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44話 聖女の役割

 

「いいですか。あなたは聖女。歴代の聖女様らしく、慎ましく慈愛溢れる態度、言動を忘れずに」

「はいはい」

「はいは一回」

「はーい」


 お姉さまと殿下が婚約者になって早二年。


 私も体が成長して、前よりは聖女の魔法を使えるようになった。倒れることもほとんどないし、魔力の使い方だって上手くなっている気がする。歴代の聖女様が残した聖属性魔法の本もかなり読んでいるし、いくつかはもう使える。


 だからなのか、教皇様がニコニコといつもの笑顔を浮かべながらこんなことを言い出した。


『そろそろやってみましょうか』

『何を?』

『嫌ですなぁ。あなたは聖女様ですよ? 聖女様にしか出来ないことをですよ』


 つまり、ケガしている人を治してこいということだった。ついでに瘴気が出ている地域に行って浄化してほしいと。


 お供は嫌味しか言わないけど根気強く私に付き合ってくれるいつもの先生。いや、この人本当によく私のことを見捨てないなって何度も思ってる。数えるのも馬鹿らしいくらいに喧嘩もしてるのに。今はもう気兼ねなく話せる相手になったからいいけど。


 お姉さまとは、ほとんど会えなくなった。


 家に帰っても、ちょうどよく王宮に行っているとか、会えても少しの時間だけ。殿下の婚約者として学ぶべきことがあるとお母様がよく言っていた。


『フィと同じよ。セレスも王族の婚約者として色々と学ぶことが多いの』


 そう言われると、お姉さまの部屋に行き辛い。お父様はお父様で仕事が忙しいのか、はたまたタイミングが合わないのか、会う機会は減っていた。


 でも、お姉さまは会った時には変わらず抱きついても何も言わなかった。心なしか細く見えたけど、それでも私の話を聞いてくれた。


 お姉さまの体温を感じられることが、ただただ嬉しかった。


『酷いですよね! だって、ちょっと……ちょぉっとだけいつもより出来るかなと思って、ほんの少し魔力量を増やしただけなのに、すっごい怒ってくるんですよ!』

『……心配だから怒ってる』

『だとしても! いつもいつも歴代聖女様と比べるのはあんまりじゃありませんか』


 ぷんぷんと怒って先生への愚痴を吐き出す私を宥めるかのように、お姉さまは困ったような顔をするけど、いつも耳を傾けてくれた。


 その瞬間だけ、お姉さまは私を見てくれる。


 それだけが嬉しかった。


『いつでも帰ってくればいいから』


 お姉さまはいつも私が教会に戻る時にそう言ってくれた。会えない時の方が圧倒的に多くなってしまったけど、その言葉のおかげで私は今の生活を続けられている気がする。


「着きましたよ」


 先生の言葉で、私も窓の外を見てみた。小さい村のようで、もう多くの人が村の入り口に固まっている。


「皆、あなたが来るのを待ち望んでいたんですよ」

「私を?」

「そうです。さあ、行きましょう」


 馬車の扉を開けてもらって外に出ると、わあっと歓声が広がった。え、なんか緊張してきた。ものすごい歓迎ムードの雰囲気に気圧されそうな私の背中を先生が押してきて、耳元で呟いてくる。


「いいですか。笑顔を振り撒いて絶対に不安を顔に出さないでください。聖女様が与えるのは安心、安寧。不安などではございません」


 無茶を言う。でも村の人たちの期待の目を裏切る勇気はさすがに私にもない。

 無理やり笑顔をヘラっと作って手を振ると、さらに歓声が沸き上がるからどうしようって気持ちの方が強い。


 聖女様って、こんなに期待されているものだったの? ここまでだとは思ってなかったよ。本の中の知識しか知らなかったからどうしても圧倒される。


 私に出来るのだろうかという不安はずっとずっと付きまとっていた。


 歴代の聖女様たちの軌跡をこれまで先生にいっぱい教えられてきたけど、全く私に出来る自信がない。


 それでも、


『ここが……あなたの帰る場所だから』


 あの時のお姉さまの言葉で、頑張ろうと思えたから。


 それにきっと、お姉さまは私が聖女として頑張れば褒めてくれると思うから。


「さあ、聖女様」


 先生が手を差し出してきたから、ゆっくりと丁寧さを意識してその手の上に自分の手を重ねた。笑顔を忘れずに、見る人たちに安心を与えるために、習った聖女様たちの振る舞いを意識して。


 先生はそれから私の紹介をその村の人たちにして、また歓声が沸き起こる。皆が喜んでいた。期待が重い。


 この村の村長だという人がケガをしている人と病に臥せている人たちが集められている場所に案内してくれた。私が来るという知らせを聞いて、一か所に集められたらしい。


「この村はまだ小さい方ですから、そこまで病人も怪我人もいませんよ」


 耳元で先生が教えてくれる。いきなり何百人も治せとか言われたら、さすがに私も無理だと思う。まあ、そこは先生や教皇さまたちも分かっているんだろうけど。


 案内された場所にいたのは二、三人程度だった。この人たちを治せってことでいいのかな?


「おねえちゃん、だれえ?」


 その内の一人、腕を三角巾で吊るした男の子が可愛く首をコテンと傾けている。それを聞いた男の子の母親らしき人がバッと男の子の口を塞いで、見事な角度で頭を下げてきた。


「すいませんすいません! 聖女様になんて口の利き方を!」

「あ、え、いえ、そのぉ」

「大丈夫ですよ。聖女様はそんなことを気にするお方ではありませんから」


 ズイッと先生がすかさず私の前に来て、私の代わりに話している。先生よ。行動が早すぎるのでは? これ、私に何も話させないつもりだ。助かるけど。お母様ぐらいの大人に頭を下げられるとか、居心地が悪いし。


 私にさっさとやれと言わんばかりの視線を寄こしてきた先生に、少しの呆れと感謝をしつつ、練習していたみたいに男の子の腕に手を翳した。ポカンとした表情のまま男の子はその腕を見ているけど、ちょっとそのままでいてね?


 治るイメージをして、自分の体から出る魔力を感じて、集中する為に目を閉じた。


 この魔法は使いやすい。

 だって、お姉さまの手を治した時のことを思い出せばいいのだから。


 治れ治れと念じつつ、魔法式を構築して、体から魔力が出ていくのを感じた。わあっと周りに広がった歓声が耳に届く。


 目を開けると男の子も目を輝かせていて、母親らしき人も手を口に当てて驚いていた。


「すごいすごい! 全然痛くない!」

「うそ、本当に……あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」

「おねえちゃん、ありがとう!」


 キラキラとした目を向けてきた男の子に、つい自然と笑ってしまう。こんなに喜ばれるなんて思っていなかった。


 ……お姉さまも、こんな風にもしかしたら喜んでくれてたのかなぁ。


 周りを見ると、他の人たちも目を輝かせている。色々な賛辞の声が響き渡っていた。


 皆が皆、笑顔になっている。


「これが、聖女様の役割ですよ」


 先生がどこか満足したような声で呟いた。


 そっか。

 こうやって、聖女様たちは皆を笑顔にさせていたのか。


 治った腕をぶんぶんと振り回して、男の子は母親に「全然痛くないよ!」と笑っていた。


「聖女様のおかげね」

「うん! すごい、聖女様!」


 良かった、と純粋にそう思った。


 笑顔にできているから、それが聖女の役割なんだって、そう思った。


 他にもいた病に臥せている人を治したら、その人たちもその人の家族たちも笑顔になった。瘴気が出ている所に案内されて、その瘴気も消したらさらに喜ばれた。


 皆が皆笑っていて、「聖女様はすごい」とか、「聖女様がいればこの世界はもう大丈夫だな」とか褒め称えていて、ちょっとこそばゆい気持ちになる。


 帰りの馬車で、先生は満足そうに頷いていた。


「良かったですね。無事に聖女の仕事をできていましたよ」


 おお、珍しい。こんな風に褒められる事なんてなかったのに、なんて驚いたけど、でも先生はさらに珍しく、困ったように笑っていた。


「どうでしたか? 初めての聖女の仕事は?」

「うーん……聖女ってすごいことなんだなって思いました。あんなに歓迎されるなんて思ってもいなかったですし、それに、すごい喜んでくれたから」

「何をそんな他人事みたいに。あなたがやったんですよ?」

「実感なくて」


 なんかいつもの特訓の時みたいにしただけだから、あそこまで喜ばれるとどうしたらいいか分からないっていうか。


 先生は呆れたように笑ってから、「ですが」と言葉を続けてきた。


「過信してはいけませんよ?」

「いつも言いますよね、それ」

「いつまででも言い続けますよ。あなたがその力に溺れないように。それと……」

「それと?」


 溺れるって、そんなことできないと思うけど。だってできることが瘴気を消すのと治すことだけだし。いや、それで十分だとは思うんだけども、とか考えていると、先生が目元を和らげて見つめてくる。



「あなたが……耐えられるように」



 意外な言葉に目をパチパチと瞬いてしまう。


 どういう意味なんだろう? 耐える? 何に?


「何にですか?」

「いずれ、分かります」


 つい素直に聞いても、先生はそれきり何も教えてくれなかった。


 初めての聖女の仕事が成功したから喜んでいいはずなのに、先生のその言葉が頭の中をぐるぐる回っていく。


 聖女の役割は、皆を笑顔にさせること。


 そうだと今日実感したはずなのに。



 思い出したのは、お姉さまの顔だった。



 あの人は、まだ笑っていないな。


 初めて治したのはお姉さまなのに、お姉さまは笑っていない。



 何故か、そんなことを思った。



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