32話 それでも、私は謝りたい
『フィリア!』
気のせい? 気のせいかな? お姉さまに名前呼ばれたとか、気のせいかも。じゃあ、夢か。これ夢だ。
でも、夢でも嬉しいな。
あのお姉さまから、私の名前が出てくるなんて、そんな幸せなこと。
夢じゃなければいいのに。
でも夢だから呼んでくれる。
だから、もっと呼んでほしいな。
今だけ。
夢でいいから。
あったかくなる。
きっと。
心が。
体が。
手が。
――うん? 手?
ふと手に感じるあったかさに、重い瞼を上げていく。ぼんやりとした視界で、それでも手があったかい。あれ? ここ、どこ?
『あ、起きた』
ひょこっとスクルが覗き込んできた。白い尻尾が後ろでゆらゆら揺れている。
「スクル……?」
『ああ、やっと起きたよ』
ホッと息を吐いているスクルがいる。ゆっくりゆっくり瞼を開けたり閉じたりして、どんどん視界が明るくなっていった。まだ頭がボーっとする。
でも、手の温かさがどうしても気になって、そちらに視線だけ移してみる。
お姉さまがベッドに上半身だけ乗せて目を閉じていた。私の手を握りながら眠っている。なんでそんなところで?
「……お姉さま?」
『そうだよ。ずっとフィリアのそばにいたんだから』
お姉さまが? なんで?
疑問に思いつつ、でも全く思考が働かない。とりあえず、起きようかな。
お姉さまを起こさないように、体をちょっとだけ起こしてみた――けど、おっっっもぉ⁉ 何これ⁉ あちこち痛いし!
肘を使ってなんとか起こすけど、うげえ、重い。っていうか、ただ体起こしただけでめっちゃ疲れる!
『まだ無理じゃない? 一週間起きなかったし』
「いっ⁉」
一週間⁉ 一週間も寝てたの、私⁉ 一気に目覚めた! っていうかやっと状況飲み込めてきたかも! どうなった、魔力測定⁉ スクル!
名前を呼ぼうと思ったところで、お姉さまが寝てたんだったと思い出す。私の腿の上に乗っているスクルがクリクリの目を向けて見てきた。この距離なら小声で話せば起きないかも。いや、まず声カッスカスだから大声出せないや。
「スクル……一週間って何? いや、まずはさ、魔力測定どうなった?」
『ハア……やっぱりそこ気にするんだ?』
なんでそんな呆れた感じなの⁉ 気にするよ! だって結果分からないまま、真っ暗になっちゃったんだもん! そんな溜め息ついてないで教えてほしいんだけども⁉
そのスクルはやっぱり呆れたように半目になりながらジッと見てから、やっと口を開いてくれた。
『魔力測定は無事終了。王子様も普通に帰ってったよ。特にフィリアが心配していたような、婚約者にするとかって話も全く出てこなかった』
「出てこなかった?」
『そ。魔法は無事発動したから、ちゃんと隠蔽はされてたと思うよ。教会とやらの連中も、「すごい魔力量だ!」って驚いてもいなかったし。それに――それどころじゃなくなった』
「え、なんで?」
『あんたがぶっ倒れたからでしょうが!』
はっ! それもそうか! 近くでいきなり子供が倒れたら、そりゃ誰もが結果どころじゃなくなる! 倒れるつもりはさらさらなかったけど!
全く考えていなかったことを顔で表してしまったからか、スクルがやれやれといった感じで首を振っている。でもすぐに心配そうにまた見てきた。
『でも良かったよ。そこまで重症にならなくて』
「重症? 重症だったの、私?」
『そりゃそうでしょ。想定してたよりもずっと強い反発を、まだ成熟しきっていないその体で受け止めたんだよ? あたしと周りにいる精霊たちの魔力で和らげるより遥かに大きい反発だったからさ』
確かに、すっごい気持ち悪くなって、とにもかくにも激痛が酷かった。頭も体の節々もまだあの痛みを覚えてる。
『でも、セレスのおかげだね。あんなことができるなんて思わなかったよ』
「え?」
お姉さまのおかげ? え、え? どういうこと?
『あのさ、今あんたが起きれるの、セレスのおかげだから』
「どういうこと?」
『あの時、セレスがフィリアの中にあった魔力に干渉したんだよ。そのおかげで、あんたの体に返ってきた魔力の反発が消えた』
お姉さまが干渉した? 消えた? いやいや、意味が分からない。
「でも、お姉さまの魔力に私が干渉したから反発したんじゃ?」
『そうだよ。でもね、それにセレス自身がまた干渉したことで、なかったことにした』
お姉さまの魔力に干渉したことで私の体に反発した魔力を、お姉さま自身の魔力でなかったことにした? え、何それ? 訳が分からないんですが?
バカすぎて理解できない自分の頭の中がはてなマークでいっぱいになっている私を余所に、スクルは眠ったままのお姉さまに視線を向けていた。
『ずっと手を握ってたんだよ』
「え?」
『その手から、僅かだけど、反発でフィリアの体の中に返った自分の魔力に干渉したんだ。無意識だろうね。逆に自分の魔力を自分の体に吸い込んだんだ。もちろん、自分の魔力だから本人には全く影響ないし』
思わず握ったままのお姉さまの手を私も見てしまう。
「え、でも……手ならいつも繋いでるのに、なんで今回?」
『だから無意識にだよ。セレスだって分かってないよ。フィリアが苦しんでた原因が、自分の魔力だなんて知ってるわけないし。それに、普段は手を繋いでフィリアに魔力を渡すなんてことしてないんだから』
それはそうだ。そんなの分かるはずがない。魔法のことだって、本格的に勉強するのは学園に入ってからだし、魔力の譲渡なんて私だってスクルから聞いて初めて知ったこと。
『……心配してたよ、フィリアのこと』
スクルの言葉に、胸が痛む。
ギュッと握ったままの手に力が入る。
甘かったなぁ……。
自分で何とか出来ると思った。
スクルの魔力だけど、魔法が使えるようになったから。
練習でも苦しかったけど、魔法自体はかけれたから、精霊の魔力でもなんとかできるって、そう思ってしまった。
でも、
結局、
結局、お姉さまに守られたんだ、私は。
痛みに耐えきれなくて、
意識を手離して、
余計な心配かけて、
やっぱり何も出来なくて、
お姉さまに、最後は助けられて。
目頭が熱くなる。
自分の不甲斐なさに、悔しさが滲み出る。
『ちょちょっ⁉ なんで泣くのさ⁉ え、もしかしてまだ痛みある? 気持ち悪い? いやでも、もう反発とかないはずなんだけど⁉』
スクルの慌てるような声が聞こえたけど、でも涙は勝手に出てくる。心配してくれているけど、それに対して答えるより、胸がいっぱいで何も口に出せない。
悔しいな。情けないな。
なんで私はこうなんだろう。
肝心なところで、何も出来やしない。
助けられてばかりで、自分の力では何も出来ない。
お姉さまを助けたいのは私なのに。
お姉さまに笑ってほしいのに。
こんなんじゃ、いつまでたっても笑顔になんて出来やしない。
それが悔しくて、
悲しくて、
涙が勝手に出てくる。
泣いていいはずがないのに。
泣く資格なんて私にないのに。
なんで、本当になんで、私はこうなんだろう。
「ん……」
止まらない涙のまま、ついギューッとお姉さまの手を握っていると、お姉さまが身じろいだ。あ……起こしちゃったかも。
ボーっとしているのか顔をゆっくりあげてくる。握っている手を握り返してきながら、静かにベッドの上の私を見上げてきて、どんどんその目が見開かれていった。
「……フィリア」
――え?
静かに、ポツリと、私の名前を呼んだ。
あ、れ? 名前? あれ? 今、お姉さま、私の名前? うん? これ、夢? 幻?
聞き間違いかと思って、頭が混乱してくる。それよりなにより、私、今起きてるよね? 目の前のお姉さまが私の名前を呼んでくれたとか、やっぱり夢だったりする? 驚きすぎて夢か幻かわかんなくなっちゃったんだけど⁉ はっ! そうだ、スクルに聞けば分かるかも!
「フィリア」
と思ってスクルに聞こうとした瞬間、また名前を呼ばれて固まった。聞き間違えじゃ、ない?
お姉さまがガバッと身を起こして、握っていた手を離してから、そのまま私の頬に触れてくる。突然のことでさらに固まってしまった。
目の前のお姉さまが、心配そうに眉をハの字に曲げて見てくる。苦しそう。どうして?
「お、姉、さま?」
「っ……」
そのまま、静かに腕が回ってきて、抱きしめてくる。自然と顔がお姉さまの肩に埋もれた。
温もりが伝わってくる。
でも、どこか震えている気もして。
お姉さまが、小さく、小さく耳元で呟いた。
「よかった」
たった、一言。
でも、その一言が、私の頭に響いてきた。
私のことを心配していたのが、震えと温もりと一緒に伝わってきたから。
さっき見た顔、ちょっと目の下に隈も出来ていた。
きっと起きない私を心配して、あんまり寝ていないんだ。
なのに、ずっとそばにいて、私のことを看てくれていたんだ。
頭を撫でてくるお姉さまの手が、いつもよりも弱々しく感じる。
感じる震えと心臓の鼓動、その手の弱さの全てが、私のことを心配していたと伝えてくる。
こんなに、こんなに心配させていた。
名前を呼んでくれたとか、
抱きしめてくれたとか、
本当は嬉しいことなのに、
胸の内から込み上げてくるのは、どうしようもない罪悪感。
ギュッとお姉さまの体を抱きしめ返して、自分の顔をさらに強くお姉さまの肩に擦り付ける。お姉さまの温もりに包まれているのに、胸の中は申し訳なさでいっぱいで。
止まっていた涙がまた溢れて、お姉さまの服を濡らしていく。
「ごめんなさい……心配かけて」
お姉さまに心配かけさせてしまったことを、本気で後悔した。
私は、笑顔にすることとは逆のことをしてしまったんだ。
魔法が出来るようになったからって思い上がって、耐えられるとか勘違いして。
あんな顔、させるつもりじゃなかった。
こんな苦しませるつもりじゃなかった。
ただ、貴女の幸せを、
貴女の笑顔を、
願っているだけなのに。
「大丈夫なら……いいの」
耳元で、お姉さまの優しい声が響いていく。
そうやって、私のことを甘やかす。
今、安心させたいのは私なのに。
でも、お姉さまの温もりと、その優しい声で、涙が止まらない。
今までの、色々な記憶と感情が入り混じって、止められない。
「本当にっ……ごめんなさいっ……」
「……泣かないで」
「ごめんっ……なさいっ……」
何度謝っても、貴女は許す。
許してくる。
それでも、私は謝りたい。
お姉さま。
いつも、いつも、
心配かけて、
助けてもらってばかりで、
そんな貴女を、助けられなくて、
「ごめん……なさい……」
泣きじゃくる私の頭を、お姉さまは静かに静かに撫でてくれた。




