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33話 独り占めしたいから


「いやあ、フィリアが元気そうで本当に安心したよ」

「あはは、私は全くもう本当に元気ですよ~。だから、殿下がわざわざ来る必要なんてまっっったくなかったんですが!」

「いやいや、そうは言っても、ちゃんと自分の目で確かめたかったからさ」


 あっはっはっと殿下と私が笑い合っているのを、お姉さまがどうしようという顔で見ている。カンナとアネッサは二人同時に溜め息をついていた。スクル? スクルはテーブルの上で私たちに構わずリンゴ食べてますが。


 私が目を覚ましてから二日。

 その知らせを受け取ったのか、早速殿下が屋敷にやってきた。思わずうげえって顔をしたら、バールが大きく咳払いしていたけど、お父様も同じ顔していたから、きっとお父様に向けたものだと思う。


 お父様は仕事があるから王宮に行ってしまったけど……いや、殿下がいるから行かないとか言っていたのを、バールに引き摺られていったけど。殿下がそれはもう楽しそうにハンカチをヒラヒラと振ってお父様を見送ってたね。あれ、絶対お父様は「あのクソガキ!」って言ってたと思う。


 それにしても、本当に今回は大失敗だ。

 いや、当初の目論見であるお姉さまの魔力の隠蔽には成功したけどさ。


 でも本当に、皆に心配をかけてしまった。私のあの時の状態に気づけなかったお父様はしょぼんと肩を落としていたし、バールもすごい申し訳なさそうにしていた。カンナとアネッサはしきりに謝ってくるから、こっちが申し訳なくなっちゃったよ。今回のは自業自得だから余計に。


 お姉さまは、ずっと私につきっきりだ。まだ心配しているんだと思う。元気にはなったけど、体はまだ本調子ではないし、さすがに体力も戻っていない。そんな私のお世話を自分からしているんだよね。「大丈夫です」って安心させるために笑ってみせるんだけど、どうも信じていないみたいで。


「フィリア」

「え? あ、はい。なんですか、お姉さま?」

「無理はだめ」


 いきなり名前を呼ばれてお姉さまに振り向くと、心配そうに頬に手を触れてくる。起きてからというもの、躊躇いもなく、もう自然と触れてくる。


 あの、お姉さま? 殿下がいるのに⁉ ここで⁉ 起きてから事あるごとにこうやって触れてくるから、困っちゃうんだけども! 嬉しいけど! 「熱はない」とか言ってるから、そっちの心配してるんだろうけど!


 というか……まだお姉さまに名前を呼ばれるのも慣れない。嬉しいんだけど、むず痒い。


「なんというか……距離、近くなったね、二人とも♪」


 殿下がどこか楽しそうに声を弾ませている。楽しんでいる場合じゃないんですがね⁉ と、とりあえず、お姉さまに安心してもらわなければ。心配しているから、こういう風に触ってくるんだろうし。


 それに、このままではベッドに戻される。この二日間そうだったし。


「あの、お姉さま? 私、本当に大丈夫ですからね。もう元気ですからね」

「? 倒れる前もそう言ってたけど、大丈夫じゃなかった」


 信じてくれない! 見事に自分が悪いけど! 過去の自分が憎い! あとスクル、『これは、フィリアの自業自得だね』じゃないんだよ! 何を他人事みたいに! お姉さまを安心させるために、まずは熱がないのをちゃんと信じてもらわなければ!


 お姉さまのもう片方の手も無理やり私のほっぺに触らせて、フニフニと動かしてあげる。ほら、お姉さま! 熱はもうありませんよ! 安心してほしいな!


 ――って、あのお姉さま? コネコネしてません? コネても何にも出ませんが⁉ 


「あひょ……おひぇえひゃま?」

「……」


 無言なのに手が止まっていない! もしかして楽しいの⁉ いやでも楽しくないの⁉ あんまり表情変わってないから分からないんですが⁉


 なんてことを二人でしていたら、テーブルの向こうに座っている殿下からふふって笑い声が出てくる。


「二人が仲良さそうにしているのを見ていると、安心するね」


 安心してほしいのはあんたじゃなぁぁい! ってお姉さまにほっぺをコネられながらも睨んでやろうと視線だけ動かすと、殿下がそれはもう生暖かい視線を私たち二人に向けていた。あれ? よくよく見ると、殿下疲れてる?


 殿下って言おうとしたけど、お姉さまにコネられて上手く話せない。ので、仕方なくお姉さまの手を止めさせた。いや、本当は楽しいならもっとやっていいんだけどね。それで安心できるなら、ちゃんと私のほっぺはお姉さまに差し出しますとも。


 でも疲れてそうな殿下を見て思っちゃったんだよ。そういや、なんで殿下はお姉さまの魔力測定のあの日に来たの? って。


 自分の行動に気づいたのか、お姉さまもなんとなく居住まいを正してお茶を飲み始めた。あ、これ、さっきのコネコネをなんでしたのか分かってなさそうだな。首を傾げて不思議そう。ま、まあ、それは後でお姉さまに気に入りましたかって聞いてみよう。


 改めて自分も正面に座り直して、紅茶を一口飲んでから、殿下に聞いてみる。


「殿下、そういえばどうしてお姉さまの魔力測定の日に来られたんですか?」

「うん? 言ったよね?」


 確かに言った。心配でって。

 だけど、よくよく考えると、殿下が心配する理由って何? 


 あの日は私も隠蔽の魔法で手一杯だったけど、ちゃんと考えるとおかしい話だよね。お姉さまの魔力量の結果を心配する理由って何? 前の時間軸の時は殿下の婚約者として相応しい魔力量なのかを知りたかったんだと思うんだけど、今回は婚約者になっていないのに。


 返答しないでジッと殿下を見つめると、殿下は私の考えていることが分かったかのように、作り笑顔をやめてチラッとお姉さまの方を見た。


「セレス」

「? はい」

「君、最近誰かに会った? もしくは、誰かから手紙とかもらわなかった? ああ、魔力測定の前ね」


 え、魔力測定の前? ずっとお姉さまと一緒だったけど、誰かと会ってないと思う。魔法の練習も基本夜中していたし。


 お姉さまも思い当たる節が全くない為か、不思議そうに首を傾げている。


「……ここから出ていないので、この屋敷の者以外とは特に。手紙類はバールが管理しておりますが、特に何も言われておりません」

「……そう。さすがはバールだね。よくやってくれた、かな」


 お姉さまが確認するようにアネッサに顔を向けていて、アネッサが合っているというようにコクンと頷いていた。けど意味ありげに殿下が呟く。いやいや、どゆこと?


「実はね、王宮でちょっとあって。まあ、二人に話しても大丈夫だと思う」

「王宮で?」

「セレスのことが、話題になっててね……」


 聞き捨てならないことを言った。は? お姉さまが話題? 王宮で? なんで⁉


「僕の婚約者にどうかって」

「はあ⁉」


 思わずバンッとテーブルを叩いて身を乗り出してしまった。殿下がポカンとしてしまっているけど、冗談じゃない! こちとらあんな激痛を耐えてまでお姉さまの魔力に干渉したのに!


 私の剣幕に何故かまた笑っている殿下。いやいや、笑っている場合じゃないんですが⁉


「いや、うん……そうだよね。フィリアはそういう反応になるよね」

「なります!」


 あ、正直に言ってしまった。だけど殿下は私のバカ正直な返答に対しても特に何とも思わないのか、続きを口にしてくる。


「セレスは僕と同い年だし、この屋敷にも頻繁に来るから、どっかの誰かが勘違いしたみたいでね。魔力検査の日も勘違いした人が暴走したみたいで、セレスの魔力量を調べにきてたんだよ」


 ……はい? あの日に? でもあの日は教会の人たちしかいなかったはずだけど……まさかその誰かが入り込んでたの? 全然気づきませんでしたが⁉


「でも良かったよ。普通の魔力量で。それでやっと勘違いをやめてくれたみたいだから」


 あ、なんだ。ならいいや。婚約者にならないなら全然問題ない。

 一気に安心したのでポスンと椅子に座ると、また楽しそうに殿下は笑っている。ん? スクル? なんでそんな呆れた目を向けてくるの? それ、絶対呆れてる顔だよね?


「フィリアが心配しなくても、僕はセレスを婚約者にしようと思わないよ」

「はい?」


 え、殿下? 今なんて? 婚約者にしようと思わない?


「なんでですか?」

「え? なんでって言われても……今の状況で十分だからかな?」


 今の状況で十分? え、え、でも、前の時間軸でお姉さまを婚約者にしたじゃないですか。しかも二人一緒にいる時は、それはもういい雰囲気であって。確かにお姉さまのことを好きではなかったかもしれませんが……あれあれ? なんかよく分からなくなってきたぞ?


『ほら見なよ。フィリアのしたこと、無駄だったね』


 スクルの言い方に腹が立つけど、「本当だよ!」って思っちゃったじゃんか! こんなはっきりと「婚約者にしようと思わない」って言われるなんて思わなかったんですが⁉ 殿下にその気がないのは嬉しいけど!


 ――え、本当に意味なかったじゃん。私のあの激痛の日々とは⁉ 


 あれ? でもさっき殿下が魔力量を見てとか言わなかった? あれれ? じゃあ、私がしたことは無意味ではなかったのでは⁉ その婚約者にさせようとした人を騙せたってことだよね?


 頭の中で色々と考えていると、殿下はそんな私の様子を楽しむようにまた笑っていたけど、すぐにまた真面目な顔になった。


「でもね……まだ諦めていない人がいるのも確かなんだ。だから、二人にも気を付けてほしい」

「気を付ける?」

「まあ、侯爵とバールがいるから大丈夫だとは思うけどね」


 いやいやいや、殿下。聞き捨てならない。今の殿下が望まなくても、お姉さまが婚約者になる未来があるかもしれないなんて! 


 しかもその婚約者にさせようとしているの誰? お父様とバールがいればってことは、大人? 大人で関わりある人ってことは、王宮での仕事関係?


 それだったら、きっとお父様もバールも教えてくれない。特にお父様は教えてくれなさそう。なんていったって、筋金入りの王宮嫌い。殿下のことでさえ私たちと関わろうとするのを今でも嫌がっているし。


 でも、誰かを知らないとお姉さまの未来を守れない。


 殿下に聞いたら、教えてくれたりしないかな?


「殿下……お姉さまを婚約者にって言っている人って――」

「それは知らない方がいいよ」


 被せるようにスパッと断ってきた。しかもあの作り笑顔付き。前の時間軸でも殿下は王宮でのことはあんまり話さなかったからなぁ。


 ぐう……でも知りたい。知らないと何も対策出来やしない。


 むむっとこの前の魔力測定の日に来た人たちのことを必死で思い出してみる。うん、全然思い出せない。だってあの時は魔法のことで頭がいっぱいで、人を見る余裕なんてなかった。


「とにかく、これから来る手紙とか、この屋敷に来る知らない人とかには注意してほしいな。もし君たちに何かあったら、本当に侯爵からここに来るなって言われそうだからね」


 椅子から立ち上がりながら殿下がなんてことないように言う。だから、それが誰か教えてほしいんだけどね⁉ って、あれ? お帰りですか?


 誰誰誰って頭が一杯になっている時に、ずっと静かだったお姉さまが殿下を見上げた。お姉さまも殿下が帰るって思ったのかな?


「殿下」

「ん? なんか聞きたいことでもあるの?」

「……」


 お姉さまが無言になって、殿下も分からなそうに首を傾げている。どうし――



「……殿下は、婚約者にしたい人がいるのですか?」



 お姉さまの言葉に、殿下がパチパチと目を瞬かせていた。

 でもそれは私も同じ。お姉さま? なんでいきなりそんなことを?


 ジッとお姉さまを見下ろしていた殿下が、クスリと笑う。


「僕はね、セレス。婚約とか結婚とか、どうでもいいんだ」


 静かに、ゆっくり、殿下が言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「ただ、静かに暮らしたい。それだけが僕の望みなんだよ」


 お姉さまはまた何も言わないで、静かにその言葉を聞いていた。

 その二人の姿が、ちゃんと通じ合っているように見える。


 この空気。

 この雰囲気。


 何度も味わった、この疎外感。


 これ……嫌だ。


 殿下ははっきりまた言った。

 婚約とか結婚とかいいって。

 どうでもいいって。


 安心していい言葉なはずなのに、今の二人に漂う空気が、胸の中を苦しくさせてくる。


 この空気を壊したいのに、何も言葉が出てこない。

 ギュッと膝の上に置いた手を握ってしまう。


「……そうですか」


 静かにお姉さまがそう言うと、満足したのか殿下は「また来るね」と一言言って、踵を返した。


 殿下の小さくなった後ろ姿を見て、もう来なくていいのにって思ってしまう。


 やだな。婚約者のこととか、誰がそんなことをとかいっぱい考えなきゃいけないのに、どうしたらいいのか考えなきゃいけないのに。


 ……やだな。

 お姉さまが自分以外の人と、分かり合う姿なんて見たくないなんて。


 そんなことばっかり考えるの、本当にやだな。


 嬉しいことじゃん。殿下があんなにはっきりと言ったんだから。

 この先、殿下がお姉さまを婚約者にって考えないってことなのに。


 モヤモヤッと心の中で嫌な感情が広がっていく。


「……フィリア」

「はい? んぎゅ」


 つい名前を呼ばれて反射的にお姉さまの方を向くと、いきなり両手で私の頬を挟んできた。え、え、いきなり何⁉ さっきまで嫌だとか思ってたのに、一気に吹っ飛んじゃったよ! お姉さま、これは一体どういう状況⁉


「お、おねえひゃま?」

「……」


 コネコネコネコネとさっきみたいにお姉さまがほっぺを捏ねてくる。気に入ったんですか⁉ そんなにわたしのほっぺを気に入ったんですか⁉


「……」


 でもお姉さまは表情が変わるわけでもなく、ジッと私を見ながらコネコネしてくる。


『モチモチだもんね、フィリアのほっぺ』


 あーうん、分かる分かる、みたいな感じでスクルが頷いている。いや、あの、スクル? 助けてほしいんだけども? というか、なんで知ってるの?


 でも、お姉さまが楽しいのなら、いっか。多分、楽しいからやってるんだと思うけど。


 それに……


 お姉さまの手、あったかいし。


 その手が暖かくて、されるがままにお姉さまにコネコネされる。さっきまでの嫌な感情はとっくになくなっていて、なんだか夢中になっている様子のお姉さまを見て、胸の奥も温かい。


 殿下じゃなくても、婚約者にしようとする人がいる。

 その誰かは分からないけど、この手がなくなるのは嫌だ。


 お姉さまの両手を掴んで、さらに強く自分の頬に押し付けると、パチパチと目を瞬かせていた。


 なんでお姉さまがさっき殿下にあんなことを聞いたのかは分からない。


「お姉さま、気に入りました?」

「……そういうわけじゃ、ないけど」


 途端に視線を逸らして手を離そうとするから、離れないように強く握る。


 離さないと、何度も思う。


 もしかしたらお姉さまは殿下のことを――なんてことを考えてしまったけど、


 今は、

 今は絶対離さない。


 お姉さまの未来が、幸せなものになるまでは。


 お姉さまの未来が、笑顔で溢れるものになるまでは。



 この手は、私が独り占めしたいから。


 

 『……噓でしょ。何、あれ?』


 お姉さまの手を味わってたら、テーブルのスクルの声が聞こえた。ついスクルを見ると、スクルはさっき殿下が消えていった屋敷の向こう側を険しい顔で見つめている。


 どうしたんだろ、いきな――




「……随分と仲良くなったこと」




 ゾワッと鳥肌が立った。


 ――え? この声?


 その声が私たち二人の耳に届いて、


 久しく聞いていなかった、


 ここにいるはずのない、『お母様』の声が届いて、



 お姉さまの温かい手が、一瞬震えた。


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