あんたを強くしてあげる―スクルSide
違和感は最初からあった。
『私はね、お姉さまが誰の子供かとかより、お姉さまが大事だから』
揺るがない目で、迷いのない言葉。まっすぐまっすぐ見てくるその目は、覚悟が昔から決まっている目だった。
最初は助けられなかったからなのかと思っていたけど、どこか違う。
その目の奥にはいつも不安が渦巻いている。
こういう目を、あの子もしていたから知っている。
セレスを見る目が、掛ける言葉が、行動が、懐かしさを運んできた。
『魔力なかったんだよ。それだと魔法使えるわけないでしょ?』
あっさりとフィリアが言った言葉に、ポカンと口を開けるしか出来なかった。そんな人間が存在しないことを知っているから。この世界に生きている生命は絶対に魔力を大なり小なり持っているものだ。
でもそう言っていたはずなのに、フィリアはあろうことか自分の中にあるあたしの魔力を動かそうとした。しかも、そのあとすぐに小さい魔法を使ってみせた。
魔力がどういうものかも分からないはずなのに?
使い方なんて分からないはずなのに?
疑念は深まるばかりだった。
本当に信用していいのか、とも。
『スクル、頼む。あの娘を救ってくれ』
主のあの切実な命令には、あたしも逆らえない。
あたしは主に恩がある。ミアラとのことだって、あたしは傍で見ていた。
あたしはセレスティアを生かさないといけない。
フィリアが何かを隠しているのは明らかで、主の意図にそぐわないことをするんじゃないかとさえ思ったものだ。
別に切り捨てればいい。フィリアがいなくても、セレスティアをこの屋敷から連れ出せばいいんだ。命は助かるし、フィリアの母親から受けた心の傷だって、離れれば癒されていくはず。
でも、フィリアはいつも嬉しそうに笑っていて。
セレスの一挙一動を見て、感動して、笑って、嬉しそうで。
どうしてもその姿が、かつての記憶にあるあの子と重なって。
こっちの話は聞かないし、逆に振り回してくる。精霊界にはないリンゴは何度も取り上げるし、それで何度も喧嘩もした。
その感情をまっすぐに向けてくる姿が、どうしても重なって。
セレスに危害を加えないならいい。
協力してくれるというなら、こっちにはメリットしかない。
心のどこかでそんな言い訳をして、本心では見守りたいと思うようになった。
セレスティアの父親代わりのあのお父様の周りにあった靄も気になった。魔法の残骸? いや、呪いか? フィリアの母親にも母親の侍女の周りにもあるもので、だけど全く掴めない。
分かるはずなのに、でも肝心な魔法の全容が見えない。掴もうとしても、スルッと逃げられる感覚。嫌な感じなのは分かるのに、何の魔法なのかが分からない。
でも根底にあるのは分かる。
あれは悪意だ。
僻み、妬み、憎しみが渦巻いている悪意の塊。
あれだけの悪意がフィリアの母親に、侍女に、そして父親の周りに渦巻いている。どうしたものかと、最初は本当にそう思ったものだ。でも人間にはよくある靄だし、その人間の感情次第ではすぐになくなるのも知っている。
すぐ消えると思った。
でも消えない。
あたしの知っている靄とはまた違うのか、その靄は人間から出ているものではなく、逆にその人間に付きまとっているようにも見えた。少しでも離れてくれれば、結界を張ることで遠ざけることも出来るのに。
そう思っていた時、フィリアがブチ切れて、父親の周りから微かに靄が消えた。
今だ、と思った。フィリアは泣いていたけど、そんなのに構わないですかさず結界を張った。案の定、父親から離れた黒い靄は結界に阻まれてもう近づけないようだった。
逃げるように消えていった靄は、どこか意思があるように感じた。やっぱり魔法の一種? だけど、そんな人を操る魔法なんてもの――
そこまで考えて、たった一つだけの可能性が頭に浮かぶ。
……いや、ない。それはない。見届けた。そうだ。そんなわけがない。そもそも、ここは人が生きている世界であって……。
ブンブンと頭を振って、浮かんできた可能性を打ち消していく。あるわけがない。そうだったら、精霊王が動くはずだ。主をあのままずっと眠らせているはずがない。
はずが、ないのに……。
ありえないと思いつつ疑問を胸の内に抱えていると、父親はそれから変わった。やはりあの靄が原因だと思う。セレスティアも少しだけ感情が分かるようにもなった。
大丈夫なはずだ。これだけの人間の時間が大きく変わっているはずだから。あたしという異物がいる時点でもかなり変わっているはずだし、フィリアから聞いた話だとアネッサとカンナの存在も前の時間軸とは大きく違うらしいし。
唯一の懸念点は一瞬でも考えたあのこと。精霊界に戻れれば考えていたことを確認できるけど、フィリアにあたしの魔力が渡ってしまっている。しかも全く離れない。なんでこんなに馴染んでるわけ?
しかもあたしが今入っているこの猿も全く起きることない上に、あたしの魂の本体をもう雁字搦めにしている。さっさと起きろと何度聞いても起きやしない。何度溜め息をついたかは分からない。
フィリアの違和感もあり、正体不明の魔法の残滓はあるけど、それでもセレスティアは前よりはいい顔をするようになったから、まあいいかと思ってしまった。精霊界では食べれないリンゴにもありつけるし。
でも、フィリアの不安は当たったのか、セレスティアが姿を消した。
「っ……ね……さま……ごめ、なさ……」
熱に魘されているフィリアが、枕元を自分の涙で濡らしていくのを見て、ハアと息を吐いた。
セレスティアと一緒にいたカンナが血塗れで屋敷に戻ってきて、フィリアは屋敷を飛び出した。セレスティアのことを伝える前だったから慌ててしまったよ。
無意識にフィリアは魔法を展開させていた。一瞬にして消えたみたいに見えただろう父親たちは、さらに困惑していて大騒ぎ。
そんな父親たちよりも早くフィリアを捕まえなければいけなかったから、混乱しているのに乗じてあたしも魔法を展開させて追いかけた。
それでも追いつけない。セレスティアと繋げた魔力は場所まではさすがに分からないけど、他ならないあたしの魔力だから、場所を見失うことはない。誰よりも知っている。
追いかけている中で、フィリアが今使っている魔法を推測した。風、身体強化、空間、どれだけの魔法を一気に使っているのやら。そんなの、今のフィリアの子供の体じゃもたないに決まっていた。
いい機会だから、ずっと感じてた違和感をぶつけたけど、フィリアは魔力の使い過ぎでぶっ倒れた。
ずっと譫言でセレスティアのことを言っている。
聖女でごめんなさいとかも。
『聖女、ねえ……』
この聖女の存在も、あたしには知らないこと。まあ、仕方ない。
あたしがこの世界で生きていたのは、五百年以上前だから。
五百年もあれば色々と変わることもあるだろう。宗教もそうだし、国も。リンゴも遥かにおいしくなってたから、驚愕したものだ。
でもミアラはそんなこと話してなかったから、そこまで気にも留めなかった。というか主とのイチャイチャぶりに付き合わされて大変だったことしか記憶にない。
『仕方ないなぁ……』
ハッハッと息を荒くして魘されているフィリアの額に手を置いた。まあ、この体じゃそこまでの魔法は使えないけど、少しだけなら見られるか?
スッと目を閉じて、魔法でフィリアの夢を覗き込んだ。
でも断片的な映像しか見られない。やっぱり無理か? と思ったところで、聖女のことを誰かと話しているフィリアの姿があった。
フィリアが聖女だった? うん? これは、魔法陣? なんじゃこりゃ?
流れてくる映像の一部に、見たことない魔法陣を展開しているフィリアがいる。予想通り、フィリアは逆行魔法を使ったみたいだ。あたしの知っている魔法ではないけども。
パチッと目を開けて、手をフィリアの額から降ろして考える。
『……調べる価値、あり?』
魔法陣のこともそうだけど、聖女のことも。それにセレスティアがどうして帰ってこないのかも、カンナが誰にあんな傷を負わされたかも分からない。
セレスティアは多分今頃目の前に現れた精霊たちの存在に戸惑っていることだろう。だけど精霊たちがセレスティアを助けるはずだ。
あたしが仕込んだ魔法は、あたしとセレスティアの魔力を繋げること。身を守れる結界。
そして、
精霊としての魔力を起こすこと。
そうすることで精霊たちを認知できるし、精霊王の血を受け継いでいるセレスティアは精霊たちに主だと認識される。
王に従わない精霊は存在しないのだから。
チラリと魘されているフィリアの顔を見下ろす。
『フィリアは怒るかな?』
思い出すのは、もし子供が出来たらどうするという問いかけに、ミアラが珍しく困ったように首を振ったこと。精霊の魔力を起こすと、もう人間として生きるのは難しいかもしれないから。可能性はゼロじゃないけども。
ミアラはセレスティアに人として生きてほしそうだった。いや、選ばせてあげたかったのかもしれない。
でもさ、ミアラ。もうそうは言ってられないかもしれない。
ふいっと窓の外を見てみる。雨が降りそうなのか、どんよりと暗い雲が空を覆っていた。
その雨雲を見ていると、ずっと気持ち悪い感覚が広がってくる。セレスティアがいなくなった時もそうだった。
そもそも、あの手紙に纏わりついていた靄が気になって、それどころじゃなかった。それに前にフィリアの母親が現れた時、初めて会った時よりも靄が体中から溢れていた。
あれはまずい、と本能が訴えてくる。
この屋敷に来て早数年。世界のあちこちで出てくる瘴気が、異常に多くなっているのも気になる。精霊たちの魔力を注ぐことで落ち着くはずなのに、それが間に合っていない。
主に言われたのはセレスティアを助けることだ。
瘴気も、あの母親から出ている靄も、セレスティアには毒にしかならない。精霊としての魔力を起こした今、あれはさらに毒となってセレスティアを蝕むだろう。なんとかしないといけない。
『さて……』
まだ魘されているフィリアを一瞥してからベッドから下りると、丁度良く様子を見に来たアネッサが扉を開けたので、サササッと廊下に出た。
「スクル? どうしたの? 厨房にでも行くのかしら?」
不思議そうに声を掛けてきたけど、「あまり遠くに行ってはなりませんよ」とすぐ戻ってくると思ったのか扉を静かに閉めている。
ま、行くのは教会っていう場所だけども。まずは調べやすそうな聖女のことかなと思って。
帰ってきたらタックにおねだりしてリンゴのケーキでも作ってもらうかなぁなんて考えながら、トトトッともはや慣れた四足歩行で走りだすと、お父様の部屋の扉が開いていて声が聞こえてきた。
「……じゃあ側妃様は本当に関係ないと仰るのですか?」
「釈然としないのは分かるよ、侯爵。でもああまではっきりと言われたら、僕ももうどうしようもない」
お? この声は王子様?
扉の隙間から顔を覗かせると、二人は一つのテーブルについて、ものすごく剣呑とした空気を醸し出している。
「それに、あの手紙一つだけで母を追い詰めるのは厳しい。のらりくらりと躱されるだけで、しかも馬車は侯爵の領地で見つかった。関与している証拠が弱い」
「殿下の仰る通りですな、旦那様。それだけで側妃派の貴族たちを追い込むのは厳しいと言わざるを得ません」
「だが、バール。セレスは今も行方不明なんだぞ。死体も見つからない。誰かが連れ去ったと考えるのが普通だ。セレスを欲しがるのは誰だ? 側妃派の連中としか考えられん」
「少しでも手がかりをと望む旦那様の気持ちは分かります。ですが罪状もなしに、側妃派の貴族たちを片っ端から捕まえることはできないでしょう? それに、そんなことをしたら、今度は王太子派閥に目をつけられます。そうなったら、今度はフィリア様が狙われることになるのでは?」
「分かっている、そんなことは……。だからこれまで中立でいたというのに……」
「兄上にはもう妃がいる。フィリアが狙われることはそうそうないとは思うけど……」
「殿下、妃を目的に狙われるということではありませぬ。側妃派閥も王太子派閥も、どちらがよりよい力を持つ貴族を味方にできるかが重要なのでございます。侍女に、もしくは派閥の誰かの子息との婚約、様々な手段を用いて派閥を大きくしていくのが権力争いの手腕にもなるのです」
バールに言われて、王子様も厳しい表情になっている。こっちはこっちで大変そう。お父様はただ王族と関わりたくないっていうのが本音だろうね。面倒くさいのは分かるけど。権力争いねぇ。昔も今もそこは変わらないんだね。
聞いてる感じ、王子様の母親と次の国王になる王太子の派閥争いってことかな? はあ、やだやだ。そんなのに時間使うなら、もっと違うことに使った方がいいと思うけどね。新しいリンゴの新種でも作ってくれた方がお腹も満たされるんだけど。
やれやれと思いながら、ソソソっとその部屋を後にする。目的地はとりあえず教会だしね。
誰もいないかを一応キョロキョロと見渡してから、前に市場で行った教会が見える広場まで魔法陣を展開して自分の体を転移させた。
「お待ちください、教皇様!」
目的地に着いて、さあてどっから見るかなぁ、とりあえず本がいっぱいあるところかなぁと、人目につかないように忍び込んだ教会の天井裏を歩いていた時だった。
「どういうことですか⁉ 聖女様の力は聖女様にしか使えないのです! それを、無理やり使わせたと⁉」
「グウェル。前の聖女様がお亡くなりになり、もはや世界は待ってくれないみたいのようです。手段を選んではいられない。そう思うからこそ、あなたも研究していたでしょう?」
「私の研究は次代の聖女様のためのものです! 前聖女であるキーヌ様の苦しみを知っているからこそ、あのように苦しまない為の研究です!」
「だとしたら、いいではありませぬか。聖女様の力を使えるようになれば、その力を使えるものが新しい聖女様になります。そのためにあなたが研究している聖女様の魔法陣を使わせてもらっているのですよ」
「っ……教皇様、聖女様の魔法は神が与えてくれた救済の力です。我々人間が扱えるものではございませぬ。神が与えるその力は、人工的に作られるものではないはずです」
「聖女もまた人であると、他ならないあなたが言うこととは思えませんね。ならなぜ、あなたは今まで聖女様の癒しと浄化の魔法を研究しているのです? 使うのが人であるからでしょう? 誰でも使えるようにしたいからでしょう?」
天井裏から覗いた部屋にいたのはフィリアの夢にも出てきた人物。一人は教皇様、もう一人が、ああ、先生って呼んでいた人だ。何やら揉めているけど、内容は聖女のことみたい。
というか……なんだ、あれ? 気持ち悪。
思わず顔を顰めてしまったけど、先生はともかく、教皇様の周りに靄がいっぱいだ。あれ、フィリアの母親に負けず劣らずじゃない? うえ。なんでこの時代の人間たちは、あんなに悪意がいっぱいの人が多いんだ。
「聖女の力が誰でも使えるようになれば、歴代の聖女様たちの苦しみもまた晴れるのではないですかな?」
「で、ですが……あの力は聖女様以外が使おうとすれば……」
「ええ、ええ。大人でも体がすぐに耐えられず、起きられなくなるでしょう。ですから、グウェル。そうならないように、より一層研究に励まなくてはなりませんよ」
「それは……また実験的に誰かに使わせるというのですか?」
「世界のためなのです。そうならないためにも、早く新しい聖女様が生まれればよいのですがねぇ」
先生とフィリアが呼んでいた初老の男性が力なく教皇様を見つめている。これはまずいか? 教皇様からの靄が移りそう。フィリアがなんか感謝してたっぽいし、一応結界でもかけとこうか。でも、一時的になるし。
『ヤル?』
『お、いいの?』
『イイヨ』
教会に住み着いている精霊が先生の周りに集まってくれて、小さい結界を張ってくれた。
『アノヒト、イイヒト』
『へえ、そうなの?』
『ソバ、キモチイ』
ふうん。精霊が気持ちいいって言うってことは、あの人の心持ちが綺麗だってことだね。ちなみに教皇様の方はどうなんだろ?
『もう一人の人は?』
『アレ、コワイヒト』
『ああ……やっぱあの靄は無理か』
『ムリムリムリ。ツタエテアル』
『ああ、精霊界に?』
『デモ、コレナイッテ』
それはそうだろう。伝えたところで上位精霊たちも暇じゃない。たかが人間一人の悪意のためには来れないか。あたしでもそう思うしなぁ。
『あのさ、一応精霊王さまに伝えてくれない? 確認したいことあるからって』
『モドラナイノ?』
『戻れないんだよ。主様もまだ起きてないから、魔力借りれないし』
『ワカッタ』
返事をしてすぐにヒュンッと消えていく精霊を見てから、ハアと溜め息が出てしまう。あたしの主は主様だから、好き勝手にできない。逆行魔法の魔力もほぼ主様の魔力だから出来たことだしね。
まあ、でもこれであの先生があの靄に取りつかれることはないでしょう。本当に厄介な。でもフィリアの母親にも纏わりついているあの靄で、もしかしてと思ったけど……やっぱりないか? 複数同時になんてことさすがに出来ないよなぁ。
分からないことが増えていく。本当に厄介すぎるな。この世界も、セレスティアの周りも。
とりあえず当初の目的であった聖女の本がないかと探索を再開して、あの先生が研究していたっぽい部屋を見つけた。先生が戻ってくる前にと思って片っ端から目を通していく。
いやあ、あの先生すごいな。こんだけ魔法について調べているのがすごい。ああ、これこれ。この魔法陣だった。フィリアが多分使っただろう逆行魔法。改めて詳細を見ると、つぎはぎだらけの欠陥魔法じゃん。よくできたな、フィリア。
その魔法陣を見て、ふと懐かしさを感じる。
あの子も確かこういう無茶苦茶な理論で構築していたような?
いや、まさかね。というか、あの頃使っていた魔法陣はこれより酷い構築式だったはずだし。
あの魔法を元にこの五百年で改良されていった可能性も十分ありえる。なんてったってあたしが作った魔法も屋敷内で見られるぐらいだから。カンナとアネッサが生活魔法とか言ってたし。
年月ってすごいなぁなんて呑気に考えながら、ザッと目を通して教会を後にする。分かったのは聖女の魔法と歴史ぐらい。瘴気のことも先生は研究してるっぽい感じだった。やっぱ多くなっているらしい。
屋敷に戻っても、やっぱりフィリアはまだ魘されている。まだ当分こうかもね。セレスティアの魔力もちゃんと感じる。うん、生きてるからよし。
さてさて、考えることは山積みだ。
でも、今どうにかできることは少ないのではとも思う。
『どうしたものか』
息を吐いたと同時に、フィリアがものすごく魘されだした。さすがに一回無理やりにでも起こすべきかもしれない。
そう思って呼びかけたら、やっと目を開けた。ここがどこかも分からないように汗だくで、不安そうな目をあたしに向けてくる。
起きたフィリアはやっぱりセレスティアのことを聞いてきて、探そうと無理やり体を起こしていた。無理だって言っても聞きやしない。
挙句の果てには、自分の命なんかみたいなことを言いだした。
「好きだからっ……誰よりも、何よりも、助けたいっ!」
泣きながら叫んでいるフィリアに、ハアとやっぱり溜め息が出てくる。
特別な想いを、フィリアはセレスティアに向けている。
そんなのは分かり切っていることだったよ。
その視線が、その振る舞いが、全部セレスティアに向けられているなんて、分かり切っていることなんだよ。
あの子が昔、向けてきた目と同じなんだから。
だから、見守りたくなったんだ。
フィリアとあの子を重ねていたんだ。
やることは山積みだ。
セレスティアのことも、瘴気のことも、もしかしたらと思ったことも。
それでも、
それでも、フィリア。
後悔してほしくない。
あたしみたいな後悔は、あんたには似合わない。
あんたを強くしてあげる。
「私は強くなる! お姉さまを助けるために! だからちゃんと魔法を教えて!」
目に輝きを取り戻したフィリアを見て、満足した自分がいる。
セレスティアを助けると、笑顔にすると、気持ちを伝えると、力強い目をしたフィリアを見守っていこうとやっぱり思った。
セレスティアに届けば、きっとそれがセレスティアを助けることにも繋がるだろうから。
『もし生まれてきたら』
ミアラの言葉が脳裏に過る。
『色々な幸せを、知ってほしいわね』
そうだね、ミアラ。
それがきっと主の願いでもあるだろうから。
あたしは、その為にここにいる。
「ねえ、スクル? 本当にこれ合ってるの?」
『集中しろって何度言えば分かるわけ⁉』
ペシンと尻尾を頭に振り下ろすと、フィリアの頬を膨らませて肩に乗っているあたしを見上げてきた。
「だって、つまんない」
『つまんないじゃないんだけど⁉ ただでさえまだ体が回復してないのに、やらせろって言ってきたのフィリアじゃん!』
「そうだけど、ものすごくつまらない」
『正直に言えば違うことするとでも思ってんの⁉ 魔力をまず適切に感じることが大事だって言ってんでしょうが!』
無事に熱も下がって起き上がれるようになったフィリアには、まず自分の体にある魔力の動かし方を教えることになった――んだけど、めちゃくちゃ文句を言ってくる。
『いい? フィリアはただでさえ聖女だった時の魔力の動かし方でやってるんだよ。つまり、その時の感覚で魔法陣も展開している。文献見たけど、聖女の魔法の魔力量ってめっちゃ多いじゃん。そんな感覚でやったらまたすぐ倒れるよ』
「まあ、子供の時はよく倒れてたけど」
『だったら分かるでしょうが。その魔法陣に使う適切な魔力量を見極めるためには、ちゃんと魔力の感知を出来るようにならないとだめなんだって』
「えー……」
『えーじゃない。ほら、目を閉じてやってみる』
「ちぇ……はーい」
子供か! 見た目はまだ子供だけど!
呆れた目をしつつ、リンゴを食べるためにフィリアから離れた。
ベッドの上で目を閉じて集中し始めたフィリアを眺めていると、ふと精霊の気配を感じる。
『デンゴン』
『うん?』
『ヒビアッタ』
『……そう』
『ドウスル?』
『王はなんて?』
『マダゼンブジャナイッテ』
つまり、また試してみるのか。
『アルジハ、マダダセナイッテ』
……それも仕方ないか。
『できるだけ早く主の開放をって伝えて』
『ワカッタ』
またすぐに消えた精霊を気にしないで、リンゴを一齧りした。甘酸っぱさが口いっぱいに広がったけど、それとは別の苦みが残る。
フィリアが起きて、母親に会いに行った時のことが思い出される。最悪だと、はっきり分かった。
だからすぐにまた精霊界に伝言したわけだけど、その結果がこれだ。
セレスティアの為にも、フィリアの為にも、やることが増えてしまった。
幸い、今すぐどうこうという話ではなさそうなのが救いか。
「ねえ、スクル? これでいいわけ?」
『だぁかぁらぁ! 集中してってば!』
「っていうか、なんでスクルは一人呑気にリンゴ食べてんの⁉ ちゃんと教えてってば!」
『ほらほら、あたしのリンゴばっかりに気を取られてるぐらいだったら、少しでも魔力感知できるようになりなよ』
「出来てるのに!」
『まだまだ完全じゃないってば。もっと細かく感じ取れるように集中! もっと繊細に動かしてみなよ』
むーってまたしているフィリアがまた目を閉じた。そんなフィリアを見て、心の中で少し罪悪感が出てくる。
でもさ、フィリア。これはセレスティアにも関係することだから。
守れるように強くしてあげるから。
ふっとまた窓の外に視線を向けた。今日は所々に雲がある。
でも、どこからかは分からない、あの気持ち悪い感覚が伝わってくる。
『好き勝手にできると思ったら、大間違いだよ』
聞こえているのか、聞こえていないのか、それでも嫌味に聞こえるように呟いた。
『あんたはもう、世界にいらない存在だ』
白い雲の向こう側が、一瞬暗くなった気がした。
これで5章終わりです! 長かったぁ……! あとこの一話も長くなってしまったぁ! すいませぬ……。
次話から6章になりますので、よろしくお願いします!




