領主館と低血圧傾国
領都エイゴラの領主館へと入ることになった。
ビストールは領主の一族だったようだ。
しかも命を狙われている?
まぁ、権力者なら命の一つや二つは狙われているものかもしれない。
この街って治安悪いからな。
領主館の中は暗い。
「これは兄上」
馬車を出て館の中へと進んでいくビストールに暗がりから出てきた男が声をかけてきた。
髪が赤っぽいぐらいしか似ているところはない。
ビストールの方が顔が良くて、髪色も澄んでいる。
……イケメンは得だな。
この構図だと絶対にビストールの方が正しいって思いそう。
「マルビン」
「無事にお帰りになられたようで」
「少々の夜遊び程度になんの心配がある? ここは我が家の街だぞ?」
「ふふふ、兄上は世間を知らぬようで」
「お前は他の街で暮らす方がお似合いのようだな」
「なっ!」
うん?
唐突な嫌味合戦はビストールの勝利みたいだ。
マルビン。弟? が恨めしげに睨んでいる。
「……マルビン、お前が職務怠慢させていた下水道局の件だが」
「な、なんの話ですかな?」
「帝国は養殖に失敗したようだな」
「うっ、くっ」
「汚い下水道とはいえ、我が家の敷地であることに変わりない」
「……」
「勝手に害獣を増やすのはやめてもらいたいと、帝国に伝えてもらえるかな?」
「……なんのことかわかりませんな」
逃げ出したマルビンの背を見送って、ビストールが鼻を鳴らした。
「エイゴラを売る代金として帝国の綺麗な領地でも約束されたか? 愚かな」
呟きながら、ビストールも歩き始める。
「……とはいえ、帝国のゴブリンどもが全滅したのはこちらの悪運だ。理由がわからんのはいただけないのだが」
やがて自室らしき部屋に入ったビストールは椅子に腰掛け、深く息を吐いた。
「……我が悪徳の街に新たな怪物でも誕生したのかな?」
なんかカッコイイことを言っている。
その怪物って俺のことかな?
俺のことだろうなぁ。
そして《《新たな》》怪物ってなんだ?
他にも怪物っているのかな?
つまり、ビストールはエイゴラ領主の息子ってことか?
いや、実は領主だったり?
違うか。
部屋の位置的に領主館にはまだ奥がある。
領主なら、もっとも安全な奥に部屋がありそうだし。
さっきの会話からして馬車を襲撃した連中はマルビンの差し金っぽいし、後継者争いとかしてるのか?
いや、帝国に売るとかなんとかとも言っていたな?
ビストールはこのまま就寝しそうなので、部屋を出る。
どうしようかな?
馬車の時みたいな対魔法物質がそこら中にあるようで、動き難い。
変なところに入り込んで出られなくなっても嫌だな。
う〜ん。
今夜はここまでかな。
帰ろう。
ビストールの部屋から廊下に出ると、奥からなにかの声が聞こえた気がした。
楽しげな笑い声にも、小さな悲鳴のようにも聞こえる。
光の届かない廊下の奥。
あるいはそこにエイゴラの領主がいるのかもしれない。
……なんでこんなホラーテイストなんだ?
怖っ。
いや、本当に怖いから、帰ることにした。
窓から外に抜け出し、空に舞い上がってから『モールの宴』のあるアパートを目指す。
体に戻ると、ウィートン夫妻の頑張る音が聞こえてきて萎えた。
そして朝になり、ミライザに引き取られて部屋を移動して、彼女が昼まで寝るのを見守り……。
「よし、行くよう」
目覚めたミライザは俺にヤギミルクを飲ませた後、出かける支度を始めた。
どこへ行くのかと思うと、同じアパートのルーシアの部屋だった。
「あら? なに?」
寝起きのルーシアはぼんやりとしているようだ。
「ゴードンからルーシアの部屋の掃除を頼まれたの」
「そんなのいいのに」
「ダメだって、はい、クリスをよろしくね」
「うぅん」
クリスを押し付けられたルーシアはそのままベッドにフラフラと戻った。
まだ寝るのか。
「ていうか……ルーシア、洗濯物ため過ぎ!」
「んん……洗わなくてもよくない?」
「いや、洗おうよ」
「古着屋に持って行ったら、高く買ってくれるから、それでまた次を買うし……」
「えっ! なにそれ! そんなの知らない!」
お得情報を知ったみたいな顔をしてるけど、それってアレじゃないか?
アレだよな?
いやでも、この世界だと古着の使い回しが一般的みたいだし……。
いやでもルーシアに関してはきっとアレだな。
そんな性癖がなさそうな世界で強引に新規開拓するとは……【傾国】怖いな。
「そこの袋に詰めて、いつも売りに行ってる」
「はぁ、美人って得だなぁ」
「そろそろ売りに行くかなぁ。それでお風呂に行こう」
「お風呂!」
「うん、ミライザも……君も行くかい?」
ルーシアが俺に聞いてくるので、もちろん「だう」と答えておいた。
「お風呂楽しみ!」
「それはよかった。でも、後ちょっと……寝る」
「いや、寝ないで! 掃除してる間に準備して!」
「んん……ミライザ、ミリィは強情だなぁ」
「ミリィ?」
「あなたのこと。こんな呼ばれ方はイヤ?」
「ううん、素敵! それなら、ルーシアの呼び方も考えていい?」
「んん……ごめんね。それはダメ」
「ええ!」
「私の呼ばれ方はルーシアなの。そう決まってるから。ごめんね」
「ふうん」
ミライザはよくわかっていないという風に首を傾げたけれど、深くは気にしなかったようだ。
「でも、お風呂には行くんでしょ? ほら、ルーシアは支度して!」
「んんん……ミリィはしっかり者」
箒を探すミライザの声に押されて、ルーシアは体を起こした。
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