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苦しむ姿は見たくない―セレスティアSide


 ここ最近ずっと具合が悪そうだった。


「では、そういう手順でお願いいたします」


 教会の人たちが魔道具を設置したり、お父様とバールがこの先の進行を確認したりと忙しない。


 今日は魔力測定が行われる。私の魔力の測定だ。


「お嬢様、何も緊張しなくて大丈夫ですからね」

「ただ言われた通りにするだけでいいですから」


 カンナとアネッサもどこか緊張しているようだ。魔力測定が貴族にとってどれだけ大事なことなのかは、今まで勉強してきたから知っているけど……それにしても緊張しすぎじゃないだろうか?


 そんなことよりも……二人にはあの子のそばにいてほしいんだけど。


 少し離れたところでポツンと立っている姿を、チラッと見てみる。呑気そうに肩にいるスクルの顎を触って、その手を払われている。元気そうではある。


 ここ数日、体調を崩していた。夜も寝れなそうにしているのを知っている。痛いのか苦しいのか、たまに目元に涙を零していた。頭を撫でるとまた笑うけど、どう見ても辛そうだった。


 カンナとアネッサも心配していたけど、次の日にはケロッとした表情をしているものだから、お医者さんに診せるのは様子を見てからという話になった。その度に「心配しなくて大丈夫」と皆には言っていた。


 今日はまだ……顔色は良さそうだけど。


 何故かいきなり来た殿下に、いつもどおり嫌そうな顔をしている。でも殿下はすぐにあの子から離れていった。


 ……こういう時こそ、そばにいてあげてほしいのに。


 そんなことを考えて、パチパチと目を瞬かせてしまった。モヤっとまた胸の中に何かが燻っている感覚がする。


 なんで、そんなこと思ったのだろう?

 なんで、殿下にいてあげてって思ったんだろう?

 今まで、そんなこと思ったことあっただろうか?


 そんなことを思った自分が不思議で、つい首を傾げてしまった。変な感覚が体の中にあって、自然と手を胸に置いてしまう。


 たまにあるこの感覚は……本当に何なのだろうか。分からない。分からないけど、でも知っているような気もして、やっぱり不思議な感覚になる。最近、なんか増えた気もする。


 また視線を戻すと、ヘラッと笑ってこっちに手を振っている姿がある。苦しそうでも痛そうでもない。その姿を見て、少しだけホッとした。


「では、こちらへ」


 教会の人に呼ばれた。父が見るからに心配そうに眉毛をハの字にしていて、少し前だと見られない光景だったなと思ってしまう。少し指を切るぐらい大丈夫なのに。でもそんな父の姿を見て、どこか安心してしまう自分もいる。


「こちらに手を」


 教会の人に手を差し出されて、促されるままに自分も手を差し出した。小さいナイフを指に押し当てられて、少しの痛みを感じた。プクッと血の塊が出てくる。「痛くないか? 大丈夫か?」と近くで父の声が聞こえて、「旦那様」とバールに止められている。もう痛くないから全然大丈夫なのに。


「こちらの場所に垂らしてください」


 父の声が聞こえているだろうに、教会の人は淡々と魔道具を差していた。小さい穴がある。ここに血を入れればいいのだろうか?


 教会の人を見上げると、コクンと静かに頷かれた。

 ゆっくり、自分の血がそこに入るように腕と手を動かしてみる。


 ポタ、と一滴。吸い込むように自分の血がその穴に入った瞬間、ススッと流れ込むように、幾筋もの模様が魔道具の中心にある白い球体に広がっていく。やがてパアッと淡い青色に光った。いや、水色?


「これは……」


 ふむっと頷いて、教会の人が興味深げにその球を見ていた。隣にいた別の人が持っていた用紙に何かを書いている。


 魔力量は出てくる色で識別されると、さっき説明していた。でも、この色がどの程度の量なのかはさっぱり分からない。


 熟考して教会の人たちが話していた様子をボーっと見つめていると、父がいきなり手を掴んできた。


「大丈夫か? 痛いか?」

「? 大丈夫です」

「旦那様、この程度なら本当にすぐに治りますから。落ち着いてください」


 バールがものすごく呆れた様子で父の後ろから声をかけていた。アネッサが困ったように笑いながら「手当てしますね」と父から私の手を離している。カンナにはあっという間に指に包帯を巻かれてしまった。用意していたみたいだ。


 皆、どこかさっきより安堵している気がした。この色がどの程度の魔力量の水準なのか分かっているみたい。


 ゴホンと教会の人が咳払いをしたから、私も含めて全員でそっちを見てしまうと、ちょっとビクッと体を震わせていた。一気に皆で見たからかもしれない。


「えー……その、セレスティアお嬢様の魔力量は貴族の方々が示されている量の平均だと思われます」

「思われます? 色的にはそれをちゃんと表しているのに、そんな曖昧な言い方は何故だ?」

「魔道具の様子がどうにもおかしいのです。こんなことは初めてで」

「おかしいだと?」

「普通はこんな薄く色が発光しないのですが、何故か今回はこんな淡い状態のまま表示されていて……」

「それは、何か? 不具合のままその魔道具を使わせたということか?」

「え⁉ いえ、そんなことは! 以前にもそういった事例はあったとの報告書はあったのですが、私共が目にしたのはこれが初めてだったので、ちょっと戸惑っておりまして!」

「そんな報告があったのなら、ちゃんと点検はするべきだろう! 教会の上層部はそんなことも指示しなかったのか⁉ この魔道具は痛みを伴うのだぞ⁉」


 何やらお父様が怒っている。あの、お父様? 私、そこまで痛くはないのですが?


「だだだ、大丈夫です! 魔力量の計測はちゃんと動いておりますので、結果に間違いはないかと!」


 ものすごく教会の人が慌てている。というより怯えている。どうすればいいのだろう? バールが止めてるけど、まだ教会の人に詰め寄っている父。


 あの子なら止めれるかと視線を動かして、


 止まった。


 ふらついている体。

 顔色が真っ青になっている。

 苦しそうに呼吸している姿。

 こっちを向いているのに、虚ろな目。


 先程とは全然違う様子に、ドッドッドッと心臓が苦しいほど音を立てた。


「キッ! キキッ!」


 スクルがあの子の足元で必死に支えている。


 何故?

 どうして?

 いつから?


 頭の中を様々な疑問が駆け巡ると同時に、体が勝手に動いた。


 今にも倒れそうなあの子の元に。

 今にも意識を失いそうなあの子の元に。



「フィリア!」



 名前を呼んで、もう傾いている体に手を伸ばした。「キキキッ!」とスクルの声が聞こえた。


 ドサッと何かに支えられたかのような音がした。

 あの子の体が宙に浮く。


「あっぶな……何これ、どういう状況?」


 殿下が腕でフィリアの背中を支えてくれた。「お嬢様⁉」「フィ⁉」と後ろから父たちの声も届いてきて、皆が今の状況を理解し始めたみたいだ。


 殿下はそっと床に体を下ろしてくれた。「キキ……」とスクルが鳴いていた。もう目の前のフィリアは意識がないのか、ハッハッと息を荒げて目を閉じている。


 どうしてこんなことに……と思わずにいられない。


 もっと早く気づけばよかった?

 やっぱり先にお医者さんに診せていればよかった?

 そもそも、昨日だって辛そうだった。無理をしていたなら、部屋で休んでいてもらえばよかったかも。


 いつも近くにいたのに。


 全然気づかない自分は何なんだろう。

 何も出来ない、自分は何なんだろう。


 後ろでは父がバールに「今すぐ医者を」と言っている。アネッサとカンナも何かを話していた。


 でも、皆すぐに動いている。


「セレス、大丈夫?」


 殿下が声を掛けてくれたけど、今は私じゃない。目の前で苦しそうにしているこの子の方が大丈夫じゃない。


「キキ……」


 何故かスクルが申し訳なさそうに見上げてくる。小さい手で、私の腕を掴んでくる。


「大丈夫だよ、フィリアは」


 殿下がそんなスクルの頭を撫でていた。安心させるように微笑んでいる。


 安心……。


 いつも喜んでいた。

 手を握ってきて、あの幸せそうで、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


 そっと動かない手を握ってみる。


 私に安心をくれる温もりを今は感じない。

 いつも貰う安心を、今は感じない。


 これで、少しは安心してくれるのだろうか?

 いつもくれる安心を、あなたにあげられるのだろうか?


 両手で包み込むようにその手を握った。

 祈るように、ギュッと握った。


「キッ……!」


 驚いたようにスクルが声を上げたけど、構わずにそのまま握った。今も変わらず苦しそうに呼吸している。


 苦しむ姿は見たくない。


 そう、思った。


 周りがバタバタと動いている間、ずっと握っていると、殿下が「あれ?」と言いだした。


「顔色、さっきより良くなってない?」

「え?」


 そうだろうか? 改めて顔を覗き込んでみる。苦しそうだけど、さっきよりはちょっと表情が和らいでいる気もしないでもない。……うん、分からない。


「大丈夫そうだよ」


 そう言って、もう本当に大丈夫だと思ったのか、立ち上がって父に話しかけにいってしまった。大丈夫? 本当に?


「キッキッ」


 スクルもピョンピョンと飛んで、フィリアの額に手を乗せていた。

 ついそれに倣って、片方の手をフィリアのほっぺに触れてみる。


 汗ばんでいたけど、呼吸もさっきより激しくなさそうな気もする。……うん、やっぱり分からない。


「お嬢様、フィリアお嬢様を部屋に運びますので」


 アネッサが肩に手を置いて、促してきた。お医者さんはすぐに来るらしい。カンナがもう部屋の準備をしているということだった。父がバールに何かを言ってから、私たちのところにくる。バールが教会の人たちとやり取りをしているのが見えた。


「セレス、一緒に部屋に戻ろう。フィは自分が運ぶから」

「……はい」


 あれ、殿下はいいのだろうか? と思ったら、何故かバールの横に立って一緒に何かを話していた。結局何をしにきたのか分からない。


「キキ」


 父がフィリアを抱き上げて部屋に向かう後ろで、スクルが私の肩に乗ってきた。やっぱり心配しているのだろうか? 喧嘩はしているけど、仲はいいから。


 スクルの頭を軽く撫でてから、父の隣に足を進めた。

 父の腕の中でぐったりしているフィリアがいて、胸の奥がギュッとする。


 そっと頭を撫でてあげた。それが喜ぶことだって知っているから。


「セレスは優しいな」


 どこか嬉しそうに言われて、不思議になった。


 優しいんじゃない。

 何もしてあげることができないから。


 父みたいに、バールみたいに、アネッサやカンナみたいに、この子の為に出来ることがないから。早く元気になってくれればと、思うことしか出来ない。


 目を覚ましたら、何かをしてあげられるだろうか。

 喜ぶことを。嬉しくなることを。


 そうしたら、いつもの笑顔を見られるだろうか。



 フィリアの笑顔を、望んでいる自分がいた。



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