだったらしい。憎たらしくからかってくるくせに、実力は確かだった。殿下は私がどんな魔法を使うかは知らないけどね。
『調子に乗るからこうやって怒られるんだよ。少しは加減ってものを覚えた方がいいよ、フィリア』
私の手から逃れたスクルが、テーブルの上に乗っているリンゴを口に入れてモシャモシャしている。ほんっとうに憎たらしい! 感謝はしてるけど、それとこれとは、それこそ別というものなのでぇ!
「あまり無茶をしすぎるようなら、フィには大人しく学園で過ごしてもらうという手もあるんだぞ?」
「い・や・で・す! 学園以外に行くのを禁止するというなら、私は実力行使でこの屋敷から出ていきますからね! 学園に行かないで、お姉さまを探すのを優先させますから!」
即答すると、お父様が頭が痛そうにこめかみを押さえていた。それが可能だということをお父様は熟知している。というか実際やったことある。
スクルから『そろそろ大丈夫かもね』と太鼓判を押されたから、さっそく隣の領地に探しに行ったら、慌ててお父様が止めにきたんだよね。めっちゃ怒られた。スクルには呆れられた。
一人で探しに行くのは駄目だと言うから、この侯爵家で雇っている傭兵さんを連れて行っているのに!
「でも、お父様たちを心配させるのは本心ではないから、だから私は学園にも通ってるんですよ? そこはちゃんと分かってほしいです!」
「いや、分かっている。分かっているんだがなぁ……こんなに行動力があるとは思わないだろう? 魔物に一人で立ち向かったなんて聞かされて、心臓がいくつあっても足りないんだ……」
ハアと重い溜め息をつくお父様にちょっとだけ申し訳なく思う。心配してくれているのは分かっているんだけど、いや、出てきたら倒すでしょ。そうしないとこっちがやられる。
「大丈夫ですよ。私の魔法はお父様たちだってご存じでしょう? そんな簡単にやられません!」
「お嬢様、そういう話ではないのですよ。護衛を置き去りにして危ないことを率先してやっているのが問題なのです。万が一があったらどうするという話は何度もしているではありませんか。実力は相当ですが、その力を過信してはいけないと申し上げているのですよ」
「むー」
「むーではありません。国内のあちこちでそんな力を見せびらかすようなことしていたら、魔力測定を誤魔化したのも無意味になるではありませんか」
「誰も信じないですよ。私、これでも十六歳のか弱い女の子ですよ? そんな女の子が魔物を魔法で蹴散らしたなんて、おとぎ話にもなりはしないですって」
自信満々に胸を手で叩いて言うと、二人が「どこが?」という目をしていた。なんて失礼な! 二人は私が使う魔法を見ているからそういうこと風に見えるんだってば! どこからどう見てもか弱い女の子でしょう⁉ ちょっと魔物を叩き潰したり、爆散させたり、蹴り上げたりはしてるけど!
そもそも魔力測定を誤魔化した一番の理由は、万が一にも殿下の婚約者にならないためでもある。
お姉さまは、あの時死んだことになっているから。
お姉さまの代わりにと望まれないようにするために、何よりも私が自由奔放にお姉さまを探しに行くために、だ。
「それに、殿下だって協力してくれているんです。たまに――たまぁに! 魔物を蹴散らしていても、そこはほら、殿下がなんとかしてくれているはずですよ!」
殿下は全面的に協力してくれている。お姉さまがいるかもしれないところを調べてくれているし、私が探しに行く時も情報統制をしてくれているらしい。具体的にどうやっているかは分からないけど。
ゴホンとバールがまたまたわざとらしく咳払いをした。
「殿下も殿下でお忙しい身なのですよ。全部が全部を殿下頼りにするのは、ローザム侯爵家としても見過ごせません」
「え~。いいじゃないですか。こういうところでしか殿下は頼りにならないんだから」
『ポンコツ王子って呼ばれたのまだ気にしてるもんねぇ、あの王子様』
泣くふりをしながらもリンゴを食べているスクルに「ね、そうだよね」と言いたくなる。言わないけど。
殿下はあれから見違えるほど、あの作った笑顔を浮かべなくなった。私たちの前でだけだけど。「もうポンコツって呼ばせないから」とかなんとか言っていた気がする。どうやら傷ついたらしい。
お父様とも相談をよくしているけど、王城の方でももう自分の母親に文句を言わせない為に頑張っているのだとか。前にバールが「側妃派が静かになってよかったですね」とお父様に言っているのを聞いたことがある。派閥争いが起こっているみたいだってスクルも言っていた。
殿下はお姉さま探しにも乗り気だった。その派閥争いに巻き込んでしまったとか責任を感じているらしい。全くの見当違いだけどね。お姉さま失踪は確実にお母様がやったことだから。
でも使えるものは使いたい私としては大歓迎である。殿下の存在で地方の貴族たちも結構黙るし。あちこち行くと、やれ夜会だ、紹介したい人がいる、とか煩わしいんだよ。一応私、侯爵家の娘なので。
「でも最近は殿下と一緒に行ったりしてないですよ? 変な噂が出るのも困るし」
殿下は便利だけど、一緒に他領に行くのは困る。前の時間軸のこと思い出しちゃう。まあ、前とは違って、今回は殿下自身が私とそういう関係ではないって明言してるからいいけどさ。
それでも勘ぐる人はいるわけで。
学園でもそういう目で見る人もいるから、面倒臭いことこの上ない。どうせ信じやしないと、そういう噂とかは無視してるけどね。
私は、お姉さまに会いたいだけ。
そこだけは揺るがない。
密に心の中でまたお姉さまのことを考えていると、お父様がハアとさっきとは違う疲れた息を吐いていた。
「それはそうだろう。殿下も慌てふためいているだろうさ」
「? 何かあったんですか?」
「ああ、フィは昨日帰ってきたばかりだからな……」
言いにくそうに眉を顰めるお父様に首を傾げてしまうと、バールもまた困ったように息をついていた。
「お嬢様には関係ないのかもしれませんが……王弟殿下がお戻りになられたのですよ」
王弟? いつだったか話に出たような気もする。
「最近、各地で魔物が頻繁に出現しているから、対処するために陛下が呼び戻したという話だ」
「あの方は影響力もありますからね。国民の不安を取り除く意味合いもあるでしょう」
「影響力?」
「簡単に言えば人気があるんですよ」
「だからこそ、今いる王族と貴族連中が忙しくしているわけだ」
ほうほう。だから殿下は忙しいと。派閥争いの話なのかな? うん。関わらないでおこう。というか、本当に私には関係ないや。
もうお説教の話は流せたっぽいなと、ようやく朝食のパンに手をつけると、お父様が「だからな、フィ」と話を続けてきた。
「当分、セレス探しは中止にしよう」
「は⁉」
思わずポロっと手に取ったパンを落としてしまうと、アネッサが「あらあら、まあまあ」と拾ってくれて、『あれ、いらないの?』とスクルがひったくっている。でもそれに構わず、お父様をポカンと見つめてしまった。
「なななな何を言ってるんですか⁉ 私の人生ですよ⁉」
「じっ? そ、そこまでか? いや、まあ……そうだよな。フィにとってはそうかもしれない。でもな、魔物の出現が頻発しているのだから、危険は多くなっている。そこにフィを行かせることはできない」
「私は魔物を探しているわけではありませんよ⁉ お姉さまを探しに行ってるんです!」
「最近、街中でも出た領地もあるんだ。セレスのことを諦めたわけじゃないが、捜索が危ないことには変わりない」
「お嬢様、何もこの先一生というわけではありません。王弟殿下が戻ってきたこともあり、この魔物の問題も近い内に解消されると思うのです。その間だけ、お嬢様にも大人しくしてほしいという願いで――」
「絶対いやです!」
ただでさえお姉さまを一人ぼっちにさせているというのに! 本当は学園に行かないで、その時間をお姉さま探しに使いたいのに!
声を荒げた私に、お父様がジッと見つめて落ち着いた声を掛けてくる。
「セレスは生きている。そう言ったのはフィだ。私も信じている」
「そうです! だから早く――」
「そのフィが傷つくのを、セレスは嫌がると私は思う」
断言するその言葉に、つい私も押し黙ってしまう。そうだったらいいなと、思う自分がいるから。
「不甲斐ない父親だけど、あの頃のセレスがフィを大事にしていたことは分かっている。だからこそ、今回ばかりは駄目だとはっきりと言おう」
カタリと静かに席を立ったお父様が近くに来て、そっと包み込むように抱きしめてくれた。ポンポンとあやすように背中を軽く叩いてくる。
「私も心配だけど、セレスだって心配する。大丈夫だ。何もずっとじゃない。フィが動かない時も、ちゃんとセレスの捜索は続けるから」
抱きしめる腕を緩めて、お父様が私を見下ろしてきた。苦笑しながら今度は大きい手を頭に乗せてくる。
「ずっとセレスの捜索ばっかりで、学園生活もままならないだろう。たまには学友たちと一緒に過ごしなさい。学園で私はヴィエラとも会えた。友人たちともだ。一生の友達になる。貴重だぞ、そういう存在は」
え~! と心の中で思ってしまう。噂とかに踊らされる人たちと友達になりたくないんだけども。そういう人たちばかりではないっていうのは分かるけどさぁ。
顔に出ていたのか、お父様は困ったように笑っていた。
心配してくれてるのは分かる。ずっと学園そっちのけ――たまに授業に出るだけで、他はずっとお姉さまがどこにいるかとか、行っていない場所に行くために護衛の傭兵さんたちと話し合ったりだとか、そういうことにずっと時間を使っていたから。
お父様も普通の父親だ。子供に危ない目には遭わせたくないだろうし、安全な場所で友達と和気あいあいしてほしいのだろう。
でもなぁ。友達ねぇ。学園かぁ……。
『まあ、フィリアの学園嫌いはそこじゃないよね』
ずっとモシャモシャとパンやリンゴを頬張っていたスクルが軽く肩を竦めていた。
とりあえず心配させたくないから、お姉さま探しの話は保留になったけど、あーあと気分が重いまま、学園行きの馬車に乗り込んだ。馬車の中で思いっきり溜め息をつきながら、窓の外を眺めつつ、これから言われるだろうことを頭に思い浮かべる。
そうなんだよなぁ。殿下との嘘だらけの噂もあるんだけど。
それよりも、何よりも……。
「あ、『サル付き令嬢』が珍しく来てるわよ」
学園の門を過ぎてすぐに聞こえてきた声に、がっくりと肩を落としてしまう。
『いやあ、今日もあたしは人気者だね!』
肩に乗っているスクルはファンサービスのつもりか、その令嬢たちに手を振っていた。それを見た令嬢が「かわいい!」とか黄色い声を上げているのを聞いて、ドッと疲れが体に溜まっていく。
――なんでスクルがこんなに愛されてるの⁉
あと、その『サル付き令嬢』って何⁉ 変な異名つけないで⁉ お姉さまに絶対知られたくないから!




