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43話 もう私じゃない


「聖女様の魔法は主に二つです。癒しと浄化。癒しは聞いて分かるとおりに、傷を癒す力。病も治す力もありますが、全部の病を治せるわけではありませんのでご注意を」

「……」

「次に浄化。瘴気を消す魔法ですね。この瘴気とは土地にたまに現れる邪気というものであり、この邪気は動物、植物を狂わせるという特性が――」


 先生の講義の途中にふあっと欠伸をしてしまうと、ジロッと睨まれた。睨まれても何にもでないよぉ。


「聖女様、聞いておりますか?」

「聞いてるけど……もう何度も聞きました」


 そう、この教会に来てから何度も何度も同じ講義。最初は真面目に聞いていたけど、同じことの繰り返しでさすがに飽きた。


 聖女の魔法の種類。この魔法は聖女にしか使えない。

 でも過信はするな。その魔法しか使えない。聖女の魔力の性質上、他の魔法とは相性が悪い。


 くどくどくどくど、何回も何回も念を押すように同じことを言ってくる。


「いいですか。あなたの力にはこの世界に住む全ての人々の安寧がかかっているんです。そ為に、何が出来、何が出来ないのかを十分に理解しなければなりません」

「はぁい」

「返事は短く」

「……はい」


 ハアと講義の先生が溜め息をつく。


「今代の聖女様がこんなに幼いとは誰も思わなかったですから、仕方ないとは思っておりますが……」


 そんなこと言われても、私だって好きで聖女の力を持ってるわけじゃない。この力は確かに聖女様のものみたいだけど、いまだに自分が聖女をやれるなんて思っていないし。


 だって先生が教えてくれた歴代の聖女様たちのやっていたことが、え、どこの天使様ですか? っていうぐらい誰もが立派だと思うようなことばかりなんだもの。私じゃない誰かがやってくれるというなら、是非とも交代したいぐらいだ。先生にそう言うと怒られるけど。


 それと、歴代の聖女様たちが聖女の力を持っていると発覚するのは、大抵は成人間近の年齢だったらしい。私みたいに幼い時に発覚するのは珍しいと言われた。


 幼い故に、聖女としての本来の活動は制限されている。聖女の魔法による体の負担を減らすため。しかも私自身の魔力量も他の聖女様より多いらしい。この教会に来て、魔力測定を一番にやらされたからね。


 少しづつ少しづつ聖女の魔法を使って、体に慣らすための特訓もしている。


 でもまだあの特訓の方がこの講義よりマシなんだよなぁ。なんとなく魔力の使い方も分かってきたし。こうボワッと体が熱くなって、ポワッと吐き出される感じ。


 そう言ったら皆になんとも不思議そうな顔をされたけど。普通は魔法を使う時はその魔法理論を理解して、魔法陣に落とし込むのにとか言っていた気もするけど、私はなんとなくで全部やっているから。


 もしや私は天才なのでは? と己惚れていたら、この目の前の先生には通用しなかった。「歴代の聖女様たちの方が優れていますね」とかいつも言ってくるからカチンときて、ついつい特訓の時はやりすぎちゃって、一週間寝込むの繰り返しである。


 しかも、全然家に帰れていない。

 この一年、数えるぐらいしかお姉さまに会えていない。


 会えなくて、寂しくて、だから帰れた時はお姉さまにギューッと抱きつく。お母様は困ったようにいつも笑っているけども。


 お姉さまは戸惑っている感じで、でもいつも私のしたいようにさせてくれた。


 あーあ、早く帰りたいな。次はいつ帰れるのかな? なんて先生がいまだに「聖女というものはですね――」とかグチグチ言っているのを右から左に聞き流していたら、後ろの扉が開いた。


「ははは、これはまた、退屈そうですなぁ」

「教皇様⁉」


 先生がビシッと背筋を伸ばしている。くっ、私の前でのあの嫌味ばかりの態度を見てほしいのに。教皇様、来るのが遅いよ。


「おやおや、何やら不服そうですね?」

「帰りたいです」

「ははは、前回の特訓で無理をしたと聞きましたぞ?」

「もう平気です」

「ふむ……」


 立派な髭を撫でつけている教皇様は、目を丸くさせてから、ニコッと笑った。


「では、ちょうどいいかもしれませんな」


 ? ちょうどいい?

 意外な返答だったから、私の方がきょとんと教皇様を見てしまう。ニコニコとしながら、教皇様は懐から封筒を出して、私に差し出してきた。手紙?


「聖女様にも知らせなければと、侯爵夫人から預かってまいりました」

「お母様から?」

「ええ。セレスティア様の婚約に関してです」


 ……ん? こんやく? 

 ……婚約? 


 婚約ぅ⁉


 衝撃の言葉にパラリと手から手紙を落としてしまう。「聖女様?」と教皇様と先生が驚いていたけど、それどころじゃない。


「誰が……婚約?」

「セレスティア様でございますな。なんでも、この前王家主催のお茶会があり、そこで第三王子殿下に見初められたとか」

「だい、さん……」


 しかも、王子様?


 え、あれ、何、これ……ええ?


 すごい、すごいショックなんだけど。


 いや、それはまあ、ね? お姉さま、綺麗だし。そりゃあ、ね? お姉さまだっていつかは結婚するだろうけど……。


 でも、あれ? なんでこんなに苦しいんだろう。


「聖女様もお祝いしたいのでは? だから、家に帰っても大丈夫ですよ」


 お祝い……。そう、そうだよね。なんてったって相手は王子様だもんね。そうだよ。別に悲しいことじゃないよ。


 悲しいことじゃ、ないはず。


 お祝いしたいのかどうかはさておき、教皇様から帰っていいと言われた私は、早速馬車を用意してもらった。


 でも、すぐに来なければ良かったって、思った。


 いきなり帰ってきた私にお母様は驚いていて、何故かお父様は難しい顔をしていた。なんでも、今その王子様がお姉さまに会いにきていたらしい。


 お姉さまに会いたい気持ちの方が強くて、自分からお姉さまの部屋に向かった。


 部屋のドアが少しだけ開いていた。


 ほんの出来心だった。ちょっと緊張しながら、どんな会話してるのかな、なんて思っただけだった。


 でも、ドアの隙間から覗いた二人は、



 何も喋らず、ただ静かに紅茶を飲んでいた。



 初めて見る王子様は、何も言わずにただゆっくりと表情を緩めてお姉さまを見ていて、お姉さまも何かを言うわけでもなく、紅茶の香りを嗅いでいるようだった。


 その空気が、

 その空間が、


 切り離されているように感じて。


 私じゃない誰かと一緒にいて寛いでいるお姉さまが、いつもと同じ無表情なのに、いつもと違う表情に思えて。


 寂しくなった。

 苦しくなった。


 見たくないと、思ってしまった。


 王子様の付き人みたいな人がドアから覗いている私に気づいて、二人に声をかけていた。王子様は驚いているみたいだったけど、それ以上にお姉さまが驚いていた。


「この子が、聖女様?」

「……はい」


 いつもと変わらない無表情で殿下に紹介しているお姉さまが、なんだか少しだけ遠くにいる気がして、つい抱きついてしまう。そんな私を見て王子様はクスクスと笑っていた。


「聖女様に怖がられてしまったようだ」

「……すいません」


 お姉さまが謝ることないのに。でも、なんだか離れたくなくて、さらにギューッとお姉さまにひっついていると、お姉さまは変わらず突き放したりしないで、私のしたいようにさせてくれる。


「体、平気? この前も倒れたって……」

「……はい」

「それなら……よかった」


 ちょっと元気なさそうなお姉さまを抱きついたまま見上げると、ホッと息を吐いていた。また心配してくれたことが嬉しかった。


「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ。また」

「……はい」


 抱きついたまま離れない私を気遣ってか、王子様は帰っていった。王子様を見送るお姉さまを見ると、ジッとその背中を見続けている。


 そのサファイアの瞳に映っているのは、もう私じゃない。


 その時は、ただ悲しくて、苦しくて、そればかりだった。


 屋敷の様子が違うのを、私は全然気づかなかった。


 お姉さまの部屋の物が変わっていることに、気づけなかった。

 お姉さまの様子が変わったことに、気づけなかった。


 ただ、


 その瞳に映るのが私じゃないことだけが、



 胸を苦しくさせていた。



「お姉さま?」

「? 何?」

「……なんでもないです」


 言えなかった。そっちを見ないでなんて言えるはずがなかった。だって殿下は婚約者だから。お姉さまの未来の旦那様だから。


「……無茶してない?」


 黙った私に気を遣ってか、お姉さまはそんなことを言ってくれる。


 ブンブンと顔を振ると、「そう」と小さく呟いて、どこかさっきより表情が柔らかくなった気がした。


「……いつでも帰ってきていいから」

「え?」

「ここは……あなたの帰る場所だから」


 お姉さまのその言葉に、キューっと胸の奥が苦しくなる。


「ありがとうございます……」


 嬉しくて、また抱きつく。ポンポンとお姉さまは私の背中を撫でてくれた。


 先生の嫌味とか、聖女様のしなきゃいけないこととか、責任とか、いろんな事が心の中で押し潰してくる気がしていたけど、そんなのどうでもよくなるくらい嬉しくなる。


 自分が聖女なんてと今でも思っているけど、頑張ろうと思えた。


 お姉さまの体温が心地よくて、


 ここに帰ってくればこの温もりが待っていると思えたら、



 さっきまでの苦しさもなくなっていた。



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